見出し画像

「黒影紳士」season2-10幕〜秋だって云うから〜 🎩第三章 弁護士だって云うのに

――第三章 弁護士だって云うのに――


「佐伯法律事務所……3階だな」
 黒影はビル案内板を見た。
 火事現場真向かいのビルの3階にある。車で来る道中に窓を開けて髪の毛をすっかり乾かし帽子も被っていた。
「ドライヤーじゃないと、髪が痛むのよ」
 白雪に注意されたが、急ぎの時は気にしない様だ。
「こんにちは。先程連絡差し上げた、黒田と申しますが……」
 受付に聞くと中から一人、細く影も少し薄めの背を曲げた眼鏡の男が出て来て、
「長窪 淳(ながくぼ あつし)と言います。佐伯と常盤の件ですよね。未だショックで何を話せば良いか……参考になるか分かりませんが、如何ぞ」
 と、気弱に話し、クライアント用の相談室の一室に通してくれた。
「無理もありません。此方こそ、未だお気持ちの整理も出来ない間にすみませんね」
 黒影がそう言い乍ら白雪に帽子を渡すと、礼をして周りを見渡した。此の弁護士事務所からはどの窓からも向かいの火災現場が見える。同僚が二人も亡くなった現場を見乍ら仕事をすると言うのは、嘸かし悲しい気分にさせるものだろう。長窪 淳が気弱な喋りになるのはそう思うと当たり前なのだが、其れ以前に元々そう言った天性の気弱な気質が滲み出ていたので、普段からなのだろうと黒影は思った。
「……で、昨日は警察に色々話しましたが、探偵さんには何を話せば良いのでしょう?一応、守秘義務もありますので、話せなくてもご了承下さい」
 と、長窪 淳は先に言った。
「勿論です。此方も守秘義務は心得ておりますから、お話して頂ける範囲でお伺いします。亡くなられた佐伯さんと常盤さんはダミーの担当でしたよね。此方で既に調べはついているので隠す必要もありません。ダミーは何か大事な事を佐伯さんや常盤さんに話したりはしませんでしたか?」
 と、黒影が聞くと、
「確かに二人はダミーの弁護を担当していました。ダミーは未だとても話せる状態にありません。何か大事な事を二人が知って、口封じされる様には考えられませんよ」
 と、長窪 淳は答える。
「成る程。ダミーは未だ話せませんか。では今は貴方が担当弁護を?」
 黒影が聞くと、
「ええ、一応は」
 長窪 淳は勘繰る顔を見せた。
「ああ、すみません。話が逸れました。探偵社を名乗ったので気付かなかったのも無理は無いです。僕は黒田 勲……一部では黒影と呼ばれています」
 そう言うと、長窪 淳は顔を明るくして少し興奮気味に、
「貴方が黒影さんですかっ!それならそうと先に言って下されば。ならば、逮捕したダミーを気にするのは当然ですね。まぁ、此方は弁護するとなると厄介ですが、やはりダミーには罪が多過ぎる。此方が手を尽くしても限界はありますよ。佐伯と常盤は此処の仕事が終わると、何時も飲みに向かいのダーツバーに行っていたんです。きっと、仕事の話や愚痴も酒が入れば話していた筈。専ら最近はダミーの減刑に悩んでいましたから、そんな話をしていたんじゃないかな」
 と、黒影と知って急に話始めた。それだけ、ダミーの減刑は難しいのだ。
「長窪さんは一緒に飲みに行かなかったのですか?」
 そう黒影が聞くと、
「ええ、私はめっきり酒が飲めない口でしたから」
 と、長窪は残念そうに答える。
「そうですか……。ダミーの脳は次第に正常に戻ります。刑の執行が先かは分かりませんが。然し正常に戻ったところで、彼の暴かれていない部分の罪状が上書きされて行くだけです。其れを覚悟の上で弁護された方が良いでしょう。佐伯さんと常盤さんの様になりたく無かったら、正義を見間違えない様……僕からは忠告させて頂きます。忙しい時にすみませんでした。聞きたい事は聞けたので、僕等は此の辺で失礼します」
 黒影はダミーの弁護に際する忠告を言って、早々に引き上げ様とした。
「あっ、未だお茶もお出ししていませんのに……」
