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第二章 - 二人の王子6

 ある日の午後、アサが工房内の職人たちの仕事を見学していると、垂れ耳の神父が降りてきて言った。
「お世継ぎの命名式が明日の午後、こちらの聖堂で行われることとなりました。通常は王族と最高司祭のみで行われるものですが、王よりあなた方にも出席してほしいとの希望をいただいております。式にふさわしい着衣などこちらで揃えますので、ご出席願えますか?」
 アサは承知したが、双子たちが生き残っていたことに内心驚いていた。あの状態で二人とも助かったのか。しかし王宮の造りを思い返して納得する。あのような宮殿がつくれるようであれば、子どもたちを助けるだけの医療技術が発展していてもおかしくはない。
 翌日、茶色の髪を左右に分けて輪っか状に巻きあげ、裾と袖口に花模様の刺繍とレースのついた紺色のドレスに身を包んだアサは、祭壇のすぐ前の最前列の席に座り、式の始まりを待っていた。隣にいるネズミはいつもより高めの黒いハットと、襟に金の刺繍のついた長いコートを着ている。二人とも靴は履いていないが、アサは足が痛むので赤い布を足に巻き、足首でリボン状に結んでいた。祭壇の目の前に置かれた大きな大理石のゆりかごには、やわらかなクッションの上に乗せられた赤子が眠っている。ゆりかごの近くには黄色い液体の瓶がかかった金属の棒が立てられていて、瓶についた管が赤子に繋がれていた。
 アサは席に座った時から子どものことが気になっていた。
 子どもは一人しかいない。しかも黒毛の子のほうだ。あの時、完全に死んでいるように見えたが、今は管につながれているものの手足を動かしている。気になるのは、その子の頭頂部の毛が全くないことだ。
 ゆりかごの斜め前には大きな木の椅子が置かれている。座面は赤く、背もたれの中央には円形の模様、その周囲には聖堂の天井と同じような踊る犬の絵が描かれて、足にも装飾を施された豪華な椅子だ。
しばらくすると王妃が付き添いの白い犬に手を引かれながら、祭壇の裏口にある扉から出てきて、その席に座った。彼女は子どもの顔を見ながら、赤子の指先に触れる。
 祭壇の裏の入り口から、全身を覆う白のローブを身に纏った司祭が現れた。中央に金の円が描かれた上に長い白い帽子をかぶっていて、ほとんど首を動かさずに歩いてくる。司祭は祭壇を背にしてゆりかごの後ろ側に立ち、ゆりかごを挟んで座る王妃にまばたきで合図をする。王妃は頭を下げてそれに応える。
 王妃は長く白い毛の一部を編み込んで頭の上で巻いており、そこに小さな王冠が乗っていた。飾り気のない白いドレスは、刺繍やレースをあしらった凝ったドレスを着ている他の参列者と比べて王妃とは思えないほど簡素だった。王妃が現れてから、王妃のドレスを笑うようなささやきも聞こえてくる。アサは最前列の自分の席から後ろを振り返るが、会場内に黒い毛の犬は見当たらなかった。ほとんどが王犬と同じような細長い顔立ちの手足の長い犬ばかりだ。
 建物の二階部分にある金属の楽器から荘厳な旋律が響き、祭壇の真向かいにある扉が外側に向かって開かれる。二人の垂れ耳の子犬が白い花びらの入った籠を持って、祭壇に向かう中央の道を歩いてくる。中央通路は純白の絨毯が敷かれていて、子犬たちは通路を一歩歩くごとに、道に白い花びらを撒いていく。王犬は子どもたちの後に現れ、通路中央を一歩一歩歩いてくる。両手には植物の枝が一本。頭にも植物のつるを巻いたものが乗せられている。王犬は赤い着衣の上から、金の円が描かれた純白の布を纏っていて、その布は後ろ側が長く伸びていた。長く伸びたローブの裾を小柄な犬たちが抱え、王の後から頭を下げた状態でつき従う。
 王犬がゆりかごの近くまで来ると、王妃は付き添いの白い犬に手を借りながら椅子から立ち上がって頭を下げる。司祭は顔を上げたまま両手を組んだ。
 王犬はゆりかごの中で眠る子どもに目をやると、うなり声をあげる。
「なんだこれは、殺せ」
「あなたの、子です」
 王妃は頭を下げたまま言う。
「あの男の子だろう。おまえを連れてきたのは結婚式の直前であったが、すでに子をなしていたとはな」
「いいえ、あなたの子です。私は双子を産みました。一人はこの黒い毛、一人はあなたと同じ白い毛の子です。産まれた時、すでに黒い毛の子の脳は死んでおりました。そして、白い毛の子は身体に奇形があり、長くは生きられなかったのです。ですが、その子の脳は無事でございました」
「我が子の脳をこやつに入れたというのか」
「はい」
「勝手な真似を、殺せ。予は白い毛の世継ぎが欲しい。だからお前を妃にしたのだ」
 王犬は王妃の白い毛を指先で弄んでから、彼女の頭を長い鼻で撫でる。
「これに名前などいらん。殺しておけ。子などまた産ませればよい。お前は体調が戻り次第、すぐに王宮に戻れ」
「いやです!」
 王犬は持っていた枝を王妃の付き添いの女に向かって叩きつけると、身体を翻して外に出て行く。ローブを支える犬たちは、王が裾を踏まぬよう慌てて布を引っ張り、小走りで付き従う。
 王が外に出て扉が閉められると、会場内は笑い声と王妃を嘲笑するような声であふれ返った。王妃は立ち上がり、司祭と言葉を交わしたのち、付き添いの犬に連れられて祭壇の裏から聖堂を出て行った。ゆりかごの中の赤子も、司祭に呼ばれて現れた三人の犬によって祭壇の裏へ運ばれていく。
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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。

▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1


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