見出し画像

「夜の案内者」死のない町2

 次の町には、これまでのように町全体を囲う壁がなかった。列車のある高台から砂丘を下った先に黄土色の岩場が見える。岩場の上には一本の巨大な木が枝を伸ばしていて、根が岩の隙間に入り込んで岩場を半分に割っていた。輪を描くように円形に組み上がった岩場の中央には、大きな時計塔がある。時計塔の屋根は三角形に黒く尖っていて、屋根の下には大きな釣り鐘状の鐘がついているようだ。時計の文字盤は高く上った日の光を反射して光っている。
 空を見上げると大きな鳥たちが三角形の編隊を組んで飛んでいた。岩場に近づくと、岩のところどころに穴が開いているのが見える。岩場は指で不完全な円を作ったような形で、一カ所だけ内側に入れるような切れ目がある。
 人工的なつくりだ。切り立った岩場の切れ目を通り抜けながらアサは思った。近づくにつれて時計塔がよく見えてくる。石を層状に積み上げてつくられているようだ。後ろに大木があるので、時計塔から枝が伸びているみたいに見える。
 時計塔の目の前まで来ると、岩場の穴から若緑色の鳥たちが一斉に顔を出す。アサが岩場を見上げて「こんにちはー」と声をかけると、ピッという高い声をきっかけに、全員が時計塔の周囲に飛び降りてきた。彼らは全員がお互いの間を等間隔に空け、アサとネズミの周りを囲んで立つ。鳥の羽にはピンクの丸い模様があり、頭の赤い毛は跳ねるように少し逆立っている。
「申し訳ないのですが、一切の侵入者を私たちは拒否します。すみやかにお引き取りを」
 アサの正面に立った鳥が毅然とした姿勢で言う。鳥と言っても大きさはアサの身長の半分ほどもある。
 アサは町の中で事件を起こすことを考えていた。これまで列車の出発の鐘がなるタイミング、町に列車が停車している時間はさまざまだった。しかし、必ず町中で自分が関わる事件が起こっている。事件の発生と終焉が列車の出発と関与してることは明らかだった。逆にいえば、事件を起こせば出発時間を早めることができるはず。
 アサは黒の乗車券を右手に持って頭の上に掲げる。
「これが分かる? 誰か、町を案内してくれないかな」
 鳥たちが他の鳥の様子を伺うように目を見合わせているが、正面の鳥が答える。
「必要ありません。お帰りください」
 その時、一人の鳥が列の後ろから飛び出し、乗車券をくわえて空に飛び去っていった。一瞬のうちに乗車券が奪われて、アサは茫然とする。
「ええっ、ちょっと!ねぇっ、返してっ」
 アサは飛び去った鳥を見ながら正面の鳥に訴えるが、鳥は首を振り、何も起こっておりませんのでと言って取り合わない。鳥が左羽を振って、他の鳥たちに巣に戻るように促すと、鳥たちは端から順に波のように飛び上がって岩場の穴に戻っていく。
「いつもすごく演技が上手ですよねぇ。驚かされます」
 ネズミが後ろからアサに声をかける。
「あれ、本物・・・」
「え?ああ、って、えっ?」
 アサは空に向かって叫ぶが、乗車券を奪った鳥は上空を旋回し、下りてくる様子がない。今、列車の鐘が鳴ってしまえば今度こそ乗れなくなってしまう。他の鳥たちは岩場の巣穴から顔を出し、こちらを見ているが、助けるつもりはないようだ。
「ああ、もう、どうしよう」
 青い人の町で乗車券が切り取られていることに気づかなかったり、今度は本物の乗車券を人前で見せてしまったり、細かい失敗がつづいている。アサはしゃがみ込んで大きくため息をついた。
「なんかもう、一生この世界から出られない気がする~」
「急に元気をなくされてますね」
「だってもう、何をどうするのが正解なのか分かんないんだもん」
「正解、ですか」
 ネズミは帽子を片手で少し持ち上げてから首をかしげる。
「思いつくことをやってみましょう。食事を用意して、岩場の上の辺りに広げるのです。あの鳥もずっと飛んでいるわけにはいきませんから、そのうち下りてくるかもしれません」
 ネズミに背中を押されて、アサは列車に向かって歩き出す。
「これだけ秩序立って生きている鳥たちの中で、あの鳥だけが極端な行動を取っていました。気になりますね」
 アサが鳥に乗車券を取られた時、ほかの鳥たちは騒ぐことなく、その場に留まっていた。後を追って飛び出した鳥もいない。
「正面にいた鳥がこの町の支配者なのかもね。あの鳥の指示がないとみんな動けないとか」
「もしかしたら、その辺りに突破口があるかもしれませんね」

===
小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。

▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1

ここまで読んでくださってありがとうございます! スキしたりフォローしたり、シェアしてくれることが、とてもとても励みになっています!