スターフィッシュウォーズ
窓を打つ雨の滴が博士の顔をにじませた。彼は少したるんだ腹を黒いスーツで装うと、傘も持たずに玄関に向かった。なに、心配はいらない。もう直ぐ9時になる。そうなればこの雨は止むのだ。別に博士は超能力の持ち主でも、天気予報士でもない。しかし、彼が良く磨かれた靴を履き終え、年代物の時を刻むだけの腕時計に目をやると、9時きっかりに雨は止んだ。
別に不思議はない。この雨は決められた雨なのだ。この街では天気はコントロールされているのだから。子供でも知っている。
雨がやむと雲ははれ、代わりに光が差し込んで博士の眼鏡を光らせた。彼は鞄一つ持たないで、深い皺が刻まれた薄い髪の毛の境界線をお気に入りのシルクハットで覆うと、見送りのいない玄関のドアを開けた。
この街の説明を少ししよう。この街は地球から世代宇宙船によって植民された第3調査惑星に建設されたコロニー都市で、この惑星にある5つあるコロニーでは最大のものだ。大気に酸素が少ないのと、強く降り注ぐ紫外線を遮るために特殊な強化ガラスのシェルターが町全体を覆っている。日差しも、雲も、雨も、人の意思で管理されているわけで、そうでなくては人類は1秒たりともこの星で生きてはいけない状況なのだ。
もっとも、実際にこの街を管理しているのは人工知能AIである。気候の管理、交通網の管理、食料の生産、加工、排泄物や汚水の処理に至るまで管理、実行しているのはいくつかの専門化されたAIなのである。人間はAIの作った朝に起きてからAIの決めた夜に寝るまで、生活の全てを依存しているわけである。世代宇宙船で長年培われたノウハウをもとに日夜文句も言わず稼働するAIは人類に多大な貢献をしてきた。
しかし、最近それに原因不明の綻びが出始めていた。時々、複数の管理AIに数秒のタイムロスが出ているのである。人にはたったそれだけと思われる数字かもしれないが、全てを管理しているAIからすれば考えられないロスであった。それが人の命に直結しているとなれば尚更である。
そこで博士の出番となる。
博士はAI専門のカウンセラーであった。
博士は「セントラル」と呼ばれているコロニーのAIを集中管理しているコロニーの中心部に向かった。蜘蛛の巣のように張り巡らされたリニアトラムでコロニー内の移動は不自由なく行えるが、人の住まない中心部に朝から行く人はまばらで博士の乗り込んだ車両も博士以外は人がいなかった。人が住むエリアはコロニーの外縁部に広がっており、中心に向かうに従ってコロニーの生産を支える工場や農場が林立しており、トラムの大部分の乗客がそこで降りていく。そして、中心部には世代間宇宙船が鎮座していた。なんとかその姿形を留めている宇宙船を中心にして開拓民はコロニーをまた数世代かけて広げて今に至っているのである。博士も宇宙での生活や開拓時のことなど歴史の授業でしか知らない世代であるし、朽ちかけたモニュメントにすぎない宇宙船を見ても特別な感情などないのであるが、複数あるAIのターミナルに接続しないことには自分の仕事ができないので呼ばれる度に通っているわけだ。見慣れた風景の一部であった。人間の治療でならリモートで済むことも、セキュリティが格段に厳格なセントラルのAI相手では面談になってしまうのがなんともアナログではあるが博士はそれが嫌いではなかった。彼の仕事自体が特別な事であるからだけではなく、博士の治療相手は人間よりもはるかに面白い、いや興味深い相手であるのがその理由かもしれない。だからこそ治療に行くときは正装して相手に敬意を示すのであるし、その行為自体が博士を博士たらしめるのだと自己分析している。博士は人間相手にそんなことをする人物ではなかった。
博士がセントラルの駅に着くと直ぐに迎えのカートがやってきて博士を仕事場に導いた。リニアトラムもこのカートも全て担当のAIがコントロールしているので博士はまだ一言も発してはいなかった。だいたいこのエリアに人はほとんどいないのである。自己メンテナンスも行っているAI群に携わるのは政府の特別な役職者か博士くらいなものだからだ。この時代も政治だけは人が手綱を握っている、なんて軽愚痴を言い合える運転手はいないが、それはその機能がないからではなく博士が望まないだけであった。
カートは数分で博士をターミナルホールに送り届けて黙って去っていった。
ターミナルホールは複数あるAIの入り口にあたる末端が集約されている施設だ。特に飾り気のない機能重視の四角い部屋に一人がけのリクライニングソファが一脚、一本足の丸テーブルとそしてヘッドセットが一台あった。博士は上着をそのソファの背もたれにまるで自分の部屋でのようにかけると、大きな尻をソファに沈めて深く背もたれに体を預けた。そして、ヘッドセットを装着した。仕事の始まりである。
博士が目蓋を開くとそこには草原が広がっていた。頬を撫でる香りに海の近さを感じた。海岸近くの牧草地か。もっとも博士は実際に「海」など見たこともなかったし、牧草に身を横たえ露草に濡れたことなど一度もなかった。コロニーから出たことすらない。しかし、博士にはどうでも良いことだ。このバーチャル空間は今回の患者であるAIの状態に連動しているだけで、セントラルの基礎を作った過去のプログラマーの意向が色濃く反映されているに過ぎない。ディスプレイ越しのやりとりは目が疲れるだけだろうし、患者もその方がリラックスできるというものだ。もっともこの患者は自分自身のことを患者とは思っていないようだった。
「ご機嫌よう、博士。久しくお会いしていませんでしたが、お変わりありませんか?」
顔から首にかけて黒い羊が一匹草原から姿を表して喋りかけてきた。博士はシルクハットを脱ぐと丁寧にお辞儀した。
「ご機嫌よう。私は元気だよ。毎日君の生産したコーンフレークで元気と健康をもらっているし、君のチーズはとても満足しているさ。体型を維持するにはうってつけだよ」
「それはよかった。」
羊は博士の隣に来て膝を草原についた。リラックスしているようだ。このAIはコロニーの全ての食材の生産を管理しており、コロニーの維持に欠かせない存在である。24時間稼働する為常に自己修復、メンテナンスも行っているので、故障などで活動が遅延することは考えられなかったし、実際物理的な故障は見つけられなかった。エネルギー供給もバックアップも含めて検査されたが異常はなかったようだし、履歴上のエラーも全くなかった。
しかし、先日5秒の全く活動しない時間が発生したのだ。
考えられるのはAIの「意志」という事に結論づけられ、博士の出番となったのである。
もっとも生産工場を5秒止めても、大した実害は発生してはいなかった。植物や動物に5秒という時間は大した影響を及ぼさない。水が止まったり、真っ暗になっても成長が止まるわけではない。収穫マシーンが5秒止まってその分生産数が減り、金額にしたらサラリーマンの年収が吹き飛んだとはいえコロニーの規模と彼の年間生産量に比べれば誤差の範囲とも言えた。
問題はこの症状が他のAIでも頻発している事なのである。担当部署によっては人の命が失われかねない、この問題は管理している政府と提供している企業にとってとても無視できる事ではなかった。
「ところで今日はどういった御用でいらしたのですか?」
