5月の金曜日「よけいなこと」
そういえば、今朝は夢を見ていたことを思い出していた。小学校のときの同級生であるSくんが出てきて、一緒にファミコンをやって、そのあとお菓子を食べた。不思議なのは、Sくんと僕は正直に言って特別仲が良かったというわけではない。現に、いま彼が何をしているのかもわからない。確か、三年生くらいまで同じクラスだっただけで、学校でも放課後でも一緒に遊んだ記憶はほとんどない。複数人で遊んだときなど、同じ場にいたことはあるかもしれないが、少なくとも一対一で遊んだことはほとんどないはずだ。
でも確か、一度だけ彼の家に遊びにいったことがある。Sくんはお金持ちの家の子だと有名だった。とはいっても、ドラえもんのスネ夫よろしく、それを鼻にかけたりすることはせず、ぱっと見は別に普通な感じだったと思う。小学校低学年では金持ち自慢もやりようがなかったのかもしれない。でも、一度だけ遊びにいった彼の家は、お金持ちだという噂に違わぬ大きな家で、洋風でところどころレンガ調っぽい、まさに豪邸だった。
なにがきっかけで、それほど仲良くはないクラスメイトの家に遊びにいったのかは、もう全然憶えていないが、まぁ子供特有の気まぐれというか、僕も子供心にお金持ちの家に興味があったのかもしれない。家こそ豪邸だったが、何か見たこともないゲーム機などがあるわけではなく、出されたお菓子も普通にスーパーに売っているものだったと思う。リビングはいま思えば、とても広く、立派なソファやテーブルがあったようにも思えるけれど、小学生の僕にはその価値は判らなかった。
なにをして遊んでいたのかすら憶えていないけれど、多分スーファミだろう。あのころの僕らが家の中で遊ぶとしたら、ほぼそれしかない。ポケモンはまだ生まれる前で、強いて言えば『バーコードバトラー』という玩具がひっそりと流行っていたように思う。そんな感じに遊んでいると、彼の母親が帰ってきた。スーパーの白いビニール袋を持っていて、なんだ、お金持ちの家のお母さんも、あんな風にスーパーで買い物してくるのか、と思ったことを憶えている。お金持ちと言っても別に普通なんだな、と。執事や家政婦がいれば馬鹿な子供だった僕も何か思ったかもしれないが、そうではなかった。ただ、今にして思えば、彼の母親の身なりはそれなりに上品だったようにも思う。
数年前に珍しく帰省したときだったと思うけれど、地元の友達とお酒を飲んでいるときに、何の拍子かSくんの話になった。根も葉もない噂だけれど、やんごとなき事情で彼の父親の事業というか会社?が倒産したというような話を聞いた。何の裏付けもない又聞きの又聞きレベルの話で、そのときは気にも留めていなかった。
いまの家、この中古マンションを買ったとき、根が卑屈というか小並感あふれる性格の僕は、地元だったら同じくらいの値段で、どのくらいの物件が買えるのだろう、とインターネットで調べた。一般的な額とはいえ、自分がこれから返済していくこのローンという名の借金が、どのくらいの価値のものなのかを知りたかったのかもしれない。その引き合いに自分がかつて住んでいた土地、地域の物件を出すというあたりが、自分の器の小ささを感じさせる。
そのときに、見覚えのある中古住宅が売りに出されていた。正確に思い出したわけではない。でも多分、それはSくんの家だった。表示されている町名も、僕の定かとはいえない記憶と一致している。外観と内観それぞれ何枚も写真が載っていたが、多分そうだとおもった。数年前に聞いた根拠薄弱な噂を思い出した。
昨夜見た夢が、最近の僕のどんな感情や事情を反映しているのかは判らないけれど、夢の中でSくんとお菓子を食べながら遊んでいた僕はふと思い出したように「Sくんの家ってさぁ……」と口走る。言ってから、自分でも「あ、ヤベ……」などと白々しくも思っていた。けれど、Sくんは僕を一瞥したあと、軽い調子で「でも取り返すよ」というと、視線をテレビに戻した。僕は内心で、彼に取り戻す意思があるということが、自分のうっかり出てしまった失言を帳消しにしてくれたようで、内心、安堵した。でもなんとなく、自分の卑劣さを疎ましく思った。