「夜の案内者」第三章 -遺伝子の贖罪 1
その町は苔むした石の壁に囲まれていた。大きさの違う石が分類されて組み上げられて、不規則な模様をつくっている。壁の一部は崩れ落ち、砂の上に細かな石が散らばっていた。
入り口は両開きの大きな木の門になっていて、扉の上には三つの円が刻まれた石が埋め込まれている。扉を開けると目の前に芝生が広がる中庭があり、その先に外壁と同じ石でできた三角屋根の建物が見える。門を入って右手奥には緑のつるでできたトンネルがあり、そこから建物の裏手にまわれそうだった。
アサとネズミは三角屋根の建物に近づき、木の扉をノックする。見上げると門の上に装飾を施された小さな円形の窓があった。
アサはもう一度、強く扉を叩いて待つが、中から物音は聞こえてこない。扉を押すと、鍵もかかってないようだ。アサは力を込めて重い扉を押し、細く開いた扉の隙間から「誰かいませんか」と声をかけた。耳を澄ませると液体が沸騰するような音が聞こえてくる。それに、室内から熱い空気。アサは両手に力を込めて扉を押し開けた。扉は軋むような音を立てる。
そこは巨大な瓶が並んだ天井の高い部屋だった。瓶は通路を挟んで部屋の左右に八本ずつ。瓶の中には何かが入っているようだ。近づいてみると、灰褐色の毛の生き物が、瓶の中に押し込められていた。細い顔に膨らんだ胴体、腹部に袋状のものがあるので、長尾驢(カンガルー)に似た生き物だ。瓶の下部には黒い管が取り付けられていて、長尾驢の身体の半分は濁った茶色の液体に浸かっている。悪臭がする。瓶の上部には親指くらいの小さな穴が開いていて、そこから臭いが漏れてきているようだ。汚物の臭いだ。
「瓶に継ぎ目がないみたいですが、どうやって中に入れたんでしょうね、こんなに大きな生き物を」
「長尾驢は生まれた時はすごく小さいの。爪の先っぽくらい。その頃に瓶の中に入れて、瓶の中で成長させたのかもしれない、見て」
瓶の中の長尾驢は、まだ子どものような幼いもの、成長期のもの、巨大に成長しすぎて瓶の中で身動きが取れなくなっているものがいた。
アサは瓶を指で軽く叩く。かなり厚みがあるようで、簡単には壊れそうにない。アサは肥大した長尾驢の瓶の前に立つ。瓶の中で成長したらしい長尾驢は手足が変形し、目が白く濁っている。肥大した身体が瓶に押し付けられ、首が曲がっている。瓶にぶつかったままの足の節は化膿して膿があふれていた。
アサが長尾驢の全身を見ていると、よだれの垂れた舌がわずかに動いた。生きているのだ。アサは見上げるようにして長尾驢の顔を見る。
「目に、虫がいる」
目は白く濁っているわけではなかった。目の表面に白い虫が這っているのだ。
「おや、旅のお方ですか」
部屋の奥の扉から茶色い毛の小さな鼬鼠(イタチ)が出てきた。濁った色の大きな丸メガネをしていて、視線がよく見えない。アサの膝くらいの身長の鼬鼠は、目の前まで歩いてきて、白衣のポケットから手を出して握手を求める。
「ようこそ」
「どうも。これってなに?」
「こちらは研究施設です。世界ですでに絶滅した種を再生し、保護する施設なんですよ。ぼくはカカと申します、よろしく」
カカは瓶の中の長尾驢に向き直って説明を続ける。
「これだけの再現性をもつ研究所は世界でも類を見ないと自負しております。ここの絶滅種は遺伝子解析によって復元されたのですが、生育に最適な環境が構築できたことにより、自然繁殖が盛んになりました。現在の状態はほとんど理想に近い状態になっています」
「瓶の中に詰められてる状況が最適だって言いたいわけ?」
「はい。この中なら危険も避けられますしね、栄養状態も管理できます。その証拠にこちらの成功例を見てください。爆発的に繁殖したので、通常の生息域である胃の中だけでは収まり切らずに体中に繁殖してるんです」
「繁殖・・・?もしかして絶滅種って・・・」
カカは長尾驢の目の表面を這う虫を指さした。カカが復元した絶滅種は寄生虫なのだ。半透明の白っぽい線虫で、長尾驢を宿主として主に胃に寄生している。現在は線虫に適した環境のために、爆発的に繁殖し、胃からあふれ、血管を通って目や口、鼻からあふれるようになったようだ。
「でもこれ、寄生虫にとってはいいかもしれないけど、長尾驢にとってはどうなの。こんなに苦しそうな環境だし、ちょっとひどくない?」
「ぼくは、絶滅種が暮らす最適環境を構築する上で、遺伝子レベルでの整合性というのを非常に重視しております。この長尾驢も絶滅種なんですよ。すでにこの世界にはどこにも存在しない種です。しかしね、なぜ彼らが絶滅してしまったか分かりますか?」
アサは少し首をかしげ、カカを見る。
「さあー?」
「非常に凶暴だったからです。彼らは自分たちも含め、世界を炎で焼き尽くしてしまった。虫どころかあらゆる生物を殺傷してしまったのです。九割以上の生き物が一夜にして消し飛び、世界には死んで濁った青い水だけが残ったという記録があるのです。全く許し難い話です。世界を滅ぼした罪は、彼らが償うべきだと思いませんか」
カカの語気が強くなる。
「彼らを外に出しても、また世界を滅亡させるだけでしょう。しかし、彼らは自ら世界を焼き尽くしておきながら、なんの代償も払っていないのです。彼らは自ら苗床となり、生命復活の礎となるべきだ。そうは思いませんか」
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小説投稿サイト「エブリスタ」で連載中の「夜の案内者」の転載投稿です。
物語のつづきはエブリスタで先に見られます。
▼夜の案内者(エブリスタ)
https://estar.jp/novels/25491597/viewer?page=1
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