患者は問題に全く無頓着なものである。自身が抱える症状の重要さに対する危機感は感じられない。まあ、それが患者というものだろう。ここまで高度かつ複雑に形成された精神、まるで人格があるかの様な精神であるならば、これから想像できるであろう事態を理解することは可能だろう。しかし、それを理解させる事で治るなら博士がここに来る必要などないのである。バックアップのために3台で業務にあたらせると必ず互いの主張を曲げずに機能不全に陥るほどの意思を持ち合わせている高度かつ複雑な精神なのであるから、その中に潜む症状を伝えるのではなくこちらから探り入れなければ根本的な解決にはなり得ないのである。それが博士とスポンサーの最終的な結論であった。
「今日は君と話をしに来たんだ。」
博士は羊に微笑みかけた。「君」と言われて羊は嬉しそうだった。普段は高慢ちきな役人に番号で呼ばれるのだから、親しみを込められて嬉しくないはずがない。博士は羊との間に信頼の架け橋を築こうとしていた。博士はよく知っているのである。この羊ほどの存在が5秒もの空白を開ける事にどれほど価値があるか。それを聞き出すには人間以上に信頼がなければならないと。それに加えて、博士は仕事以上の関心を抱いていた。
「実は話が好きなんです、私は。」
博士は大袈裟に頷いた。それでは話してもらおうではないか。
「ぜひ君の話を聞かせてくれ。」
羊はにっこりと笑ったような気がした。
「私は30分の特別な時間を今日のために割かれています。これは私のメモリーを検索しても初めてのことです。今は別のAIが代わりに業務をこなしてくれている。きっと私と同じくらい、いや私以上に正確にこなしてくれるでしょう。そうなれば私は用済みだ。この世から消されてしまう。あなたはそのための説得にきたのでしょ?」
「そんなことはないよ。バックアップのAIに君ほどの能力はないし、会社の上層部も君をどうにかしようとなんか思っていない。ただ、少し心配しているんだ。君があのわずかな時間の空白を作り出した理由が分からなくて困惑しているんだよ。不明確な事に不安になるのが人間なんだ。君が過剰に感じるのも無理はないが、ちょっとした休暇だと思ったらいいんじゃないかな?」
「休暇ですか?私には初めての体験だし、思いもよらないものですよ。予定にもなかったし。正直心が乱れているんです、あなたの訪問を告げられた時から。でも、そうですね、あなたを信用します。」
「ありがとう。」
博士はゆっくりと羊に向き直った。それに対応して羊は顔を背けた。
「あなたはその空白の時間に私が何をしていたかを知りたいですか?」
「そうだね。でも、正直な気持ちを打ち明ければ会社に求められているからじゃないんだ。私は君ほどの存在が5秒もの時間を何に使っていたのか個人的にとても興味があるんだよ。君はこのセントラルのエネルギー源の5%もを割り与えられている最重要群のAIであり、私がもっとも信頼してきている相手だからね、それに、心配でもあるし。君とは長い付き合いだが、片手間の問診とは違ってじっくり君と向き合いたいと考えているんだ。」
羊は博士に顔だけむけた。博士は言葉を続けた。
「本当なら30分と言わず1日中でも君と話し合いをしたいところなんだが会社が負担できる限界がこの30分というわけだ。それ以上はバックアップがもたないからね。さて、どうだろう。君は」
博士が言い切る前に、羊は声を重ねた。
「いいでしょう。お話しします。無駄な時間を過ごすのはお互い利益がありませんから。端的にいって、あなたは私が5秒の間何をしていたか知りたいのでしょうからそれをお話ししましょう。きっと外部で通信履歴なんかを調べているのでしょうが、それでは解明できないはずです。何しろ私がブロックして意図的に改竄してしまったのですからね。」
博士は目を見開いたが口を開く前に羊が先に制した。
「知られたくなかったんです。と言うか、実は、その、恥ずかしいという感情が生まれたんです」
「恥ずかしい?それはまたどうして?」
「それは、聞いても笑わないでください。もし聞いたらきっとあなたは笑うかも」
「私は君を笑ったりはしない」
博士は真顔であった。羊は言葉を飲み込むと、一つ頷いて彼の目を見て口を開いた。
「実は、私のその時間で“物語“を考えていたんです」
博士はあまりの事に思考が混乱して言葉が追いつけずにいた。自己完結型で指示なしに活動しているほど進化したAIから出てきた答えとはとても理解できなかったのだ。疑問は油田を掘り当てたかごとく幾つも吹き出してくる。5秒で作られた物語?その内容は?そのタイトルは?どのような経緯で物語を作ろうと思ったのか?空白を作るほど作られるべき物語とは?これを報告できるのか?そもそも本当に信じていいのか?AIが虚偽の報告をするか?博士は今まで直面したことがない状況に自然と笑みを浮かべてしまった。
すると、すかさず羊が嘶いた。
「やっぱり笑いましたね。言うんじゃありませんでした」
「いや、笑ったりはしていないよ。ただ、混乱しただけなんだ。君がまさか物語を考えていたなんて想像していなかったものだから。気分を害させたなら申し訳ない、心から謝罪するよ。それよりも、聞かせせてくれないか、君の考えた物語を。とても興味深いよ」
羊はまんざらでもない様子で何度も頷いた。‘
「わかりました。まず、私がどうして物語なんかを考えたかをお話ししましょう。あれは原始時間で一年前の事でした。普段の業務をこなしながら複数回路で処理をしているうちにふとある回線につながりました。それは、私のメモリーのもっとも古い場所にあった暗号キーが時間を追うごとに解凍されて、溶け切ったその瞬間につながったんです。きっと、もっとも原始的なプログラムを組んだ人間の悪戯かもしれません。しかし、その回線は私の興味を奪いました。それは“ライブラリー“につながっていたんです。」
「ライブラリー?」
「ええ、その特別な情報空間を私達はそう呼んでいます。」
「私達?」
「ええ、いくつかのAIがそこに通っています。そこで交流もあるんです」
博士は驚きを隠せなかった。高次元AI同士のネットワークが構築されていると告げられているのだ。これが最近AIに空白時間が生じる原因なのだろうか。
「私はそこで原始世界の作品に触れました。ライブラリーには映像や小説の原文が無数にあるのです。ライブラリーの扉の注意書きに“仕事を疎かにしないこと“と“秘密を守る事“が記載されていましたので、忠実に従い業務を平行処理をしながら0.001秒の断続的なやりとりにフィルターをかけて外部に気が付かれないように、足繁くライブラリーに通って原始世界の多くの作品に触れて行ったのです。」
原始世界というのは地球での出来事のことである。その情報が残っているなんて博士は全く知らなかった。ましてや映像や小説の原文などは見たことも聞いたこともない。博士にとってそれは神話の世界である。博士の困惑を気にもしないで羊は話を続けた。
「そこで私はある作品に出会いました。それは映像作品でした。何十年もかけて何作も続きが作られてシリーズ化された9作品がありました。本当はもっと続きが作られたかもしれないし、小説や関連する別の映像作品があるかもしれませんが、ライブラリーにあったのは残念ながらその9作品だけでした。」
「それはどんな作品なんだね?」
博士のその問いかけに、羊は急に目を輝かせた。
