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第二章 - 二人の王子9

「どうしたの、急に」
 ガウルは血の出た腕を舐めながら言った。
「脳が王の子のものと入れ替えられてると言ったな、サラ」
「ええ」
「その子は、俺の子じゃない。見た目は俺と似てるが、中身は王の子なんだよ。この凶暴な性質はあいつの血だ」
「でも、育てていくうちに、性格も変わっていくかも」
「すまない、サラ。俺には育てられない。こいつを見ていると、エレナを奪われた憎しみが蘇ってきてしまいそうなんだ。・・・乳児院にでも預けてもらえないだろうか、たまに様子は見に行くから」
喉に液体が詰まるような音がして、赤子の呼吸が急におかしくなる。口から涎を吐き、時折息が詰まったような短く高い鳴き声をあげる。サラは赤子の顔を横に向け、頭を少し下げて液体が喉の奥に入らないようにしながら、ガウルを見る。ガウルはサラから視線を反らして赤子を見る。赤子の呼吸がさらに早く、不規則になってくる。
「あの、その子、なんか様子がおかしくないですか」
 ベッドから立ち上がったネズミは赤子の顔を見る。
「なんか呼吸がおかしいような」
「急に暴れたからじゃないのか」
 ガウルが言った時、赤子は空気を飲み込むような短い音を立て、それから力が抜けたように頭が落ちた。
「呼吸が止まってる!」
「同じ建物内に診療所がある。すぐに連れていくんだ」
 ガウルは立ち上がって部屋を飛び出し、一階に下りて外に出てから右隣りの建物に飛び込む。階段を上がって右の部屋の扉を開けると、「急患だ!赤子の息が止まっている」と大声で叫んだ。それから建物の入り口まで駆け下り、サラとネズミを中に誘導する。
白衣の老犬と若い犬が二人、奥の部屋から出てきて赤子とサラを診察室に案内する。ネズミは一番遅れて診療所の中に入ってきた。赤子を診察台に乗せると、若い犬がすぐに口の中に管を入れ、呼吸器に繋ぐ。ゴム状の黒い袋を何度か押していると、赤子は自発呼吸を取り戻した。医師は赤子をくるんでいたタオルをほどいて胸の音を聞く。
「心臓にひどい雑音がある。心臓奇形ですな」
「なんとか治療をお願いしたいのですが」
 若い犬が赤子の口に入った管の位置を調整していると、医師は入り口の鍵を閉めてくるように若い犬に言う。
「本来ならば治療はできるのですが、実は先ほど王から勅命が届きましてな」
 医師は聴診器を耳から外し、首にかけ直して、赤子の口を少し開けたり、目の粘膜の色を診たりしながら言う。
「黒い毛の犬に対する一切の治療を禁ずると。身体に一本でも黒い毛がある者への医療行為および医療器具、薬品の提供を禁ずるという命令が来たのです」
「そんな!」
「俺も治療してもらえないってことかい」
 ガウルは赤子に噛まれた腕の傷を舐める。
「命令がいつ解除されるかは分かりません。この子には心臓の移植が必要ですが、この町に黒犬に人工心臓を提供する医療機関は・・・残念ながら」
「内緒でなんとかしてもらうというのは難しいでしょうか。お金ならなんとかしますから」
「いえ、費用の問題ではなく、手術の技術があったとしても、人工心臓が手に入らないのです。本当に申し訳ないのですが」
 若い犬は診察室に戻ってきて、外を軽く確認してから窓のカーテンを閉める。
「心臓がないと、本当に治療できないの・・・?」
「はい。・・・申し訳ないのですが、うちだけではなく、どこの病院でも難しいでしょうね」
 サラはベッドの横に膝をつき、赤子を見る。診察室の入り口近くに立っていたネズミは、ベッドに近づいてきて医師に声をかけた。
「器具なしでも治療できる方法があれば、助けることはできるのでしょうか?」
「なにか方法があるの?」
 サラは期待を込めてネズミを見る。
「いえ、すみません、私には分からないのですが。器具を使わない方法を提案できる人がいれば、なんとかなるんじゃないかと思って。ちょっと、見てきますね」
 ネズミは診察室から出て小さな待合室を通り、病院の入り口の鍵を開けて外に出る。中庭を抜け一階の路地を通り、周囲を見渡す。広場まで歩きながら辺りを見ていると、「犬の踊り子」のある方向からアサが走ってくるのが見えた。衛兵たちは連れていない、一人のようだ。
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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。

▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1


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みじんことオーマ
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