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第30回 金沢を舞台にした物語のプロット

 やがて、金沢を舞台にした企画書を、二本作成した。

 一つはいまだ根強い人気を誇る、妖怪物の現代ファンタジーだった。

 ※ ※ ※

【タイトル案】金沢もののけラビリンス(仮)
【コンセプト】物の怪が集まる旅館を舞台としたほっこりファンタジー
【物語の時期】現代(北陸新幹線が出来てから後)
【舞台】金沢(ただし他の地域が舞台になることもある)
【概要】
 金沢で幼少期を過ごした遠野晃(主人公)は、小学生の頃に両親を失い、東京にいる遠縁の親戚に預けられた。金沢には、年に一回帰るくらいで、ほとんど東京の人間として生きてきた。
 大学卒業後、何となく社会人となって、何となく働いていた晃は、ある日同僚にセクハラを働いた上司に反発し、居酒屋で大喧嘩。それをきっかけに会社を退職する。
しばらく再就職する気力も無く、半年ほどぼんやりと過ごしていた晃のもとに、ある日、金沢で旅館を営んでいる祖母が亡くなったという報せが届く。
 祖母の遺産は、晃が望めば全て彼が相続できる。相続するか、放棄するかを迫られた晃は、金沢の町並みが気に入っており、思い出の旅館が無くなるのもいやだったので、まったくの素人ながら、旅館を受け継ぐことを決意する。
 旅館の再開に向けて準備をし、いよいよ明日から旅館業再開という夜、日本に三台しか無いというレトロな電話交換機を操作していたら、誤って謎の場所と回線が繋がってしまう。
「明日一泊したいのだが、空き部屋はあるか」
 電話口の向こうからいきなり聞こえてきた男の声に、晃は驚きつつも、何かの専用回線なのだと思い、一室空きがあったので予約を入れてしまう。
 そして次の日の夕暮れ時――その客は来た。
 人の体の上に、兎の頭が載った、物の怪が。
 祖母の旅館は「またたきの向こう」と呼ばれる異世界に住む者達が集う、物の怪御用達の宿だったと知り、晃は慌てて電話交換機の設定を元に戻そうとするが、異世界と回線をつなげたまま直らなくなってしまっていた。
 次々とかかってくる物の怪達の電話。無視するわけにもいかず、応じる晃。
 普通の宿に戻すための方法を探りながら、一癖も二癖もある物の怪達の接客をし、さらに一般客の呼び込みにも頭を悩ませる。晃の悪戦苦闘の日々が始まった。

【構想】
・一話完結型。基本的にほっこり、感動系のエピソードを中心にする。
・舞台は基本的に金沢市内。旅館を拠点として、宿泊する妖怪達の依頼で、主人公の晃が、金沢の色々なスポットを奔走し、文化に触れ、様々な住人達と交流していく。
・ベースとなる世界観は、泉鏡花の小説から持ってくる。
・恋愛要素は基本的に周りのキャラ同士で展開。主人公はハーレムにならない(あくまでも読者層に好感を持たれる好青年として。たまに、彼自身が誰かに恋をするのはアリ)。
・戦闘シーン等は入れない(ただし主人公が直接関わらない範囲で、回想で少し入れるくらいはあっても、最終的に平和な話に落ち着かせる)。
【世界観】
「またたきの向こう」
・異世界の呼び名。
・明治大正の文豪・泉鏡花の『草迷宮』において、妖怪はこう語っている。
「人間の瞬く間を世界とする――瞬くという一秒時には、日輪の光によって、御身らが顔容、衣服の一切、睫毛までも写し取らせて、御身らその生命の終る後、幾百年にも活けるが如く伝えられるる長き時間のあるを知るか」
・人間がまばたきをする、一瞬の暗闇の間に潜む世界。そのため、永遠にも等しい時間の流れとなっており、本来は人間と交わることのない世界。
・一部の死者が訪れる場所でもある。

「遠野屋旅館」
・金沢の芸妓の町「主計町(かぞえまち)」にある旅館。浅野川沿いにある。
・浅野川の氾濫の時、近隣に被害がある時もなぜか無事だったという不思議な旅館。
・実は明治の頃から、「またたきの向こう」より来る物の怪達が、金沢探索の足がかりとしている旅館であり、晃の祖母もまた、物の怪達の世話をしてきた。