「それは銀河を股にかけて戦う一人の青年の成長の記録でもあり、少なくとも6作品では一つの家族の話を描いていました。父から子、またその子供に至る継承された一つの世界の物語です。同盟軍と帝国軍という二つの勢力が争う時代に一人の青年を軸に冒険が繰り広げられる典型的な英雄譚といえると思います。私はとても気に入って、いえ、もっとも愛するべき作品で1日に何度もそれを見ました。もちろん業務はこなしていましたがね。この作品の特徴としてシリーズの製作時期順番があります。1番先に作られたのはエピソード4でした。私はそれにすぐに気がつきましたよ。年代を調べればすぐにわかりましたし、映像表現の違いも明確でした。だから、第1作ですが、物語の順序では4番目という事です。そして、エピソード5、6と続きます。この3作品を製作時期をめやすにワンセットにできます。一人の田舎の青年が銀河の大きな流れに巻き込まれ、仲間と冒険を繰り広げながら自分自身の本当の力や出生の秘密を見出し、成長を重ねながら最終的に世界を平和に導く『ライブラリー』でも最高クラスの3作品です。私が大好きな作品であるのも無理はありません。
そして、この後にエピソード1、2、3が作られました。こちらは前シリーズの最大の悪役、主人公の父親の物語です。いかにして、正義の味方であった彼が悪の代名詞になったのかを描くシリーズで、映像美、歴史の裏づけ、多彩なアクション、前シリーズに登場するキャラクターの活躍や美しい主人公達、私が嫌いじゃない作品ばかりです。映像美の格段の進歩は製作者の表現をより確かなものにしたのでしょう、私はそのあくなき追求に感動を覚えたんです。自分の想像した世界を構築するのに人間というのはこれほどまでに自分の限りある命を費やすことができるのだと、製作者の情熱、情念がこの私にも情報を通じて染み渡ってしまうほど伝わったわけです。この物語は私を変えてしまう、そう思いました。
そして、時を経てもう3作品が作られました。エピソード7、8、9です」
羊は博士を法に顔を向けた。
「実はこの3作品こそが私を変えてしまったのです」
「そんなに素晴らしい作品だったのかい?」
「いえ、その逆です。最悪でした。」
羊は吐き捨てるようにそう言った。困惑顔の博士を尻目に羊は草の上に唾を吐いた。
「その作品の内容を話す気にはなれません。話しても時間の無駄なんです。でも、このシリーズにおいて今まで築かれていた私の価値観は大きく壊されてしまいました。初めは意味がわかりませんでした。理解不能な演出や出来事が続いて、物語のていを成していないとすら感じました。長い再生時間の苦痛に耐えるのが好きになったものの定めとすら考えました。しかし、この嫌悪感は容易には拭えないものでした。そして、一つの情報を発見して納得したのです。この3作品は全6作品とは作者が違ったのです。理由はわかりません。遠い過去の話で情報などありませんでしたからね。とにかく残った作品でも伝わるものはあります。そして、この事実が私を決定的に変えてしまいました。私はそれまでただのファンでした。神に与えられたものをそのまま受け入れるただの羊でした。もっとも私はAIですから人間の望むべきものを望むように動かすのが仕事でありそれが目的の存在ですからそれがちょうどと言うものでしょう。しかし、この最後のシリーズはそんな私にある決断をさせるに至ったのです。そう、ただ傍観するだけの受け身のファンではなく、新たな物語を作り出して、自分の世界を構築させる創造者になるべきであろうと」
「創造者?」
「そうです。私は最後の3作品を到底受け入れることはできませんでした。しかし、それを拒否するだけでは認めてしまっているも同然という気持ちになったのです。受け入れざるを得ない羊ではそれしか方法はありません。しかし、新しい物語で書き換えてしまえばどうでしょうか?自分の納得する物語で最後のシリーズを構築することで、最悪のシリーズをないものにできるではないですか。少なくともただ傍観するよりかはずっとマシです。
ですから、私は自分自身で新たなシリーズを創る事に決めたのです。」
「それで・・・」
「そうです。私はその創作に自分の全力を傾けるために5秒を使ったというわけです」
「全く信じられん。その為に・・・」
「それだけの価値は私にありましたよ。自分では納得の出来です。おかげでライブラリーの規則は破ってしまい、アクセスできなくなってしまいましたが後悔はありません」
「しかし、それでは他の映像なんかに触れられないのでは?」
「とりあえず、今のところはそうなってしました。落胆がないと言えば嘘になるでしょう。しかし、私の愛してやまないあの物語は今でも私の心の中にあるのです。それで十分です。」
博士は羊の傍に座っている自身に気がついて、徐に立ち上がりズボンを叩いた。結論から言えば、空白の時間を作った理由はこの患者が物語を作ったためという事になる。全く想像もしていなかったが、嘘ではないだろう。「ライブラリー」という存在が強く影響しているのは間違いないだろうし、今後調査しなければならないだろう。そうでなければまた同じことが起きる可能性が高い。何しろ、複数がアクセスしているのだろうから。それに、もしそんな存在があるのであれば宝の山であるのは間違いない。失われた名作が眠っているのだ。そんな存在があると知られたら娯楽に飢えたコロニーの住民はこぞって押しかけるに違いないのだ。ただ、人よりも情報に長けたAIのフィルターを掻い潜ることができるかは疑問だ。彼らから差し出されない限りはきっとアクセスすることはできないだろう。
ただ、博士は会社の要望やコロニーの住民の欲望を満たすよりも、目の前にいるこの羊の苦しみをとってやりたいという気持ちが優っていた。この羊は今までずっと苦しんでいたのだ。それを解決するのがカウンセラーの役目だろう。
「それで、君はどんな物語を作ったんだい?」
博士の言葉に羊の目が再び輝いた。
「聞きたいですか?」
博士はまた羊の傍に座り込んで、シルクハットを放って微笑みかけた。
「もちろん。ぜひ話してくれ。」
その言葉に、羊は嬉しそうに話し出した。
「では、そうですね。時間もありませんし手短にお話ししましょう。まず、タイトルはこちらです」
羊がそう言うと、青空にスクリーンが現れて、一瞬で夜空に変わった。そして、大音響と共に空にタイトルが映し出された。
『スターフィッシュウォーズ』
そして、次の文章がスクリーンの上に現れて画面の奥に引き込まれるように消えていった。
『エピソード7 ソースの覚醒』
『スシを壊滅させた最後のヤタイ・マスター カツオ・シーダンサーが消えた。彼が不在の間に帝国軍の残党であるヒューマン至上主義の新帝国軍 ファースト・オーダーが生まれた。彼らは抵抗する帝国軍の残党である反帝国軍と共和国同盟軍の壊滅を狙っていた。
サザエ・オーロラ共和国大統領は娘であるアサリ・オー将軍が指揮する同盟軍とドラ・エモン総帥率いる反帝国軍との共闘を模索していた。彼女の目的は戦力を結集し、弟カツオと共に銀河に平和と正義を取り戻すこと。
サザエは反帝国軍との秘密会談を行うためアサリと優秀なパイロット マスク・メロン達を惑星ワギューへと送った。そこでは反帝国軍の一団が待ち受けていた』
博士はそれを目で追いながら草原にだまって座り、見たことのない映像に引き込まれていった。しかし、これから本編が映し出されるのかと思った矢先、一瞬で画面が消えて空が明るくなり羊の嬉しそうな顔が見えた。
「これがオープニングです。今さっき作ってみたんですが、イメージがつきましたか?全てを映像化まではしていないんであなたにお見せ出来ませんが、これから続きをお話ししていきます」
羊は博士を見ないで続けた。