 と、長窪 淳は言う。
「今度またゆっくり、佐伯さんと常盤さんについて分かった事があれば来ます。お茶は其の時に頂きます」
 と、黒影は何時もの差し当たりない営業スマイルで言い、其の場を去った。

「先輩、あれだけで良かったんですか?」
 サダノブが思わず聞いた。
「もっと根掘り葉掘り聞くと思ったか?」
 黒影はサダノブに聞き返すとサダノブは頷いた。
「洞察力と観察力あるのみだ。言葉は偽りも嘘もある。観るのは不可解な言葉と表情、景色で十分だよ」
 と、黒影は言って笑う。
「……で、洞察力と観察力は何と?」
 と、サダノブは聞いた。
「ホームページだけで、かなりの事が分かる。……タブレットで確認すると良い」
 そう言ってサダノブにタブレットを出させると、何時もの様に長く白い指先の爪で、コンコンと軽くホームページの一箇所を叩き注目させる。
「此処に、移転のお知らせがある。以前は火事のあったあの古いビル群の一室にあった小さな弁護士事務所が、数ヶ月前……今の綺麗な新しい向かいのビルにテナント入りした訳だ。堅実に何時か移転しようと蓄えていたかも知れないが、如何せならばもっと都心に出るだろうな。然も、特に業績が伸びた訳でも無さそうだ。ならば臨時収入があれば少しの贅沢がしたいと思わないか?」
 黒影はサダノブに聞いた。
「確かに……臨時収入なら納得ですね」
 そう言うサダノブに、黒影はひっそりと隠す様に巫山戯て、
「実は此の臨時収入。未だ数回はあるが限りがあるのだよ」
 と、言って笑う。サダノブは其れを聞いて余計頭を混乱させてしまう。
「えー!何ですか、其れー?全然分かりませんよー」
 サダノブはお手上げで黒影に答えを聞いた。すると黒影はビルから出て辺りを見渡す。
「此処では答えられない。……教えて欲しかったら、あの良い感じの純喫茶の珈琲奢れ」
 と、黒影は磨き上げられた硝子に金の縁が美しい昔ながらの純喫茶を見付けて言った。
「先輩ー、さっきお茶貰えば良かったじゃないですか?」
 そうサダノブが言うと、黒影はサダノブの横に葱々と寄って帽子で隠すと低い声で、
「……飲んだら多分、死んでいたぞ」
 と、言うなり帽子を取り笑った。
「嘘!?……ねぇ?嘘ですよね?」
 サダノブが何度も聞くのに、黒影は楽しそうに笑うだけだった。
「何よ二人してヒソヒソ話なんて、いやらしい。サダノブ、私プリンアラモードね!」
 白雪は二人を置いてさっさと店内に入って行く。風柳は、
「ご馳走様ー」
 と言うなり、サダノブの肩をポンポンと叩いて白雪に続いて中に入る。
 ――――――――――――
「あー!先輩、ちゃっかりコーヒーフロートにしてるし」
 テーブルに置かれたコーヒーフロートを見てサダノブが言った。
「少し頭が疲れたからねー」
 と、糖質と糖類は全く関係無いのだが、巫山戯て黒影はそう言うとチェリーを取ってぱくりと食べた。
 風柳は抹茶クリームを頼んだらしい。
「穂さんと来れば良かった……」
 と、サダノブは言ったが其れを聞いた黒影は、
「皆んなでデートの下見になったなら良かったじゃないか。此処の昔ながらのオムライスも美味しそうだし、デミグラスの良い匂いがする。ランチも間違いないぞ、此処は」
 と、言って笑うのだった。
「……で、さっきの話の続き、教えてくれますよね?」
 サダノブが聞くので、黒影はアイスクリームの大半を食べ、
「あまり大きな声では言えないが……」
 話始めると風柳も白雪もサダノブも少し黒影の方に寄り聞き始める。
「今、裏ではダミーのシナリオの価値が上がっているんだよ。ダミーのシナリオは遺体があってこそ成立し本人は失敗に終わったが、遺体の片付けと、新しく殺しがしたい闇ブローカーや金持ちの間で、高値で取引きされている。火災現場上の三階の店長室から持ち出されたのは其れだ。ダミーからまんまと保存してやるとか言って聞き出した佐伯と常盤は、其れに目を付けたのだよ。