【主要人物】
1.主人公 遠野晃(とおのあきら)
・25歳。身長165センチ、体重63キロ。
・金沢生まれ。小学二年生の頃に両親を失い、祖母は面倒を見る余裕がなかったため、東京にいる遠縁の親戚に預けられて育った。
・大学では文学を専攻。その後、商社に就職し、営業となる。
・読書好き。ただし、最近の作家ばかりで、特に好きなのはミステリー。いわゆる「国語の教科書に載るような作家」の本は、かじった程度しか読んでいない。
・温厚で真面目な性格。ただ、遊び心も多少はある。人に対しては優しいスタンスを取るけど、礼儀知らずな人間に対しては突然スイッチが入って立ち向かう時もある。
・ガチ文系青年で、スポーツは苦手。身体能力が低いわけではない。

2.秋谷悪左衛門(あきたにあくざえもん)
・最初のエピソードに登場。以降もほぼメインキャラとして登場する。
・「またたきの向こう」からやってきた妖怪。兎の頭を持つ。
・仕えているあやめ姫のため、「またたきの向こう」では珍しい物を探し求めに、定期的に人間の世界を訪ねに来る。
・落ち着いた声と物腰の、大人びた性格。飄々としている。晃の祖母とは飲み友達だった。
・名前の「悪」とは、呪いの意味の「悪」ではなく、人を避けるという意味での「悪」。
嫌悪の意味での「悪」である。それゆえに、簡単には晃のことも信用していない。
・泉鏡花の小説『草迷宮』に登場する妖怪。

3.朱の盤坊(しゅのばんぼう)
・二番目のエピソードに登場。
・「またたきの向こう」の猪苗代にいる姫「亀姫」に仕える妖怪。鬼のような外見。
・真っ赤な顔に大きな体で「ばあ!」と相手を驚かせる。豪傑肌だが、心優しい。
・亀姫のため、加賀友禅を買い求めに来る。しかし、亀姫お気に入りの友禅職人は老齢のため既に引退していた。
・泉鏡花の戯曲『天守物語』に登場する妖怪。

4.冠弥左衛門(かんむりやざえもん)
・三番目のエピソードに登場。
・「またたきの向こう」の鎌倉に居を構える大狸の妖怪。庄屋の主であり、また近隣のヤクザ者を束ねる大親分でもある。変化の術にも長けている。
・妖怪の世界で急遽台頭してきた不老不死の「岩永一族」が、鎌倉で圧政を敷いており、反抗するための秘密結社が立ち上がるという何やらきな臭い流れになってきている。
・いざ大喧嘩となれば受けて立つ弥左衛門だが、できればみんなの心をまずは落ち着かせたいと思い、金沢に美味しいものを探しに来た。(半分は自分の楽しみのため)
・泉鏡花の小説『冠弥左衛門』に登場する人物。

5.主人公の祖母(故人)
6.老いた加賀友禅の職人
7.老職人の孫
8.カフェの店長

【ストーリー構成】
第1話
妖怪「秋谷悪左衛門」 テーマ「現実から幻想へ」 キーアイテム「電話交換機」

第2話
妖怪「朱の盤坊」 テーマ「祖母の恋愛」 キーアイテム「加賀友禅」
ゲストキャラ「老いた加賀友禅の職人」「老職人の孫」

第3話
 妖怪「冠弥左衛門」 テーマ「祖母の優しさと強さ」 キーワード「珈琲」
 ゲストキャラ「カフェの店長」

第4話
 テーマ「祖母の想い、そして遠野屋旅館の務め」 ※詳細検討中

 ※ ※ ※

 そしてもう一つは、加賀友禅をテーマとした現代ドラマだった。

 ただ、こちらのほうは、出来れば書きたくない、という思いがあった。

 なぜなら書くからには取材が必要になるからだ。そして、前回書いたように、私は多忙を極めていたので、とてもじゃないが取材旅行に行くような余裕は無かった。

 なので、二つの企画書の内、「金沢もののけラビリンス」のほうを採択してほしい、と思っていた。

 ※ ※ ※

【タイトル案】友禅ガール(仮)
【コンセプト】若手友禅絵師の成長を描く人間ドラマ(お仕事物)
【物語の時期】現代(北陸新幹線が出来てから後) 夏~冬
【舞台】金沢
【概要】
 加賀百万石の文化が花咲く地、金沢。
 数ある伝統文化の中でも一際輝く「加賀友禅」の世界に、かつて独創的な図案で一世を風靡した友禅絵師がいた。
 彼女は、あまりにも異端児的な作風ゆえ、「魔女」と呼ばれていた。
 その「魔女」が亡くなってから、12年の歳月が流れ――

