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「夜の案内者」死のない町8

 線状に飛んでいた鳥の隊列が一部崩れ、ギャアギャアと鳴く声が聞こえる。そのうち、数人が列から離れて下りてきた。小さく飛び跳ねながら、アサたちに近づいたり離れたりする。
「なんで、こんなことしたのか教えてよ」
 鳥たちは視点をあちこちに動かす。
「ぼくたちは、みんなで一つの生き物なんだ。そういう秩序を守って生きてる。だから、誰かが特別になることは許されないんだ」
「ティルクが名前をもったことがいけない?」
「ナマエは知らない。みんなの時計塔に誰かが何かを書くのはダメなんだ」
「殺さなきゃいけないほどダメなことなの、それ?」
 鳥たちは黙る。
「殺してない」
「殺してる」
 アサはネズミが抱きかかえたティルクに目をやる。
「この町には『死』はない」
「死んだらいないことになるんだってね。でも、この子は今、ここにいるじゃない。見えない?」
 アサは口元に力を入れ、震えそうになる声を整える。目から透明な涙があふれ、手の甲で拭って服にこすりつけた。
ほかの鳥たちが順番に下りてくる。鳥たちは黙ったまま距離を取り、首を小刻みに左右に振り続けている。
「時計塔が見えるところに埋めてあげたい。岩場の上の、木の根元に」
「いけません。町から離れたところにやってください。この町では特別な鳥はつくらないのです」
 中心にいる鳥が毅然として言う後ろで、鳥たちが小声で騒ぎ始める。
「ぼくはやってない」
「本当はイヤだったんだ、でもみんながやるっていうから仕方なく」
「石を当てたのって誰!早く出てきなさいよ」
「そうだ、石を当てたやつが出ていけばいい。それで元通りだろ」
 アサは鳥たち全員に視線を浴びせながら声を上げる。
「全部で一つの生き物なら、殺したのも全員の責任だよね。当たった石を落とした本人だけじゃなく」
 鳥たちが黙り、沈黙が流れた。一人の鳥がしゃくり声をあげ、それからこらえるようにして鳴き始める。ティルクに石を当てた本人だろうか。周りの鳥たちはその鳥から距離を置き、細い目でにらむ。全体で一つと言いながら、誰も責任を負いたくないのだ。
「ここに、名前を全員分書いたよ。一人一人が好きな名前を取っても余るくらいあるはず。みんなが特別なら、みんな平等ってことにならない? 死ぬ時も、全員遠くの砂に埋まりに行くんじゃなくて、好きな死に方を自分で選んだらどう? ねぇ、ほんとに誰も悲しくないの? この子が死んだこと」
 アサはネズミの腕の中にいるティルクの顔を撫で、鳥たちに言う。
「わたしは悲しい。すごく、すごく悲しい」
 誰かが泣き始め、隣の鳥に高い鳴き声で注意されるが、涙は連鎖し、次第に泣き出す鳥が増えてきて、声が大きくなっていく。
「鐘を鳴らしてくれないかな、誰か。この子が、ティルクが聞きたいって言ってたの」
「あの鐘が鳴らなくなってから、誰もその鳴らし方は知らないのです」
 錆ついてしまっているのか、押しても動かないのだと言う。アサは時計塔と岩場の隙間を見て少し考えてからネズミに聞く。
「ねえ、列車の車両って切り離しできるんだっけ?」
「ん、なぜですか?」
「車両を切り離して前方車両だけ先に行けば、線路と後ろの車両が残るでしょう? 線路を時計塔に向かうように並べて、砂丘から車両を滑り落として時計塔にぶつけたら、その振動で鐘が鳴らないかなって思って」
「そこまでして鐘を鳴らしたいですか?」
「うん」
「ティルクのために?」
「それだけじゃなくてね。この鐘の音って遠くまで行った鳥たちの帰り道を教えてくれるものだったって言ってたじゃない。音が鳴らなくなって、帰って来られなくなった鳥たちがいるかもって思ったんだよね」
「・・・あなたみたいに」
 問題があるとしたら、列車が円環状につながっていて、切れ目がない場合だ。車両の接続を外しても、先頭車両が最後尾の車両を押すだけで、線路は動かせない。
「ティルクを、あの木の上に埋めたい。一緒に来てくれる人は岩場の上で待ってて」
 アサは鳥たちに声をかけ、ティルクを連れて岩場の上に戻った。町を見下ろす大木の根の隙間を開くと、やわらかい砂が出てくる。両手でそこを掘り、ティルクを砂に埋める。
 アサとネズミがティルクを埋めている間、数人の鳥たちが木の上や周りで二人の様子を見ていた。埋め終わってから立ち上がり、両手を合わせて目をつぶると、まぶたの隙間から涙がこぼれる。アサがそのままの姿勢でいると、鳥たちのすすり泣く声が耳に入ってきた。その泣き声がアサの心に擦り傷をつくる。ここで誰かを責めても、何も変わらないのは分かっているのに、気持ちが収まらない。アサは大きく息を吐いてから鳥たちに向き直って言った。
「この町にあった秩序を、大きく変えてしまったことが、正しかったかは分からない。これって、もしかしたら、すごく横暴なことなのかもしれない。それでも、もしよければ、話を聞いてくれるかな」
アサは列車を切り離して時計塔にぶつける計画を鳥たちに話した。木のつるを線路に結びつけて全員で引っ張れば、線路も動かせるんじゃないか。
「鐘を鳴らしたい。はっきりした理由はないし、大変なのも分かってる。でも、わたし、この鐘の音が聞きたい」
 鳥たちは黙ったまま、視線を走らせ合う。
「お断りします」
 いつも群れの中心にいた鳥が言う。
「これ以上、町の秩序を乱さないでいただきたいです。すぐに出て行ってください」
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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。

▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1

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