 ……が、所詮佐伯と常盤はプロじゃない。誰かに依頼して分け前を受け取った筈だ。……然し如何だ、ダミーはもうシナリオが書けない。だが、一度シナリオを利用しても、未解決な限り依頼人が死ねばまた其のシナリオは使え価値が出る。
 佐伯と常盤はまんまと嵌められたんだよ。火事で狙ったのは2階のスナックの売り上げより価値のある物。其のキッチン上の店長室にあったダミーのシナリオだった。勿論、佐伯と常盤の遺体もついでに燃えたらラッキー程度にしか思ってないんだ。
 店長は口を割らないだろうし、犯人はビルの間の工事現場のセキュリティバーを丁度マンホールを囲える分の3、4本を隣のビルの窓に渡し、其の上を滑る様に渡る。渡り終えたら指紋等を拭き取り、セキュリティバーをマンホール目掛け落とす。後は作業着に着替えて野次馬に混ざってマンホールの周りにセキュリティバーで囲い、堂々と監視カメラにも映らずマンホール内を逃走した訳だ」
 と、黒影は言うなり、溶けたクリームを混ぜて幸せそうにコーヒーを飲む。こんな幸せそうに飲むのだから女子だったら可愛いのだが、やはり顔は整っていてもあくまでも黒影なので、言ってる事の悍ましさと、此の幸せそうな笑顔が全く一致しない。
「ダミーの残した物が、そんなとんでもない事になっているなんて……」
 と、サダノブはてっきり今迄殺した怨念で改心しただろうと、少しでも期待した事にがったりした。
「……真実は悲しみしか産まない……」
 何時か黒影が言った言葉だった。真実を暴けば、喜ばれるとは決まっていない。掘り返されて復讐を考える者、知らない方が幸せだったと言う者が現れてもおかしくない。だから、悲観的な言い方かも知れないが、其れを忘れない為に、黒影はそんな言い方をする。此の事件もまた、真実が見えた事で新たに産まれた罪なのだ。
「まあ、卑下してばかりも居られない。我々はただ、走るのみ。第二、第三のダミーに好き勝手にされていたら、僕の身が持たない。其の為の二社共同作戦なのだからね」
 と、黒影は安心させる様ににっこり笑う。
「……其れにしても、さっきのお茶の話は冗談ですよね?」
 サダノブは思い出して聞く。
「さあね。大体は本気だよ。もし、あの弁護士事務所の奴等が皆グルだったらそうするだろう?黒影の名を出した途端に目の色が変わった。ダミーは少し話せるんじゃないかな?完璧にとは言えないだろうけど。ダミーのシナリオを使うには其れを封じた僕らは厄介者でしかない。当面はあの界隈では何も信じない方が身の為だ」
 黒影がそう言ったので風柳は、
「またお前は狙われているのか。折角ダミーを捕まえたのに、まるで蜥蜴の尻尾切りだな……」
 と、黒影を心配し乍ら言う。
「……何時もの事ですよ」
 そう言って黒影が苦笑いする。
「サダノブの事は未だダミーは話して無いのかしらん?」
 と、可愛いデザートスプーンを手に、白雪はサダノブの能力も把握されているのではないかと気にした。
「……可能性はあるな。ただ、白雪の影については知られて居ないし、まさか「たすかーる」と合同で動くとも思っていないだろう。然も「たすかーる」は鉄壁のセキュリティを誇る安全地帯だ。彼処で何かやらかそうとする馬鹿な犯罪者はいないよ」
 と、黒影は笑う。
「明日、ダミーに面会に行きましょうか」
 黒影は風柳に提案する。
「彼奴、未だ話せないフリをするんじゃないか?」
 と、風柳が言うのだが、
「喋らなくても、うちには優秀なポチがいる。なっ!」
 と、黒影はパフェを食べて頬にクリームを付けた儘のサダノブを見て笑って言った。
「えっ?俺ですか?……彼奴苦手ですよ、俺……」
 サダノブがそう言うので黒影は言ってやった。
「凶悪犯が好きな奴なんていないよ」
 と。
 ――――――――

「おしゃー!最後の計測前、気合い入りますねー!」
 サダノブが黒影に言った。
 明日の予定も決まり、ジムまであえて二人は走って辿り着く。白雪と風柳はのんびり駐車場で待つ事にした。