 「魔女」の娘である上条藍子(かみじょうあいこ)は、高校卒業後、母のような友禅絵師になるため、同じく友禅絵師である祖母の口利きで、金沢市内の工房で修行を重ねていた。

 22歳になった藍子は、作品作りにも関わるようになり、早くも母譲りの才能を現していた。しかし、どうしても、母に及ばない。
 特に「瑞獣柄」と呼ばれる、伝説の生物を題材とした母の傑作群を模倣するも、精彩を欠いてしまい、同じタッチで仕上げることが出来ずにいた。入院中の祖母に作品を見せるも、痛烈な批判の言葉を浴びせられ、すっかりふてくされてしまう。

 ある日、高校の同窓会に出席した藍子は、ストレス発散で飲み過ぎて、不覚にも意識を失ってしまう。
 起きてみると、そこは旅館の一室。かつて同級生だった遠野晃(とおのあきら)が親の跡を継ぎ、経営している宿だった。
 酔い潰れていたとはいえ、勝手に自分を連れ込んだ晃に抗議する藍子だったが、まったく悪びれていない晃を相手しているうちに、逆に溜まっていた鬱憤が抜け、気持ちがリラックスしてくる。

 昔から不思議な空気感を漂わせている晃。
 彼と話しているうちに、インスピレーションを受けた藍子は、その場で「龍」の下絵を描き上げる。
 祖母に見てもらい、未熟であると評されるものの、母へと通じる道のスタート地点にようやく立った、と認めてもらえた。

 藍子は、思い出に残る亡き母へと近付くため、そして自らの作風を確立させるため、母が描いた三大傑作「龍」「麒麟」「鳳凰」の図案に本格的に挑戦することを決意する。

 藍子は、多くの人々と出会いや別れを繰り返しながら、友禅絵師として成長していく。

【世界観、構想】
・自然に対する造詣が求められる加賀友禅の世界において、空想上の生物である「瑞獣」を描くことに苦心する主人公・藍子。
 瑞獣を生きたものとして描くためには、その瑞獣を生み出した、人間存在そのものへの理解を深めなければいけない。
 高校卒業後、友禅絵師としての能力向上に没頭していた藍子は、没コミュニケーションの泥沼にはまってしまっている。
 そこで、旅館業を営む晃が、人間関係の泥臭さの中を渡り歩いてきた経験を生かし、藍子に色々とレクチャーしながら、導いていく。
 やがて藍子は自分に足りないものに気が付いていき、人としても、友禅絵師としても、成長していく――という人間ドラマ。

【主要人物】
1.上条藍子(かみじょうあいこ)(主人公)
 友禅絵師。女性。22歳。眼鏡に三つ編みと地味な外見。能登畠山氏の末裔。
 加賀友禅における重要な5つの色「五色」のうち「藍色」にちなんで、名付けられた。
 言葉遣いは丁寧であるがぶっきら棒。下絵を描き始めると三食忘れて没頭する。
 10歳の頃に母を失い、父も仕事の関係でほとんど家にいないことから、
 友禅絵師である祖母に預けられた。
 やがて、藍子は亡き母への憧憬から、自分もまた母のような友禅絵師になりたいと思い、高校卒業後、職人の道を歩み始める。
 整った顔立ちから、地元誌で「友禅ガール」として取り上げられたこともあり、そこそこ名は知られている。が、工房の師匠から、「いつまでもガール気分でいるな」と言われており、自分としても早く一人前になりたいという想いから、下絵の修行も始めている。
 自然描写に対しては感覚的に本質を捉えることが出来、見事な絵を描ける一方、人生経験の浅さから、自分がその目で見たことのないものまでは描けない。
 しかし、余命わずかの祖母に早く自分を認めてもらいたいため、母の作品でも傑作中の傑作、「瑞獣柄」シリーズに挑戦する。

