「夜の案内者」青い娯楽3
アサとネズミは立方体の外に出る。二人が出てきた立方体は、扉が閉まらずに開いたままになった。
周りを見ながら歩くと、町にある立方体の半分以上が開いている。これだけたくさん家があるのに、多くは使われていないということか。立方体の中はどれも一緒で、白い四角柱が中央に設置されているだけだった。扉の開いていない立方体の壁を叩いてみるが、中から人が出てくる様子はない。
「あ、あそこに誰かいるみたいですよ!」
ネズミが指さした道の先に、確かに青い人が見える。白い世界では青色は際立つ。二人いるようだ。
「行ってみよう」
アサとネズミが走って青い人に近づくと、青い人たちは同時に振り返って立ち止まる。二人はほとんど身長で、手をつないで歩いていた。一人は胸から足先までを覆うぶよぶよした質感のオレンジ色の服を着ている。もう一人は頭の触角に黄緑色のリボンが結んであり、首から上半身と両腕を覆うピンク色の服に、薄い質感で歩くたびに揺れる赤く層状になったスカートに、水玉模様のブーツを履いていた。
彼らは恋人同士。聞けば三十九歳と百三十九歳で、二十歳の時に出会い、ちょうど百歳差があるところに運命を感じ、それからずっと一緒に暮らしているという。
「わたしたちは匂いがもつ色について、出会った時からずっと話し合っております」
アサは先ほどベッドに乗ったまま消えた人のことについて聞くと、オレンジ服の人が言う。
「その方は死を選ばれたのでしょう」
「死を選んだ?」
「よくあることです。この町で『死』は一つしかありません。寿命だけです。わたしたちは衛生的に完全に管理され、全員がほぼ百四十歳まで生きます。老いるのは本当に死ぬ直前だけなのです」
「それでなんで死を選ぶの?」
「退屈だからですよ。みんな生きることに飽きて死ぬのです」
「でも、それじゃあ、家族は悲しまない?」
「家族?」
「親とか兄弟とか」
「ふーむ、親という概念は聞いたことがありません。悲しむというのも分かりませんね」
青い人たちは細胞から製造されて生まれてくるらしい。原始的な生殖方法を撤廃することで品質管理し、健康で知性のある者だけを量産している。だから全員ほとんど同じ顔をしているのだ。死を選ぶ者も多いが、人口はいつでも増やすことができるので大きな問題にはならない。人は生まれてからずっと立方体の中で過ごし、死ぬ。百四十年間、ただ生きて死ぬのだ。
「わたしたちのように、人と一緒に過ごすことを選ぶのは、非常に稀なことなのです。多くの人は立方体の中だけで過ごしますから」
「どうして?」
「ご説明しますよ」
赤いスカートの人は近くの立方体の中にアサとネズミを招き入れる。扉を閉めてから、部屋全体に向かって言う。
「なにか映像を」
声に反応して四角柱が床下に下がり、部屋全体に海の映像が映し出された。ただの床なのに足下に水があるように錯覚するほど、本物そっくりだ。海の中を巨大な生物の影が横切る。空を鳥の群れが横切り、彼らの鳴く声がする。潮の匂いまで感じられるようだ。
「てきとうに変えてください」
赤いスカートの人が言うと、さらに映像が切り替わる。今度はジャングルの中のような深い森だ。鳥や虫の鳴き声に加え、葉がこすれる音がする。目の前に大蛇がやってきて、大きく口を開け、こちらを威嚇してくる。
「音楽をお願いします」
ジャングルの映像が消え、部屋全体が暗くなって宇宙空間にいるような映像に切り替わる。金属が震えるような音が重なり合い、それに合わせて木琴を叩くような音と笛の音が聞こえ始めた。
「話し相手を」
画面いっぱいに青い人が映る。これまでに会った人たちと違い、快活な表情でジョークを言ったり、哲学的なテーマについて語り始めたりする。三分ほど話を聞いた後に、赤いスカートの人が「もういい」と言った。映像は消え、床から四角柱が持ち上がってくる。
「そういうわけで、わたしたちは生きることに興味がないのです。わたしたち二人はとても稀な人間です。この町では生まれてから死ぬまで部屋から出ることがほとんどなく、飽きたら、だいたいの人が死を選びます」
「なぜ?」
「なぜ?生まれてから死ぬまで、この立方体の中で与えられる快楽を享受し、ただ死ぬ。こんなに退屈なことはないでしょう。死とは唯一、わたしたちに残された娯楽なのです」
「うーん、そうね。なんか絵を描いてみるとか、踊ってみるとかー、他にも楽しいことあるんじゃない?」
「わたしたちは皆、同じ性質を持っています。踊ったところで、隣にいる人も同じように踊れる。そもそも、目の前で素晴らしいダンスを披露してくれるロボットをいつでも呼び出すことができるのに、自分で踊る必要があるのでしょうか?」
オレンジの服の人が赤いスカートの人に変わって続ける。
「生きることは面倒です。生まれてきたくなかったとずっと思っていました。そもそも、みんな死んでいるのに、自分だけ死んではいけない理由はないでしょう」
アサが黙っていると、二人はもう少し外を歩くと言って立方体の外に出て行った。
「とりあえず、乗車券が戻るまで部屋で待ちましょうか。私は隣の家にいますよ」
ネズミが外に出た後、部屋に残ったアサはバックパックを下ろしてからベッドを呼び出して横になった。何もない真っ白な部屋。死が最後の娯楽であるという言葉をアサは思い出す。白い天井を見なが、死について考えているうちに、アサは眠りについた。
===
小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。
▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1
ここまで読んでくださってありがとうございます! スキしたりフォローしたり、シェアしてくれることが、とてもとても励みになっています!