「随分調子も戻って来た」
 黒影は軽くジャンプしたり其の場で走ったり、フットワークを確認している。
「先輩のは、殆ど独学でしたけどね」
 と、サダノブは苦笑いする。
「其れでも、何時も通りの動きが出来るか計測するのは大事な事だからな。偶ににはこう言う所で細かく観て貰うのも悪く無い」
 黒影がそんな事を言ったので、あのジム嫌いがっ!……と、此の成長っぷりを早く風柳さんに伝えたくなったサダノブなのであった。
 入ると相変わらず大繁盛している。
 黒影は更衣室で着替えて、さっさと一週間の測定を頼んだ。
 サダノブも着替えると、穂さんの姿を探す。
「サダノブさぁーん!先に来てました」
 穂はサダノブの姿を見付けて手を振る……可愛い。
 サダノブはダッシュで穂に駆け寄る。
「すみません。さっき調査終わって。明日迄に調査内容共有しますね。あっ、あと……」
 サダノブは少し恥ずかしいのか、頭を掻いて言う。
「近くで良い喫茶店見付けたんですよ。そろそろ疲れたら甘い物でもと思って……行きま」
 と、未だ途中なのだが、穂はサダノブの両手を取り、
「行きます!絶対行きますっ!……どんな所ですか?いいえ……未だ聞かないでおこうかしら。あっ、でもお洋服考えなきゃ。……楽しみだわっ!」
 と、穂は久々に誘われたのが嬉しくて、幸せそうに悩んだり笑ったりもした。
 ……こんな不器用な俺にも笑ってくれるなんて、やっぱり穂さんは運命の人なんだなぁー……
 と、サダノブは幸せを噛み締めていた。
「あら?黒影の旦那は?」
 と、ひょこり涼子が二人に気付いて顔を出したかと思うと聞いた。
「一週間の、測定しています。此の日の為に時間があれば運動してたから、きっと大丈夫です!」
 と、サダノブは言った。
「黒影の旦那なら一週間でも余るぐらいだよ。あの人は一人抱えて走るだけの素早さがあれば十分だと分かってる。其れ以上は捕まって脱出するにも不便だし、自分に必要な物と、そうじゃない物を理解して動いているからね」
 と、涼子は言う。
「先輩に必要無い物って何ですかね?」
 サダノブは漠然と聞いた。
「……既にある戦力。サダノブはもう少し筋力と体力がいるね。風柳の旦那だってあんな怪力に見えても、黒影の旦那と動いていた時は必死だったんだから。風柳の旦那は何も言わないけれど、歳には勝てない事ぐらい分かってる。だから、サダノブにフォローして欲しいんじゃないかねぇ」
 と、涼子は答えた。
「確かに……最近、風柳さん歳の事、時々言う様になったなぁー。黒影先輩のフットワークの軽さとジャンプ力は異常ですからね。確かにあまり筋肉で重くのは長所を活かせませんね。先輩に追い付けなくて焦っていたけれど、……先ずは風柳さんのフォローから始めてみようかな」
 サダノブは鍛え方を変えてみようと思った。
「良い、心掛けだ」
 涼子は笑ってサダノブの肩に手を置き去った。
「……筋トレですねっ!早速、トレーナーさんに何れが良いか聞いてみましょうかっ!」
 と、元気良く穂がご機嫌でサダノブの手を取り、近くのトレーナーまで引っ張ろうとした其の時だった。
 計測を終えた黒影が出て来たのが見える。
「待って、穂さん。先輩、計測終わったみたいだよ」
 と、立ち止まって二人で黒影の近くに行く。
「如何でしたか、先輩?」
 サダノブが無表情の黒影に聞いた。
「まあまあだな」
 黒影は答える。
「あまり良い結果では無かったのですか?」
 と、穂は心配そうに聞く。すると黒影は朗らかに笑い、
「いや、余裕だった。ただ、思いの外、肩の筋力が1センチついてしまったからコートが羽織り辛くなる。だからまあまあだ。今度は少し下げないとな」
 と、神経質な事を言っている。
「じゃ、僕はもう用が無いから、先に駐車場に行ってるよ」
 黒影はさっさと更衣室に入って行った。
「相変わらずストイックだなぁー……」
 黒影に呆れと尊敬を込めてサダノブは去る姿に言う。
