「夜の案内者」生命であるための死1
なめらかな金属の壁には、光沢のある赤い扉があった。扉の上には五つのモニターがあり、近づくと五つの顔の映像が映し出された。緑の線で輪郭が引かれた人工的な顔で、表情はないがすべて違う顔だった。アサがモニターに向かって黒い乗車券を見せると、全員の目線が一斉に乗車券に移り、左右に滑るように扉が開いた。
扉の向こうには細長くて赤い高層ビルが林立しているのが見えた。奇妙なのはビルの側面がビルの内側に向かって湾曲していて、四つの角が極端に尖っていることだ。地面は灰色で、コンクリートのような見た目だが歩くと弾力性がある。細いガラスの通路が橋のように直立したビルを繋いでいて、その中をアサの腰くらいまでの大きさの小さな栗鼠(リス)が走っている。通路はちょうど栗鼠が一人通れるくらいの大きさだ。
美しく整った町だが、少し歩くと倒壊しているビルが目につく。栗鼠たちは壊れたビルの欠片を片付けているようだ。欠片を抱えるとどこかへ走り去っていく。ビルには長丸の窓が並んでいて、鏡のように向かいのビルを反射していた。日が落ちてきたのか、風が少し肌寒い。
突然、町全体が大きく揺れ、それからアラーム音が鳴り響いた。ビルの屋上から赤いライトが放たれ、町に赤い線を引いていく。ガラスの通路を通っていた栗鼠たちはビルの中に消え、周囲にいた栗鼠たちもビルの中や町の奥へ消えていく。ビーッ、ビーッっと繰り返されるアラーム音が町に響き続けている。
「私たちが来たせいでしょうか」
アラーム音の原因はすぐに分かった。町を囲う壁の向こうから、黒緑色に黄色い縞模様の入った巨大な蛇が現れたのだ。ネズミすら飲み込んでしまいそうなほどの巨大さだ。蛇は舌を素早く出し入れしながら壁を乗り越えてくる。壁の近くにいた栗鼠たちが蛇に丸飲みされていく。アサは逃げる栗鼠たちと逆行して、蛇に向かっていく栗鼠がいることに気づいた。しかし、蛇はその栗鼠のことはよく見えていないようで、飲み込まずに踏みつぶしていく。
巨大蛇は近くのビルに巻きつき、締め上げて破壊する。破壊されたビルは隣のビルにぶつかりながら倒れ、地面に落ちていく。倒壊するビルの窓から、何人かの栗鼠がこぼれるように落ちる。ビルを破壊した蛇も、ビルの四隅の尖りのせいで身体を傷つけたようだ。蛇の動きが鈍くなった。
蛇の近くにある高層ビルの頂上から、赤いレーザー光線が蛇に向かって照射された。蛇はビルの隙間を縫ってレーザーから逃げるが、複数のビルから発せられるレーザー光は、蛇の尾を短く切り裂きながら、徐々に蛇を追い詰めていく。蛇は壁を越えて逃げようとするが、一本のレーザーが頭部を半分に切り裂いた。残された蛇の身体はうねりながら周囲のビルを叩き壊す。別のレーザー光が蛇の身体を細切れにしたが、痙攣するように蛇の身体はいつまでも動き続けていた。
警報が収まり、ビル内に隠れていた栗鼠たちが通路から顔を出す。蛇が現れた場所の割と近くにいたアサとネズミは、倒れた蛇が見える場所に移動する。細切れになった蛇の身体から、飲み込まれた栗鼠たちが出てくる。毛皮が溶けたのか、悪臭がアサたちのほうまで流れてくる。
アサは現場に向かって走ってくる栗鼠に声をかけた。
「すみません、今の、なんですか?」
栗鼠はアサの横で止まり、二本足で立ちあがって言う。
「隣の町のやつらだよ。食べ物を求めてこちら側に侵入してきやがるんだ」
長い間、栗鼠たちと大蛇の攻防はつづいているようだ。壁を高くし、建物を強化し、機械のリスをつくって応戦している。
「機械のリス?」
「僕もそうさ。蛇に飲まれ、腹の中で自爆して蛇を殺すんだ」
アサはリスに触らせてもらうが、毛皮と身体の弾力は本物そっくりだ。黒い瞳も同じ。ただ、体温がなく触ると冷たい。メカリスも改良を繰り返しているが、最近は蛇も偽モノを見抜き始め、なかなか飲み込まないようだ。
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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。
▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1
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