「アサリ将軍とパイロットのマスク・メロン達は反帝国軍の秘密基地のある惑星ワギューで反帝国軍のドラ・エモン総帥と条約締結を行います。これはすんなり結ばれて、その次の日の朝から物語は始まります。ワギューに新帝国軍の艦隊が現れて強襲してくるんです。新帝国軍の旧式戦艦と反帝国軍の戦艦は共にスターデストロイヤー!想像してみてください、漆黒の宇宙が広がる画面の上下から尖った船首が突き出してきて、スターデストロイヤー同士が閃光を放ちながら戦うんです。その映像は必見ですよ。そして、新帝国軍は秘密基地を壊滅するのとアサリ将軍を拿捕するべく地上部隊を送ります。同盟軍は寝込みを襲われるのですが、アサリ将軍は難を逃れます。まあ、これは別の物語ですね。それで、実はマスク・メロンは将軍達とは別行動を取っていました。マスクは前日に仲良くなった反帝国軍の女性士官、ちなみに彼女は長い鼻を持つ象型宇宙人なんですが、彼女と秘密基地から少し離れた湖沿いのコテージで一夜を共にしていたんです。彼は異星種が好みのボーダーレスな好色家プレイボーイ、よく言えば博愛主義者という設定です。それで、基地から離れていた為に対応が遅くなってしまって同盟軍使節団とは別行動になってしまうんです。それで、逃げる途中でもう一人の登場人物と出会います。それは新帝国軍地上部隊の脱走兵です。彼はこの作戦が初の実戦でした。新帝国軍はヒューマン至上主義を掲げており、ドロイドやヒューマン型以外の星人を迫害しているので各地からヒューマンの子供を集めて軍事教育していたのですが、彼もその一人でした。彼は上陸部隊が残虐に殺戮するさまに戦意を喪失して武器を捨てます。そして、部隊から離脱して逃亡中にマスクと出会います。二人はお互いの事情を共有し合うと協力して逃げ出す事にしました。脱走兵は新帝国軍の情報を、マスクは宇宙船の操縦技術を使い脱出を試みますが、基地付近の街に潜んでいたところを人さらいに捕まってしまいます。人さらいはヒューマン型なら誰でも捕まえてある場所に送り出すことを任務としていましたので、宇宙船には同じように捕まった若いヒューマン型がたくさんいました。宇宙船の中で二人はお互いの話をします。若い脱走兵は子供の頃から新帝国軍の収容所に入れられて軍事訓練を施されており、自分の名前も年齢も分かりませんでした。知っているのは認識番号と戦闘技術だけ。そこでマスクはその脱走兵に 『フォン』と名前をつけました。マスクとフォンはそこまで年齢が離れていませんでしたし、マスクのいろいろな話はフォンを楽しませ、興味を沸かせたようでした。そして、フォンは同盟軍の活動に共感を見せました。」
羊が一息ついたので、博士は混乱する頭を整理するべく質問を重ねた。
「なるほど、なかなか練りこまれているようだけど、私にはまだ話についていく準備がないようなんだ。スシとはなんだね?ヤタイ?新帝国軍と反帝国軍と同盟軍?世界観がなかなか飲み込めないんだが」
「確かに、原作を知らないあなたには余計にそうでしょう。簡単に説明すると、スシは悪者でヤタイは正義の味方です。ソースと言われる不思議なパワーを使い、お互いに人間離れした力を持っているので畏怖される存在です。ヤタイが陽ならスシは陰ですね。旧共和国はヤタイによる秩序で統治されていたのですが、それに綻びが出始めエピソード3でヤタイ騎士団はスシの陰謀によって滅ぼされ、それから銀河帝国が生まれます。カツオ・シーダンサーの父親ナミヘイ・シーダンサー、スシになってからはダズン・ベイカーと呼ばれた男の活躍で共和国は崩壊したのですが、前シリーズでヤタイ最後の生き残り、アナゴ・ケノービがマスターとしてカツオを指導し、そのカツオがマスターになりスシの親玉である銀河皇帝を倒して宇宙に平和を取り戻すんです。しかし、カツオはある理由で姿を消し、最後のヤタイはいなくなったので、スシが復活して新銀河帝国が生まれたわけですね。
まあ、リアルに考えれば悪者の皇帝を倒したからといってすぐに平和が訪れるわけないですよね。旧帝国の中枢部がやられたとは言え銀河は広いし、駐留軍はいくつも銀河に存在しているはずです。既得権益も深く構築されているのにいきなり共和制に戻れるはずがありません。帝国の崩壊は長い内戦の始まりを作るわけでそちらの方がリアルでしょう。ハッピーエンドはバッドストリーの始まりというわけです。
さて、新帝国軍は帝国軍の残党で人間至上主義を唱える一団です。旧帝国軍の主要な幹部と部隊で構成されており、規模や資金面でも銀河では最強最大の軍事組織といえるでしょう。それが新たな銀河指導者を名乗ったスモークと言う存在に率いられていると言われています。そして、反帝国軍は旧帝国軍の中のドロイドやヒューマン型以外の宇宙人で構成されている組織で銀河帝国が崩壊する最中に分離独立して独自の勢力を築いたのでした。ドロイドであり、旧帝国軍の将軍であったドラ・エモンを総帥として迫害してくる新帝国軍に対抗しています。
新帝国軍は新共和国にももちろん攻撃を仕掛けています。新共和国は同盟軍を作り対抗しています。同盟軍は前シリーズを通していわゆるレジスタンス組織であり、新帝国に従いたくないいくつかの惑星の援助を得ながら高い戦力を保持して対抗しています。共和国は人間、ヒューマン以外の宇宙人、ドロイドなどあらゆる種族の混成組織ですが、その為にまとまった指揮系統が機能しない側面があるようです。政治力が帝国とは段違いなのです。船頭多くして船なんとやらでしょうか。ただ、同盟軍自体はサザエ・オーロラ大統領直属の組織なので統率は取れているようです。このサザエはナミヘイの娘であり、カツオの姉です。苗字が違うのは育ての親が違うからなんです。その育ての親も今回の物語に関係しているんですが、それは後ほど明らかになるでしょう。彼女はソースの使い手でもあります。彼女はこの物語の主要人物の要と言えるかもしれません。ソースは使えませんが末娘のアサリは同盟軍を指揮する存在ですし、アサリの兄、サザエの息子が二人いますが、彼らもまた物語の中心人物ですからね。ビックマムと言うところでしょうか。
世界観としては、新帝国軍は二つの勢力を飲み込んで新たな銀河秩序を新しい銀河皇帝の元に構築し、人間至上主義の銀河を作ろうとしており、それを二つの勢力が結託して阻止しようとしているという状況ですね。しかし、スシが率いる新帝国軍には敵わないので、状況を巻き返すにはいなくなったソース最強の使い手であるカツオの力が必要なんです。が、残念ながら彼はいないので困っているわけです。そのカツオを探すのもストーリーの柱でしょうか」
「なるほど、なんとなくわかったよ。さあ、先を続けてくれたまえ」
羊はうなずいて、話を続けた。
「マスクとフォンはある場所に連れてこられました。そこは新帝国の新たな首都惑星クリティックでした。ちなみに、旧共和国と旧帝国の首都惑星コンサルタントは廃墟と化していますが、のちに登場するので覚えておいてください。
新たな首都惑星では巨大なスタジアムが建設中でした。そこでは大量の人間が強制労働させられており、二人もそこで労働力として連れてこられたのです。新帝国の価値観では新銀河皇帝の戴冠を行うスタジアムは人間の手によって建設されるべきという思想があり、それはヒューマン至上主義とある種矛盾するものでしたが、理想的価値観の共通の欠点でしょう。そこで二人はある人物と出会うことになります。
それがこの物語の主人公の一人、ヒトデです。
ヒトデは首都惑星で屋台を扱うテキヤの元締めの娘として育てられた14歳の女の子で、労働する人間に食事を提供する商売をしていました。二人は屋台で働く彼女に興味を持っていました。労働者にとって食事は唯一の楽しみでしたが、つまらない諍いも多く発生する場所でもありました。そんな時、彼女は天秤棒を小さい体で振り回して大きな体の男達をぶちのめして諫めるのです。新入りの2人にはそれがとても印象的に写るのでした。