「俺は居残りかな」
 サダノブが頭を掻いて穂に言うと、
「「たすかーる」秋の運動月間は未だあります!一緒に頑張りましょう!」
 穂はサダノブの手を取り、にこやかに微笑む。
「……ですね!」
 穂のおかげでサダノブはやる気を継続させる事が出来そうだ。
 涼子は涼子で屈強な男達をはべらかす新しい遊びで楽しみが増えたみたいだった。
 ――――
「あれ、黒影はもう終わりか?」
 駐車場に戻って来た黒影に風柳が聞いた。
「ええ、落ちた筋力分は取り戻しました」
 と、答える。
「もう少しゆっくり上げれば良かったのに。さっき受付嬢に聞いたぞ。看板色男がいなくなったらまた会員数が減ってがっかりするぞ」
 そう言ってガハハと豪快に笑う。
「だったらバイト代でも貰わないと割に合いませんよ。其れに暫くは涼子さん目当ての男性会員もいるし、大丈夫でしょうね」
 と、黒影は言った。
「はい、缶珈琲」
 白雪は缶珈琲とタオルを黒影に手渡して、
「一週間、お疲れ様でした」
 と、にっこり微笑む。其れを見るなり黒影は、
「あーっ!やっと開放された気分だっ!」
 と、伸びをし寛いで笑った。
 ――――――――
 翌日、ダミーの面会に黒影とサダノブは向かった。未だ影に入り込める白雪の力はダミーにも知られる訳にもいかず、白雪と風柳には留守番をしてもらい向かう。
 サダノブが今朝から妙に落ち着きが無い。
「……そんなにダミーが苦手か。相手はもう檻の中だぞ」
 そう黒影は言うのだが、
「彼奴、檻の中でも何か考えていそうで不気味って言うか……」
 と、ダミーの思考に触れたサダノブだから分かる警戒心もあるのだろうと黒影は思い乍ら、
「如何せ、僕の考えには遠く至らない」
 と、黒影は言うなり先を行く。
「まあ、其れはそうですけど……」
 其れにはサダノブも確かにと納得して黒影の後を歩いた。
 ――――――――――
「いやあ、久々だね」
 黒影は軽く会釈をすると、久々に会う友にでも話し掛ける様に気楽にそう言い、椅子に腰掛けた。
「……」
 ダミーは返事をせず、斜め上を傍観している。
「少しは話せる様になったらしいじゃないか。うちの事務員があまり手加減出来なくて申し訳無かったと思ってね」
 と、落ち着きの無いサダノブの背を軽く押して前に出させた。ダミーはサダノブの顔をじーっと見ると、
「ああ……あの時の」
 流石に自分を倒した相手の顔は良く覚えている様で、漸く少し話す。
「なあ、ダミー。弁護士に何か頼まなかったか?」
 と、黒影は言った。ダミーは少し思い出すだけの間を空け……
「ああ、頼んだ。俺は自分に殺された奴等の声を聞き続け、軈て自分の死ぬ迄にやっておかなくてはならない事があった事に気付いた。今更、何を償うかも無いが、自分が書いて来た負の遺産を共に葬らなければと思った時、不思議と其れを話す自由を、殺した筈の魂達がくれた」
 未だ黒影の頭上の斜め上の壁をダミーはしきりに見ている。
「……其れは今迄に書き溜めた死のシナリオだな。先日、担当弁護士が変わっただろう。あの二人、お前のシナリオで一儲けしようとしたらしい。……死んだよ」
 と、黒影は伝えた。
「欲に勝てなかったんだね。……可哀想だとは思うが、其れは俺の所為でも俺の罪でも無い。どの時代にも遺作には価値が付く。其れも仕方の無い事だ」
 と、ダミーは答える。
「……お前の口から可哀想と言う言葉を聞けるなんてね。……其れと、さっきから見ている物だが、何を見ている?」
 黒影は流石に気になり聞いた。
「景色さ……。唯一此の中で死を待っていても、其の景色を見ていると心が安らぐ」
 ダミーが存在しない妄想の景色でも見ているかの様に語った。黒影は其の景色にこう付け加えた。
「其処は彩りの花が在って、緩やかな丘。時々柩を引き摺る墓守りが通る。最近は何をするでも無く、其処で寛いで行く男が一人増えた」
 そう黒影が言うと、ダミーとサダノブが立ち上がる。座りなさいと看守に注意され、ダミーもサダノブも座った。
