「夜の案内者」死のない町7
アサたちが時計塔の前に着いた時、鳥たちは岩場の巣から出てこなかった。テーブルクロスを広げて食べ物を見せても、誰も取りに来る様子がない。全員がお互いをけん制しあうように、岩場の穴から少しだけ顔を出して様子を見合っている。ティルクが声をかけても、下りてくる様子はなかった。
「全員が食べられる分はあると思うのですが、同じのじゃないとダメだったんでしょうか」
アサは鳥たちの様子を見ていたが、ティルクの片羽を取って言う。
「ティルク、もう一緒に行こう。この町を出て、一緒に。遠い世界に行けるよ」
「ううー、・・・うん。でも、そのまえに、ナマエかいていい?」
ティルクは、時計塔の壁にママと自分の名前を残したいと言う。
「まちもスキなの」
アサは赤い実をくわえたティルクを肩に乗せる。ティルクは実をくちばしでつぶしながら、時計塔の壁に名前を書き始める。一文字一文字、覚えたばかりの自分の名前を、時計塔に刻んでいく。
その時、口笛のような高音が響き、鳥たちが次々と空に羽ばたき始めた。岩場から出て一本の線のように並んで飛び、時計塔を一周した後、岩場の上に消えていく。アサはティルクの足を落ちないように押さえながら、鳥たちの様子を気にしていた。ネズミは赤い実を両手に抱え、ティルクに渡していく。
再び鳥たちが岩場の上から現れた。先ほどと同じく線状に並んで時計塔に向かって飛んでくるのを、アサは目で追う。鳥たちは時計塔を一周し、アサたちの真上で何かを落とした。
石だ、と気づいた時にはそれは足元に落ちていた。握りこぶしくらいの大きさだ。直撃したら危ない、と思った時、ティルクの身体が肩から飛んだ。足を押さえていたアサも地面に倒れるが、すぐに体勢を立て直して地面に落ちたティルクに駆け寄る。ティルクは舌を少し出し、わずかに泡を吹いていた。アサが静かにティルクの頭に触れると、頭蓋骨がずれて動く感触がする。
「大丈夫ですか?」
ネズミはアサとティルクを覆うように両手を広げて立つ。アサは首を振ってネズミに応えた。頭蓋骨が陥没してる。即死だ。アサはティルクの頭を腕に乗せ、両手で身体を包むようにしてティルクを抱き、立ち上がる。それから空に向かって怒鳴りつけた。
「全員下りてきなさい、今すぐ。あなたたちが何をやったのか、その目で見なさい!」
石がアサの腕をかすって地面を跳ねる。アサはネズミにティルクの身体を預けると、赤い実を手に取り、名前のつづきを書き始めた。ティルク、ママ。ネズミは自分の帽子を取り、アサにかぶせる。アサは石がぶつからないよう、時計塔に身体をくっつけながら、さらに名前を書き続ける。マーク、レイン、アルル、マリー、ティム、ケイティ、カーラ、ナナ、ラム、タック、ユーリ、コバル、ミョンミョン、アレクサンドロス、マレイア、ト、エイミ、テレサ、メト、エヴリン、サナイ、タイシ、ヤコブ、ルーク、カルロ・・・。
時計塔の四面の、手が届く範囲すべてに名前を書いて、アサは再び空に向かって声をかける。
「名前はティルクだけのものじゃない。あなたたち全員にあげる。だから、下りてきなさい。好きな名前を取ればいい」
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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。
▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1
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