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悪魔の所業相談所👿第四章

――第四章 運命を変える男――

 貴方は一度過ぎた時間を戻したいと思いますか?例えば…大切な人が交通事故なんかにあった時とか…。
私ならば、絶対思いません。本来ならば運命は変えられるものではなく、戻れないからこそ美しく、価値が神々しく見えるものだと思うからです。

 この相談所に一人の運命を変えようとする男が訪れました。彼の願いは、
「彼女が死んだ少し前の時間に戻りたい。」
と、いうものだった。詳しくその願いの動機を聞いてみると、こうでした。男はある日恋人と山でキャンプをしに行った。しかし、何時まで経っても恋人の彼女が帰ってこない。
そして、彼が山奥へ彼女を探しに行った。やがて通った筈の山道を戻る途中で彼女の遺体を見つけた。しかし、行きにはなかった彼女の遺体が帰りにはあったので、彼はあの日の時間をもっとよく思い出して彼女は何故死んだのか、調べたかったらしいのだ。
警察は彼女が、恐らく一本上の道から足を滑らせたのだろうと事故として扱ったらしいが、彼は彼女の死因が、事故ではなく他殺なのだと疑っているのだ。そして彼は呆然とだが、彼女を探しに行く道の途中で人影のようなものを見たらしい。彼は、その人物が誰かつきとめたくて、その時の時間に戻りたいらしい。
私はあまり気が進みませんでした。そんな理由を口実に、彼は過去を確認するだけではなく戻ってこなくなるような気がしたのです。
過去を変える事など出来ない。運命は結果であり、途中経過の形を変えただけでは変える事など出来ないのです。彼は何かを変えたいのではないのか…例えば、彼女を失った事実を。一つの願いを叶えるだけで、幾つもの願いを叶えてしまえば、私の商売も成り立たないのです。
「どうも気が進みませんでね。貴方に忠告しておきますが、一度亡くなられた彼女はもう戻ってこないのですよ。それに、貴方がその時間に戻る事によって、貴方が今度は彼女の死の目撃者となる。貴方は恋人が殺されるであろう姿がそんなにも見たいのですか。」
私は、あしらうようにそういって軽蔑の眼差しで客人を見ました。しかし男は悪魔に睨まれたのに、諦めるどころか私を説得しようとするではないか。
「何故、そこまで彼女の死に拘るのです。確かに大事な人だったかも知れませんが、形あるものは何時か壊れる…命とて、例外ではありませぬ。」
私は諦めの悪い彼に、大きな溜息をついてそう、申し上げたのです。すると彼は言いました。
「僕は只、真実を知りたいだけなんだ。本当に殺されたのだとしたら、きっと他界した彼女は浮かばれない…。これは僕が彼女の死を受け止めるにも必要な事なんだ。」
と。私はまさかと思って伺いました。
「貴方…犯人に復讐を考えているんじゃないでしょうね。」
私はそう言うと、彼に背を向けました。暫くの沈黙の後、
「これは彼女の遺骨です。私はその復讐を成し遂げる為に、今まで大事に預かってきました。これでは駄目ですか?」
と、彼は言う。彼は彼女の遺骨を願いへの報酬にしようとしたのです。私は怒鳴るように言いました。
「何を馬鹿な事を仰るんですか!そんな人の燃え滓なんて、何の値打ちにもならない。肉体のない屍なんて、とても売り物にはなりませんよ。悪い事は言わない…早く浄化して差し上げなさい。」
しかし、この男の頑固さたるやなかなかのものでして…
「断る気かい?君が縦に首を振るまでは、僕はここを去らないよ。」
と、彼は言うなり、腕を組んで床に胡座をかくではありませんか。そしてこうも言うのです。
「悪魔がそんなに、モラルの塊のような奴だったとはな。復讐をするのに、何がいけないと言うのだ。君の方がよっぽど酷い事もするのだろう?」
男は、悪魔が怖くはないのでしょうか。私は、彼のその図太い神経に負けたのか、その熱心さに心奪われたのか…依頼を受けてやろうという気になってきたのでした。
「それは心外ですな。しかし…悪魔に悪態をつくその勇気はかって差し上げましょう。」
そう、私は男に言うと、男はにかっと笑い、
恐らく彼女のものであろう遺骨を持って立ちあがりました。
「本当かっ!」
彼がそう聞くので、私は、
「ええ。叶えましょう。…さあ、悪魔の機嫌が変らないうちに報酬をいただきましょうか。」
と、答えました。そして彼から彼女の遺骨を受け取ると、私はそれをしまおうと棚に手をかけました。すると私は、思わず首を傾げたのです。私が手にしていた遺骨そっくりの遺骨が、既に棚の中に入っていたのですが、どうも私の記憶にはないのです。私は暫し、首を傾けたまま考えた後、ある事に気づいて、男にこう言いました。
「ああ…私とした事が、大事な事を忘れていました。貴方は、一度過去に戻ると、もう二度とこの現実には戻れないのです。それでもよろしいですか?」
私の言葉に彼は、
「彼女のいる時間にいられるのなら、それ程幸せな事はない。それでも構わないよ。」
と答える。その言葉に私は、契約書を作成して彼にサインを貰いました。

…そして、契約は執行された。彼の姿は一瞬にして消え、そしておそらく今頃は彼女の死の真実を垣間見ていらっしゃる事でしょう。
永遠に…彼女が死ぬ光景を何度も見ながら…。
私は、ソファーにくつろいで笑っていました。
あまりに珍しい客人だったのですから。
悪魔を騙そうとするなんて、なかなか大した男です。しかし、さっきまでいた彼は本心のつもりだったのでしょうね。彼は本当に人影を見たのです。そして彼は今日、始めての来訪者ではなく、正しく言うなれば二度目の来訪者なのです。恐らく彼は始めてここに来た時も、過去に戻すように私に言った筈です。
そして私は彼女の遺骨を貰った。だから同じ遺骨が棚に入っていたのです。そして一度目に彼が過去に行った目的は彼女を殺して何らかの証拠を残してしまったので、それを取りに行ったのでしょう。そして彼は現実に戻り、その事すら忘れここにもう一度来た。彼の見た人影…それは、彼自身なのです。自分で行った罪を否定したがる、彼の善意が彼に少しだけ記憶を甦らせ見せたのでしょう。今頃、偽善者ぶった彼は己が彼女を殺した事実を何度も見て、どう思っているのでしょうね。私はテーブルに置いてあった新聞を拾って読みました。
”若い女性が山で変死体になった姿で発見された。犯人と思われる女性の恋人は未だ行方不明のまま逃亡中。”
二つの遺骨を見た時、私はこの事実に気づいたのです。棚をもう一度空けると、そこに彼女の遺骨は一つだけになっていた。
一つの報酬で、この私が二つもまともな願いを叶えるわけにはいかないでしょう?だから、私は彼が戻れなくなる事を代償に、二度目の願いを叶えたのです。本当は過去に戻ったのに、現実に戻れないなんて誓約はないのです。
けれど彼は、罪に後悔する一方で、完全犯罪を作っている。あの男は…元から、詐欺師だったのですよ。だから少し、悪戯をしたくなったのです。
彼に味あわせて差し上げましょう…本当の罪の味を…。でも、けして悪い事ではない筈です。彼が本当に人を殺すことが好きなお人ならば、今頃永遠の快楽に浸っておいででしょう。私は悪魔…同胞に悪いようにはいたしません。
「まさか…相談所荒しが来るなんてね…」
彼はまさに、愉快な悪魔でした。

🔸次の↓第五章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)

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泪澄  黒烏
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。