「此の景色は何と言う場所だ?」
 ダミーが聞いた。
「真実の丘だよ」
 サダノブが黒影の代わりに答える。
「此れも黒影、お前の影の中かっ?!」
 と、ダミーは黒影に聞いた。
「否、ただの墓場さ」
 黒影はそう答えたが、ダミーは其の景色を見る事を止めぐったりした。
「お前を敵にしてから分からない事だらけだった。けれど、最悪な人生でも其の摩訶不思議な世界を見るのは嫌いじゃなかった。純粋に死も無いただのシナリオで挑んでみたかったよ」
 ダミーは儚そうに言って小さく笑った。
「じゃあ、今度は二人で謎解きをしよう。お題は「過去のダミーの断片集め」だ。お前が一番過去のお前自身を知っている。協力してくれないか」
 と、黒影は突拍子も無い事を言い出す。
「先輩!いくらなんでも……」
 と、サダノブは言うのだが、予想に反してダミーは、
「其れは楽しそうだ。此処にいても時間が有り余る。もう何時刑が執行されても構わないと思うのに、俺は恐れすら無くあの景色を見てばかり。後悔して懺悔して……一番残酷なのは時がただ過ぎゆく事だと最近は思う様になった」
 そんな言葉で黒影の提案に乗った様だ。
「……そう、そろそろ思っているんじゃないかと思ったよ。……じゃあ本題だ。二人の弁護士は殺され、下の階から火事があり焼死体にはならなかったが発見された。店長室にシナリオがあったのだろうが、犯人は地下を使い逃亡。犯人の狙いはシナリオ。パイロマニアかシナリオ集めに唯一邪魔をする僕を消しにくるのか、君のシナリオなら何方を優先するかな?」
 黒影が聞くとダミーは少し考え答える。
「優先は無い……其れが答えだ。俺は昔は遺体も金も揃っていたし、一つずつ片付けるなんて陳腐なシナリオより、もっと大胆なシナリオを書いていた筈だ。もし其れがパイロマニア向けのクライアントへ書いた物なら、依頼はあくまでも継続的にバレない火付けで、黒影……あんたを殺すのはついでか、最悪あんたにバレない所で放火すりゃあ良い筈だ。けど、継続的にあんたにバレない方が難しい……ならば、俺はあんたの周りに火を点ける事を考える。勿論、予知夢を見られない為に一日に数件と言うスピードで逃げ切る作戦を選んだ筈。急いで帰った方が良さそうだ。未だ俺もアンタには聞きたい事があるんでな」
 と、ダミーは言うと黒影達に早く帰るよう指示した。
 黒影は慌てて帽子を被ると、
「有難う。また遊びに来るよ」
と、走り出す。ダミーはのんびり手を振って、再び壁に浮かぶ景色をぼんやりと眺めていた。
 ――――――――
「サダノブ、「たすかーる」に連絡して、うちの監視カメラを見て貰ってくれ!」
 と、黒影は刑務所を出て直ぐ連絡させる。
「たすかーる」の監視カメラは夢探偵社からも、夢探偵社の監視カメラは「たすかーる」からも観れるように、お互いの会社の安全の為にそうしてから未だ数年も経っていない。もし此れが数年前のダミーのシナリオだとしたら、未だ隠しカメラも付けて居なかった頃を想定している筈。ダミーが帰った方が良いと言ったのは、以前の風柳邸にはほぼセキュリティが無い。夢探偵社も併設していない頃なら狙うだろうと言う意味に違い無かった。
 黒影とサダノブが刑務所から帰るより業界最速のバイク便のある「たすかーる」の方が近い上に、監視カメラ映像もチェック出来、より早く駆け付けられる筈だ。
「風柳さん、家の周りを警戒して下さい。後、白雪も!」
 其れだけスマホから言うと、黒影はサダノブのバイクに乗った。長年一緒に事件を解決して来た風柳と黒影の連絡は其れで十分だ。必要な事だけ言って切る……細々した説明は後で良い。風柳が刑事だったからか、急ぐとスマホも無線扱いになるのは日常茶飯事だった。

🔸次の↓season2-10 第四章へ↓

お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。