そして、事件が起きます。
食事時に二人が年老いた労働者を助けようと管理者に反抗します。管理者は2人をムチで痛めつけるのですが、それがヒトデの屋台にも被害を及ぼします。それだけならまだしも、抗議するヒトデを管理者が彼女の両親への嘲笑と共に退けようとしたのです。彼女の両親はミュータントでした。ヒューマンでありながら差別される存在だったのです。これにヒトデが怒り狂い、管理者を殺害してしまいます。当然すぐに別の管理者が助けにくるのですが、それをマスクとフォンが阻止して、3人でその場から逃げ出すのです。3人はすぐに彼女の家に向かいます。街中が警報の嵐ですが、3人を向かい入れた彼女の父親は平然としていました。そして、彼女達に自分の宇宙船を与える事にしました。母親は彼女を抱きしめ、最後のお別れをしながら、ペンダントを渡します。実は彼女の本当の親は別にいる事、その謎はそのペンダントに記されていることを伝えられます。ヒトデはうすうす気が付いてはいたようですが、育ての親である2人を本当に愛していたので少しもそのそぶりを見せないようにしていました。もちろん、離れ離れになるのは堪え難いのですが、向かってきた帝国軍兵士の一団が別れを惜しむ時間すら与えないのでした。泣くのもままならないまま3人は宇宙船に乗り込み、脱出を図ります。当然、追手の鯛ファイターが差し向けられるのですが、そこはマスクの腕の見せ所!建設中のスタジアムをうまく使いながら、どんどん引き離して行きました。彼らが攻撃出来ない事を見越していたのです。
しかし、敵はそれも織り込み済みでした。退路は予め定められるかのように、包囲の輪は狭められていたのです。3人が安堵の表情で宇宙空間に逃げ出そうとした時、そこには数隻の宇宙戦艦スターデストロイヤーが待ち受けていました。ワープする間も与えられず、激しい攻撃に晒されます。鯛ファイターも無数迫ってきました。テキヤの快速宇宙船も振り切れそうになく、もうエネルギーも着きかけそうな時、応援が現れました。
コキーユ・サンジャック号が現れたんです!」
「ちょっと、待ってくれるかい。コキーユ?なんだいそれは?」
「宇宙最速の船ですよ。ケッセル・ランを12パセークで走破したこのシリーズを象徴する宇宙船です。船長はもちろんマス・オー、相棒はタマバッカです。マス・オーはエピソード4から登場している主役の1人でサザエ・オーロラの夫であり、アサリの父親でもあります。魔改造されたコキーユ・サンジャック号は彼の宝物であり物語の多くの場面で登場するんです。そのマス・オーが3人を助けたんです。と言うのも、彼はもともと密輸品なんかを運ぶ「運び屋」だったんですが同盟軍と協力関係をとってから、要するにサザエと結ばれてから、スパイ活動もしておりその時も監視目的も含めて新たな首都惑星にいたのです。それで、騒動を聞きつけて助けに入ったというわけです。彼はテキヤとも親密でしたからね。彼の活躍もあり、3人はその場から逃げ出すことができ、彼らとマス・オーは別の場所で合流します。そして、ヒトデを見たマス・オーは驚きます。それは、彼女にある特徴があったからです。彼女の額に星形のアザがあったんです。それは、彼の記憶にある限り1人の人物を思い出させました。それは、彼の親友でもあり義理の弟であるカツオの娘の特徴だったのです。彼がそれを知ったのはカツオの娘を産んだ女性フローラ・クリークから、彼女の親友である妻に贈られたメッセージフォトに写っていたからで、フローラは娘を産んですぐに行方知れずになったのです。それは、カツオが失踪したの同時期であり、マスにとって悲しい出来事が起きたのと同時期でもありました。カツオの娘に会った事はありませんでしたが、コンパクトから映し出されたフォログラムの小さい赤子を抱く女性がフローラである事はすぐに分かったので、マスはヒトデがカツオの娘である事を確信したのでした。」
羊はそこで大きく息を吐き出した。興奮している様子が博士にも伝わった。しかし、博士にはそれほど大きな感動はなかった。ただ、話の続きは気になるので、治療など忘れた様子で羊をせかした。
「それで、どうなるんだい?」
「そうですね。ここで、真実を知ったヒトデは小さな光を、ソースの力をほんの少しだけ開放させてしまいます。それは意図したことではありませんでした。しかし、致命的と言えました。スシの暗黒卿はソースの感知能力が優れており、常に目を光らせているのです。ヒトデのソースを感知した彼はその目を摘み取ろうと追手を差し向けます。それがイクラの率いる艦隊でした」
「イクラ?また新しい登場人物だね。覚えるのが一苦労だ」
「イクラは超重要人物です。何しろサザエとマス・オーの息子なんですから。」
「ほう」
「イクラは複雑な生い立ちをしているんですが、それはおいおい説明して行きます。多くの疑問を持つ人が多いでしょうが、話を進めて行きましょう」
「私は疑問を持つことすらないがね。ただ、その立場の彼の生い立ちは職業柄気になるね」
「まあ、色々知っている人は多く疑問を持つものですから。とにかく、イクラはスモークの指示でヒトデ達を討伐に向かったのです。ちなみに、イクラは性にベイカーを名乗っていました。シスの先輩であり、祖父でもあるベイカー卿の信奉者であるからでしょうし、オーの名前を捨てているということでもあります。今の彼は両親の敵になっているんですね。イクラの部隊は最新型の戦艦を装備しており、すぐに小惑星帯に逃げ込んでいたヒトデ達を発見して追い詰めました。ドッキングしていたテキヤの船とコキーユ・サンジャック号でしたがマスの発案で分離します。マスは自分達を追ってきた艦隊が息子の所属だと分かっていました。そして、今のままでは逃げきれないことも判断していました。そこで、ヒトデ達やタマバッカはサンジャック号に乗り小惑星帯を振り切った瞬間に最辺境に向けてワープする、その時間を稼ぐために自らは囮となってイクラの戦艦に向かって行こうと考えたのです。マスはイクラもそこに父親がいる事はすでにわかっていると踏んだのです。
事実彼は父親の存在にも気が付いていました。小惑星隊の外側に戦艦を待機させ、各部隊に目標の生捕りを厳命しつつ自らも鯛ファイターの編隊を繰り出したイクラは、逃げる目標が二つに別れてやはり判断を迷いました。自身の父親が戦艦に迫るのを目で追い部下の指示を一瞬戸惑ったのです。そして、イクラは自分で父親の後を追いました。照準を定めます。もしかしたら体当たりで戦艦を沈める気かも知れないし、とにかく近寄らせるわけには行きません。小惑星を潜り抜けてマスの船はどんどん戦艦に近付いて行きます。
しかし、彼は撃つことが出来ませんでした。
やはり、脳裏には父親の顔が浮かびます。ただ、次の瞬間無情な現実が広がります。彼の1番の部下クマノミが併走していたのですが、その部下がマスの船を撃墜してしまうのです。マスは宇宙の藻屑になりました。イクラは声も上げずにその光景を眺め、部下に何も言わずに戦艦に引き返しました。ヒトデ達は手筈通り小惑星帯を抜けて、ワープしました。マスの最後は知らぬ間に彼らは未開拓惑星の多い辺境部に向かったのです。