2.遠野晃(とおのあきら)
 旅館、遠野屋旅館の若旦那。22歳。両親は健在だが、実質切り盛りは晃がやっている。
 高校時代から飄々とした性格で、男女問わず幅広く交流していた。
 女性経験も豊富で、今は特定の相手はいないが、旅館から徒歩数分のところにある歓楽街、片町によく繰り出しては、女の子のいる店で飲んでいる。
 一方で、多くの人々と触れ合う中で、様々な人生模様を目の当たりにしており、人間存在のはかなさ、弱さ、そしてそれであるがゆえの愛しさを常に感じている。
 高校で同じクラスだった時から藍子に興味があるが、今は、恋愛感情とはちょっと違う。

3.藍子の母
 清楚な中にも自然な味わいの華やかさがある加賀友禅の世界に、そのコンセプトは崩さないながらも、瑞獣や、能登の伝説・猿鬼やアマメハギ、八百比丘尼等の、摩訶不思議な世界観を取り入れた、奇才の友禅絵師。
 人柄は温厚で明るいが、作品作りについては一切の妥協を許さず、下絵のデザインが確定するまで何日も眠らないほどの狂気を見せることもあった。
 その無理が祟ったか、病にかかり、気が付いた時には取り返しのつかない病状となり、藍子が10歳の時に命を落としてしまった。
 無茶なことをする職人ではあったが、人には優しく、家族への愛も深く、藍子にとっては理想的な母親像であった。(職人と母親を両立させるために体を壊すほど無茶をした、という点では、あまり褒められたものではないが)
 
4.藍子の祖母
 友禅絵師。伝統的な加賀友禅の図案を得意としており、嫁入りしてきた藍子の母を
 当初は毛嫌いしていたが、作り出すものは違えど、下絵に対する真摯な態度は同じだと気付き、それ以来作風については認めないながらも、絵師としては認めていた。
 現在、肝臓の悪性腫瘍が転移しており、余命半年の命。
 藍子が友禅絵師を継ぐことを、最初は喜んでいたが、母親と同じ作風を目指していると知り、血は争えないかと面白おかしく思い、藍子の意思を尊重しつつも、母親を目指すからこそと厳しく指導に当たる。

5.藍子の師匠
 友禅絵師。市内に工房を持つ。ゴリラのような見た目だが、描く絵は繊細。
 かわいらしい年下の女房を持つ。口は悪いが心根は優しい。
 子どもがいないので、藍子のことを実の娘のように思っている。

6.輪島塗の跡取り息子
 能登半島の輪島市で、輪島塗の塗師になるため修行している青年。22歳。
 クールで無愛想なイケメン。ひょんなことから藍子と喧嘩し、お互い反発し合うが、それぞれ、相手の物作りの姿勢から、自分に必要なものを学び取っていく。

【ストーリー構成】
序話 龍―前編― ・始まりの話 ・「龍は水に対する畏敬の念の象徴」 ・6月
第1話 龍―後編― ・龍の図案の完成 ・水の都金沢 ・人と水の関わり ・7月
第2話 麒麟 ・麒麟の図案の完成 ・花嫁のれん ・人が織りなす慶事 ・9月
第3話 鳳凰 ・鳳凰の図案の完成 ・祖母の死 ・生命のダイナミズム ・12月

 ※ ※ ※

 この二つをX社に送ったところ、向こうが食いついてきたのは、後者――「友禅ガール」のほうだった。

(マジか……!)

 自分から企画書を出したとはいえ、取材にかかる手間を考えると、気が遠くなってきた。
 何よりも必要なのは、本物の友禅絵師に話を聞かなければいけない、ということだった。それが出来なければ、この作品づくりは成立しない。

 もちろん誰かに友禅絵師を紹介してもらう当てはあった。あったからこそ、大変さを自覚しながらも、あえて「友禅ガール」を企画書として提出したのである。

 私はさっそく、金沢にいるその相手に、電話をかけることにした。

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