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其之三「じいちゃん、遅くなってごめんな」

実家の仏壇に手を合わせた後、僕と叔父は祖父の墓参りに向った。
墓参りといっても、実家から3分程度歩いた先だ。我が家は山に囲まれた盆地にある。我が家を囲う山の一角を30m程度登った所に祖父の墓はある。
その墓も、生前祖父が自ら建てたものなので、初めてお目にかかるわけではなかった。

僕らはトボトボと墓のある山へと向かった。
9年前とはひとつ変化があった。山道だった墓へ向かう道がコンクリート造りの階段になっていたのだ。

「しんくん、この階段造るのにいくらくらいかかった?」
「ほうじゃのう~工事が一回で済んだわけではないけぇーの~トータルで280万くらいかのぅ」
「結構費用かかったんだね。おかげでいくぶんか墓参りしやすくはなったけど。」
とは言っても、以前の山道は整備こそされていないが、登るのに苦労するほどでもなかった。

道を整備したのは、叔父の祖父への気持ちなのだろうと思う。
実家と墓を結ぶこの道を、少しでもきれいにしておきたい、という気持ちは僕にも分かる。

墓地には、曾祖父・曾祖母の墓、祖父・祖母の墓、夭折した祖父の姉の墓、5人が眠っている。
墓を水で清めてから、3つの墓前にそれぞれ蝋燭を立て火をつけていく。蝋燭の火で線香を焚いていく。

「じいちゃん、遅くなってごめんな。」心の奥底から言葉を刻んだ。高い空の下、祖父の死後初めての僕の墓参りは静かに終えた。


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遡る事20時間前
僕は東京の江戸川区の公園にいた。

僕の仕事は個人事業主。
中小企業の販促・集客の支援を、WEB媒体をメインにしながら行っている。
数年前、会社員をしながら副業として開業し、ここ1年半程はそれが本業になった。

その仕事と併行して直近2ヶ月は、某通信会社の某商品を個人代理店として営業をしている。
江戸川区にはその取引先あり、最近しばしば訪れる機会があった。

取引先に顔を出したついでに周辺を営業で回り、歩き疲れて、公園でホッとひと息つき、缶コーヒー片手に休憩していた所だった。
この公園は、実は僕にとってゆかりのある場所だ。そう、僕ら家族はこの町に6年半前まで住んでいた。
妻と結婚前に同棲を始めた町でもあり、長男が産まれたのも、この町だ。3年程しか住まなかったが、僕にとって非常に思い出深く、縁起の良い土地だ。

公園でしばらく佇んでいると、植木の草花に向って真っ黒なアゲハ蝶が寄ってくる。
黒いアゲハ蝶なんて珍しいので、ぼんやり眺めていた。すると、しばらくするとその黒いアゲハ蝶が僕の近くに寄っては離れ、寄っては離れを繰り返した。
「缶コーヒーの糖分にでも近づいて来ているのかな」
僕は飛び回るアゲハ蝶を微笑ましく思いながら見守っていた。


つづく

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