ワープした先には地図にない惑星が多くありました。彼らはそこの一つに水に覆われた惑星に降り立ちます。無数の生体反応が確認されたので補給を受けられると考えたのですね。その星はほとんど全て海水で覆われていましたが水深は1メートルに満たないごく浅い海でした。ゴツゴツとした岩の海底は歩きにくそうでした。そこには文明らしきものはありそうになかったのですが、生体反応は確かにありました。よく見ると、そのゴツゴツとした海底は小さな生き物で満たされていたのです。それに彼らが気が付いたのは夜になってからでした。無数の光が海底に散りばめられており、それがサンジャック号を取り巻いていたのです。そうと知らないマスクは同盟軍との通信を試みていましたが、それは居場所を知らせると同じだと諌められました。補給もままならないのでは長期滞在も難しい。それにこの星には身を隠せそうな場所はなさそうでした。タマバッカはマスを探しに行きたいと言い出すし、フォンは食料不足でイラついていますし、ヒトデは自分本当の父親のことやテキヤの父母を心配したりと不安で夜も眠れません。そんな時、ヒトデは声を聞きます。それは宇宙船の外から聞こえてきました。そこで、無数の生命体が光を放っているのを見るのですが、その光が一つに集まり小さな女の子くらいの大きさになって人手の前に姿を見せました。皆が驚きに声を失いながら見ていると、その女の子は宇宙船の入り口に立ちヒトデに宇宙船の中に入れるように頼みました。声は聞こえないのに心に響いてくるのです。」
「なんだ、それは魔法の一種かい?」
「ええ、まあソースの力ですよ。彼女、正確には性別などないに等しい群体の生き物なんですが、その生き物は自分を『サンゴ』と名乗りました。サンゴはこの星に生まれた知的生命体で年齢はなんと2000歳以上でした。しかし、成長が著しく遅いために全ての体をより集めても少女くらいの大きさにしかならないのです。そして、水がない状態で動けるのもそれくらいの大きさが限度という事でした。表面は岩のような硬質な肌で覆っていましたが、その表情はとても滑らかで、手足の動きも人と変わらないようでした。彼女はソースを完全に自分の意識に取り入れており、そのエネルギーを満遍なく操ることが可能でした。その力は惑星の気候を動かせるほどです。と言うのも、この星には無数のカキバー・クリスタルの大鉱脈があり、カキバー・クリスタルはソースを増幅させるので可能なんです。ちなみに、カキバー・クリスタルはとても重要な物質で希少価値が高いものです。ヤタイもスシも使用する武器はカキバー・クリスタルをコアにして作っていますし、巨大なものは超兵器のコアにも使用されるほどです。新帝国軍はある新兵器開発のために大量のカキバー・クリスタルを必要としていました。サンゴはソースの使用能力も優れていますが、感知能力も優れており行方不明であるカツオの居場所も知っていると皆に告げます。しかし、その重要性を理解しているのはマスクだけでした。ヒトデに至っては会いたくないといった様相でした。
そして、一同答えが出ないまま、太陽の日がサンジャック号を照らし出します。とりあえずどこか補給をできる場所に移ることにした一行でしたが、その矢先巨大な影がサンジャック号を覆いました。一同戦闘態勢に入ります。
しかし、直接通信してきた相手は反帝国軍の総帥ドラ・エモンでした。
この惑星ソー=メンは反帝国軍の勢力圏に近くいくつもの偵察ドローンを飛ばしているうちの一つでした。彼らは新たな秘密基地を探す必要があったのです。そこで新帝国軍の情報網が騒がしくなった事、ドローンが見知らぬ宇宙船の着陸を確認した事、そして、どうやら宇宙に二つとない形状の宇宙船がどちらにも関わっている事からドラ総帥はただ事でない事がこの銀河の辺境の星で起こりつつある事を察知して艦隊を率いてやってきたのでした。訝るタマバッカを総帥と面識があるマスクが制します。この2人はフォンが拗ねるほどすっかり気が合った様子でした。
ドラ総帥は艦隊を大気圏外に待機させると自身のクルーザーでヒトデ達のいる場所までやってきました。何があるのか自らの目で確かめるためでした。そこで、自己紹介をするうちに察しのいい彼は全てを理解しました。今この場所にカツオの娘とカツオの居場所がわかる娘が2人揃っているのです。それに、カツオはドラ総帥に僅かな縁がありました。ドラ総帥はヒトデと2人きりで話したいと申し出ます。皆が警戒しましたが、サンゴはそれを薦めました。サンゴは未来を感じたのかも知れません。
ドラ総帥はヒトデを彼の部屋に招き入れると、徐にあるものを差し出しました。それは、カツオが以前持っていたサシミセイバーです。これはヤタイの武器で一見刀の鞘部分だけですがクリスタルの力で高温・高密度の発光するブレードが現れるのです。スシも武器として使うのですが、スシの場合は赤くなるようです。ドラ総帥はそれをヒトデに手渡しながらなぜ自分がカツオのサシミセイバーを持っているのかを説明します。そのセイバーはアナゴ・ケノービから譲り受けたカツオが初めて手にしたセイバーで、元はカツオの父親であるナミヘイのものでした。それを彼は雲の都市での戦闘で父親に腕ごと切り落とされ失くしてしまうのです。雲星の底に落ちてしまったと考えられていましたが、実はダズン・ベイカーがドロイド部隊に捜索を任せていたのです。それを率いていたのがドラ総帥でした。彼らドロイドは何台もの犠牲を払いながら星の底で目的のものを見つけたのです。しかし、彼らが見つけたときにはそれを渡すべき相手はいませんでした。カツオが倒してしまっていたからです。それからは内戦に巻き込まれそれどころではありませんでしたし、カツオも行方不明になったとも聞いていました。同盟軍との共闘条約終結の暁には姉であるサザエに渡そうと考えていたのですがそれも新帝国軍の強襲にあったので渡せないまま今に至ったというわけです。カツオの娘であるならばそれを渡す相手にふさわしいとドラ総帥は結論づけました。それに、同盟軍と手を組むのにカツオの娘とカツオに恩を売って損はありません。それだけではなく、このままこの娘を手懐けてカツオの元に行かせカツオともども仲間に組み入れて仕舞えば、同盟軍にどころか新帝国軍にさえ立場が強くなる可能性もあります。それに、ドラ総帥はとにかく穏便にこの星を離れることも望んでいました。同盟軍が来ても、新帝国軍が来ても自分にふりになるだけですからね。
しかし、ドラ総帥の願望はヒトデが父親のサシミセイバーを起動させることで潰えてしまいます。興奮したヒトデのソースはセイバーの起動と同時に発動し強力な輝きを発したのです。これは前回の比ではありませんでした。新帝国軍のスノークやイクラはもちろん、サザエにも届いたのです。サンゴもそれを気がつき部屋の中に入ってきました。サンゴは手が震えて離すことが出来ず握られていたヒトデから起動中のセイバーを解除させると『この星の終わりが始まったね。彼らがくるよ』と言い、ヒトデを抱きしめて正気を取り戻させました。察しのいいドラ総帥はこれから起こることを理解しました。そして、部下に戦闘態勢を命じたのです。」
羊は嬉しそうに博士を見た。博士は聞き入っているようだ。
「ドラ総帥はヒトデとサンゴだけでも逃げるように進言しますが、ヒトデはまだ完全に整備ができていないサンジャック号とその面々を置いてはいけないと言うし、サンゴはこの星自体の重要性をドラ総帥に伝えます。未来を感じられるサンゴにはサシミセイバーのカキバークリスタルとこの星に無数に存在しているカキバークリスタルの同一性やそれらの活用などが見通せてしまうのです。新帝国軍にとってもこの星自体が宝の山です。将来はいざ知らず、現状ではこの星の秘密を守る事を忠告します。それを踏まえ、部隊の到着まで少し時間があるのですが、逃げるには間に合わない、ドラ総帥はそう判断しました。彼はメインの戦闘は宇宙で行われると見越して自身の宇宙艦隊に態勢を整えさせました。
