第二章 - 二人の王子11
大通りを曲がって大聖堂の近くまで来ると、アサを見張っていた衛兵たち六人が、大聖堂入り口周辺にたむろしているのが見えた。
「どうやって撒いたんですか?」
「薬をちょっと盛っただけ」
ネズミの問いかけにアサは片目をつぶって見せた。
大聖堂の正面口に車を停めて外に出ると、アサは衛兵たちに手を振りながら聖堂内に入ってくる。六人の衛兵を連れ、アサたちは再び医療棟のエレナがいる部屋に戻った。部屋には医師が一人、王妃の護衛は部屋の外にいる。
サラは部屋に入るなり、ベッドの横にいた医師に駆け寄る。医師はサラの身体を片手で抱く。ネズミはコートを開き、赤子をサラの手に返した。
「心臓に奇形があって、すぐに手術をしないといけない。あと、両足も切らないといけないかも」
王妃エレナはサラの手から赤子を受け取り、ベッドの上で不安そうな顔をする。
「戻ってきたばかりでいきなりこんな話、ごめんね。でもけっこう緊急事態なの。すぐ手術しないと、できる?」
アサは医師に向かって聞く。
「いや、すまない、ここでは無理だ。代わりの心臓が手に入らない。両足は・・・血栓が詰まったのか、それなら確かに切らないといけないかもしれない」
「手術は、できないのでしょうか?」
王妃が医師とアサを見ながら聞く。
「通常であれば、可能なのです。代わりの心臓もあるし、義足もある。しかし今は・・・」
「黒い毛を持つ犬への医療器具の提供が勅命で禁止されたみたいなの。使ったことが分かれば、私たちも罰せられるでしょうね」
サラは王妃と、赤子を見て言う。
「姉さん、もう諦めない?この子がもしも助かっても、誰が育てるっていうの?ガウルは育てたくないって。脳が王の子のものなら、自分の子どもじゃないって」
サラの言葉が徐々に強くなり、医師はサラの肩を抱きながら、彼女をなだめる。
「助けたところで、私たちだってどうなるか分からないじゃない」
エレナは赤子を胸に抱き、目を閉じる。閉じた瞳から涙をにじませ、言葉を探すように口に力を入れる。
「代わりの心臓を使わないで手術する方法はあるんだけど」
アサが口を開き、エレナは目を開けた。ネズミは部屋に入った時からずっとアサの様子を見ている。アサは医師に向かって話しかける。
「手術ってあなた一人でも方法があれば可能? 助手が必要だったりとか、麻酔医が必要だったりとかってある?脳移植ができるほどなら、けっこういろいろできるのかなって思ったけど」
「全身状態は専門の機器で自動管理する。助手はサラがいれば十分だよ」
そう、と言ってアサはエレナの前に進み出る。
「この子に本当に生きていてほしい?一時的な感情じゃなくて、この子と一緒に生きる未来を想像できるかな」
エレナは口をつぐみ、小さな赤子の顔を見る。赤子は少しよだれを垂らしながら、青黒くなった舌を出し、鼻を鳴らしている。やわらかく真っ白なエレナの毛とは正反対の、黒く太く粗い毛並み。エレナは口を引き締めてから、アサを見返す。
「はい。わたしにできることがあるならなんでもしたい。この子と、一緒に、生きたい」
「分かった。そしたら二人の身体をつなぐ。この子の両足を切り、エレナとこの子の身体を一つに繋ぐの。エレナの心臓で、二人分の血液をきれいにする」
アサは肩からかけた袋から黒い乗車券を出す。
「全員、無理矢理やらされたって言いなさい。この黒い紙を見せられて強要されて仕方なかったって。みんな、わたしがこれを持ってることは知ってるんだから。・・・準備を始めてくれる?」
医師はサラの肩を引いて、一緒に病室を出て行く。
「ありがとう」
「手術が無事に成功したら、お願いがあるの」
「わたくしにできることがあるなら」
「わたし、自分の国に帰りたいのね。でもこの間から衛兵たちにずっと監視されてて、町からすら出るのが難しくなってるの。この町から出るのを手伝ってほしいの。王妃の権限とかで、なんとかならないかなって」
「はい!できる限りのことをさせていただきますわ」
赤子をネズミの中に隠してから、アサはエレナの手を取って歩き、手術室に移動する。手術室は分娩室と同じ部屋だ。大聖堂の医療棟は王族にしか開放されていないようで、今は王妃と数人の医師たちしかいなかった。アサの監視役の兵士と王妃の護衛兵が手術室の前までついてくる。
「王妃の人工心臓に異常が見つかったみたい。これから緊急手術になるから、外で待っててね」
アサが兵士たちに声をかけて、病室に入ると二人がすでに手際よく準備を進めているところだった。先ほど動揺したそぶりを示していたサラも、覚悟が決まったのか、動きに淀みがない。
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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。
▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1
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