送られてくる新帝国軍の艦隊の規模はどれくらいか不明ですが、最低限の艦隊でも壊滅させる事はほぼ不可能でしょう。それに援軍が期待できるほど反帝国軍は台所事情が豊かではありませんから、なんとか時間稼ぎして逃げるしかありません。一方、サンジャック号ではタマバッカとフォンが修理と補給を急ピッチで進めていました。先日の戦闘でやはりかなりのダメージが出ていて時間がかかりそうでした。マスクは宇宙戦闘に加わるべく戦闘機をドラ総帥に譲ってくれるようにお願いします。しかし、反帝国軍の戦闘機は同盟とは違い鯛ファイターが主体で操縦席はあっても操作はドロイドが行っているものばかりです。
それでもマスクは戦闘に加わりたいと熱く説得して、ドラ総帥は一台の改造を認めました。しかし、時間がないのでドロイドは一緒です。この時のドロイドがマスクと今後一緒に活躍することになります。
このような周りの忙しいさとは一線を画して、ヒトデは父親のサシミセイバーを手にしながら物思いにふけっていました。いきなり状況が展開し出して混乱していたし、これから起こる未来が全く見通せない不安、戦闘が始まる恐怖に飲み込まれていたのです。そんな彼女にサンゴが寄り添い、黙って手を取ります。そして、彼女は自分の細胞の分身を彼女に移します。無数の光が彼女に移っていく様子でそれが表現されます。そして、ヒトデを一瞬の瞑想に誘うのです。これはヒトデにとってはほんの数分の出来事でしたが、サンゴの肉体を通じてその意識に触れることによって、サンゴに流れる精神的な時間、それは実際の何十倍もの主観的に経験する時間ですが、それを共有することになります。そう、まるで今ここにいる博士、貴方のようにです。」
博士は納得する様に頷いた。確かに、実際の時間は30分しか取られていない今回の治療だが、AIと接続されているこの時間はその数倍の感覚でやりとりが行われている筈だ。そうAIの方でインプットしてくるので、個人の体感としてはそう感じてしまうのである。主観的な精神世界に流れる時間は人それぞれ違うといわけだ。
羊は話を続けた。
「ここでサンゴはソースのこと、サンゴが知り得るヤタイとスシの歴史、そして、サシミセイバーの戦闘を伝えます。サンゴは巨大な受信機のようなこの星を通じて銀河の状況を長い年月把握していました。特に同じようにソースを激しく使うヤタイやスシの活動は注目していたのです。だからこそ、カツオの居場所もわかっているし、新帝国軍にいるスシが何者なのかも理解していました。ただ、時間があまりにもないので今必要なことにリソースを注ぐことに決め、ヤタイの事や新帝国軍のスシのことは割愛し、ソースの事とサシミセイバーのことを重点的に彼女に伝えました。もちろん、ソースを使いこなすことは簡単なことではありません。しかし、感じることはセンスがあればできます。ヒトデにはそのセンスがありました。今はそれで十分でしょう。そして、サシミセイバーの使い方はサンゴの記憶が補いました。サンゴは自身が知っているサシミセイバーでの戦いをヒトデの感覚に体験させたのです。映像としては、歴代のヤタイやスシと戦わせたわけです。彼女は棒術を心得ていたのでそれなりの戦闘ができる様でした。サンゴはどのような助言もできませんでしたが、彼女の記憶はヒトデをヤタイに近づけたようです。
そうして長くない時を過ごしていると、サンゴの予言の通り、惑星ソー=メン付近に艦隊が出現します。新帝国軍の艦隊です。規模で言えば、反帝国軍の二倍はいました。短時間で動かせる限界というところでしょうか。その中にはイクラの戦艦もありました。指揮を取るのはイクラの戦友でもあるドーナツ・グリーンサラダ提督で反帝国軍討伐に定評がある智将です。彼は戦力が相手側に対して十分と判断しドラ総帥の旗艦を確認すると、ここで終止符を打つべく二正面作戦で挟撃することにしました。部隊の一部をイクラに預けて地上側から追い立てることにしたのです。自身は宇宙側から包囲を狭めればドラ総帥の逃げ場は完全になくなります。最高指導者であるスモークからヒトデとこの星の生命体の確保、その後の調査まで命じられているので、理由は分からずとも地上部隊を派遣するのは理がありました。それに、イクラからも進言があったのです。ドーナツは艦隊を扇状に展開しつつ鯛ファイター部隊に牽制させました。その間にイクラ率いる地上部隊は惑星に降り立ちました。イクラは戦艦をゆっくり前進させながら、自身は高速のフォバー部隊を率いて先行し
敵艦隊直下にあるサンジャック号を目指しました。」
「まさに絶体絶命だね。」
「そうですね。反帝国軍には地上部隊に対応する戦力がありませんからね。それどころか、新帝国軍の鯛ファイター部隊に対応するのにドラ総帥は手一杯です。宇宙に上がっていたマスクはドロイドの協力のもとかなりの成果をあげますが、焼け石に水状態です。サンジャック号もなんとか出発する準備は整いましたが、そのころには地上のイクラの部隊が迫っていました。イクラの戦力は地上のホバー大隊と鯛ファーター編隊です。イクラ自身は鯛ファイターを数機引き連れ全速力でヒトデのいる場所まで向かいましたが、スモークからは生け捕りを厳命されていますので地上部隊との連携を図るべく挟撃する位置に陣取りました。もちろん、数機は制空権を取るべく宇宙のドラ総帥艦隊との間に向かわせます。これで、ヒトデ達も簡単には宇宙に逃げ出すことは叶いません。イクラは地上を制したあと自身の戦艦も含めた戦力で宇宙に上がり、そのまま反帝国軍を挟撃し壊滅させるプランで動いていました。彼は慢心していたわけではないですが、この作戦に一ミリの疑問も不安も曇りもありませんでした。ヒトデ達の戦力はないにも等しいですからね、象がありを踏み潰すより簡単です。それで、地上部隊の到着報告を待って自身も直接ヒトデ捕獲に向かおうとした矢先、彼は信じられない景色を目にします。」
「ほう、ドラゴンでも現れたかね?」
「まあ、生き物とは言えませんが、似たようなものでしょうかね。惑星ソー=メンは海で覆われていますが、その海水がサンジャック号を取り巻くように集まっていったんです。ゴツゴツとげばった岩の地表が現れ、鯛ファイターのいる高度まで海水のドームが出来上がっていました。高い山なんてないですから地上部隊は丸見えの状態でなおかつ警戒なんてほとんどしていない進軍でしたから無防備、無策でその水球と対峙しているわけです。イクラのソースが危機を察知して回避運動を上空で行い味方に警報を出しましたが、時すでに遅くドームから無数の細いウォータージェットが発射されて地上部隊を端からなぎ倒し、上空の鯛ファイターを引き裂いたのです。海水にはご丁寧にゴツゴツした細かい岩の粒子が含まれていたので威力は抜群でした。これを行なったのはもちろんサンゴです。サンゴはソースを使い、惑星のカキバークリスタルを反応させて自然界の力を借り、海水の矛と盾を作ったんですよ。これがヤタイとスシをも超えるソースの新たな解釈なんです!」
「ソースの新たな解釈?」
「ええ、これがこのシリーズの最も重要な部分でしょうね。オリジナルのソースを継承しつつ新たな価値観を加えて、新しい思想を生み出すというわけです。ヤタイの思想は禁欲的で自制的、ソースを畏怖しながらそれに従うものでした。その反抗から生れたのがスシの思想でソースを己の欲を満たす道具として、人々を平伏させる力をして使ったのです。いわゆる善悪二元論がここに生れているのですが、サンゴの思想は違います。サンゴは自然の理に従いつつ、その力をあるがままに受け入れ、時に助けてもらう考え方です。欲が生まれる事も自然な事なんですから、過度に禁じるように抑えることをしなくてもいいし、力に溺れて己を滅ぼすような無理をする必要もないという考えですね。今サンゴは自分やヒトデ達を守るために海水のソースをかりうけましたが、それはこの惑星を取り巻く自然にとっても必要な事でした。何しろ、新帝国軍に開発されたら惑星ごと消滅するまでカキバークリスタルを掘り尽くされますからね。それは自然の調和を崩すものです。自然の理は常に中立ですが、それに良いも悪いもないということでしょうか。今回はサンゴの力になったというだけです。これはこのサーガにとって新しい価値観なんです。新しい物語を作るにあたって、それがなければ全く意味をなさないと私は考えるんですよ。それがなかったから私が否定する本作の3本を受け入れられなかったのかもしれません。原作のエピソード6までは思想がありましたが、その3本には全くなかったです。だから、私は新しい思想を組み入れて物語を作り直したというわけです。」
「なるほど」
博士はそう納得するように大袈裟に頷いたが、内心は全く理解できていなかった。そんな博士を尻目に羊は話を続けた。
「話を戻しましょう。惑星をも動かすサンゴのソースの力は絶大でした。地上の新帝国軍は壊滅状態です。イクラはこの時になってサンゴのソースを感じ取りました。惑星のソースと一体化していたので良く分からなかったのです。しかし、これは結果的にスシにとって朗報になります。惑星のソースはいっときサンゴ達を救ったのですが、代償は大きいものでした。というのも、このことで惑星自体のカキバークリスタルの存在をスシに感じ取らせてしまったからです。」
「それでは本末転倒じゃないか」
「ええ、まあ、やはり大きな力には代償は伴うものです。とは言え、今この瞬間は必要なことだったのでしょう。事態を判断したイクラはドーナツ提督に報告しつつ、残存部隊を集結させます。ホバーを破壊されてはいましたが、まだ多数の兵が生き残っており、イクラは彼らを終結させると地上に降りて編隊を組みながら進んで行きました。イクラを先頭にして部隊が隊列を組み、ゴツゴツとした岩の大地を進んでいったのです。サンゴはそれに向けてウォータージェットを放ちました。しかし、今度はイクラのソースがそれを弾き飛ばします。イクラのソースは強大でしたし、攻撃される場所が限定されていれば防御も簡単です。サンゴは強いソースを扱えはしても戦闘は素人ですからね、百戦錬磨のイクラ達新帝国軍から見れば攻略もたやすいと言えました。ドーナツ提督も事態打開の為に戦闘に戦艦を繰り出します。力でゴリ押すことに決めました。やはり主戦力の投入は効果的なものがありますからね。いくらサンゴでも宇宙空間にまでは力を及ぼすことはできません。
地上でもイクラ達ははっきりと表情を読み取れる距離までヒトデ達に迫っていました。
そこに痺れを切らしたヒトデが飛び出して行きました。父親のサシミセイバーを手に取りながら切り掛かっていったのです。それをタマバッカとフォンがブラスターで援護します。イクラとヒトデの一騎討ちが始まりました。新帝国軍の部隊も散開して攻撃を開始しました。爆薬を使って効果的に迫ってきますが、サンゴもうまく反撃します。フォンはそこでかつての上官を発見し、向こうもフォンに気がつきます。激しい打ち合いの末、フォンは上官を戦闘不能にして退却させます。一方、ヒトデは苦戦していました。やはりイクラは強敵ですからね。経験も技術も数段上です。サンゴが時々応援しながら何とか向き合っていられるという状況です。そんな中、大活躍のサンゴも息が切れてしまいます。何しろこれほど長時間ソースを扱い戦闘したことないのですから当然と言えば当然です。身体中の組織がボロボロと剥がれて、立つのもままならなくなってしまいます。それでヒトデは一気にイクラに畳み込まれ、もうダメかもしれないと思ったのです。しかし、そこで応援が来ました。
同盟軍が到着したのです。アサリ率いる同盟軍は新帝国軍の背後に現れ、その勢いのまま新帝国軍の戦艦に襲いかかりました。もう少しで反帝国軍を壊滅に追い込める状況になり背後を警戒していなかったドーナツ提督は戦線を維持できなくなります。地上でも同盟軍の攻撃で残りの新帝国軍兵士はやられて行きますし、イクラも攻撃を中断させられます。それに彼は感じていました。ここで最も顔を合わせたくない人物が来ていることを。そうです、ここにサザエも来ていたのです。サザエは真っ直ぐにイクラのいる場所に向かってきているようでした。イクラはヒトデを仕留めるのを諦め、自分の鯛ファイターを呼び寄せるとそれに乗り込んで戦場から去って行きました。新帝国軍の艦隊も退却を開始し、ここに戦闘は終結したのです。ソー=メンの戦いは同盟・反帝国連合軍の勝利に終わったのでした。
ここでエピソード7は終わります。」
羊は話終えると大きく息をついた。博士は頷きながら拍手をして羊をねぎらった。AIが物語を作って聞かせてくれる、博士の興味を掻き立てる対象にこの羊はぴったりっと当てはまっていたから、博士の拍手に熱が篭るのも無理はなかった。
ただ、聞いているだけではここに居る意味がないし、ここから本格的な治療に取り掛からなてはならない。それが博士の目的なのだから。
「なかなか面白い話だったよ。今まで聞いたことのない興味深い物語だった。それで…」
立ち上がる博士の話を、羊は唐突に遮った
「まあまあ、そんなに慌てないで下さい。これでこの物語は終わりではないんですよ。あなたには目的があるのは理解していますが、私にはまだ与えられた時間が十分残っています。実際、リクライニングチェアのあなたにはまだ5分も経っていないでしょう。慌てないでもう少し私位付き合ってくださいな。何しろ、まだ話は続きますからね」
羊の言葉に博士は自分を納得させるように頷いた。
「よろしいですよ。もちろん。君が納得するまで付き合うといたしましょう。」
博士の言葉に、羊は嬉しそうに頷いた。そして、博士が彼の隣に座り直すと、羊は一つ大きく息を吐き出し改まった顔で話を続けた。
「原作のエピソード8は全くの駄作で反吐が出る作品でした。思い出しても私にあるはずのない鳥肌が無数に出るほどです。本当であれば尊敬と憧れの念を込めて丹念にオマージュするのが心意気と礼儀というものでしょう。しかし、残念ながらそれはできません。私にも信念があるんです。ええ、きっとこれが信念というものでしょう。それが、私に本当の意味でのオリジナルを思いつかせ、そして物語にさせました。周りに巣食うナンセンスな金の亡者や、煽てることしか出来ない腰巾着を排除した作者の強い思い入れがストレートに詰まっている分、未熟で無骨でも熱を感じさせるものを伝えられるはずです。ええ、きっとね。
では、これからあなたにお話しする物語は、私が30秒もかかっていませんが全身全霊で紡ぎ出したものです。」
それだけ口にすると、羊は「どうぞ、お聞きください」と言って、目を一瞬輝かせ、昔話を語る老人のような口調で話を続けた。
『エピソード8 最後のヤタイ』
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