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「黒影紳士」season2-10幕〜秋だって云うから〜 🎩第五章 嘘付きは泥棒の始まりって云うのに

――第五章 嘘付きは泥棒の始まりって云うのに――

 風柳が同僚に相談して、何とか急いで用意してくれた山奥の空き地まで向かう。先に防犯センサー付きの新しい監視カメラの性能を確かめるからだ。
「映画の爆弾を使う撮影にも使われているらしいから、安心だよ」
 と、黒影は行った。地獄のドライブの筈が、高速道路以外はあまりスピードも出さず、普通に運転をしている。
「安全運転出来るんだ……」
 思わずサダノブは言ったが、
「当たり前だ」
 と、黒影は言葉数が少なくも返事をする。
「あの……怒ってますよね?」
と、聞くと、
「多少な」
 と、返ってくる。
 ……あれ……何処も痛くない……サダノブは其の時気付いた。黒影が体を気遣ってスピードをあまり出していなかった事に。
「あの……有難う御座います」
「何の事だか……」
 黒影が分かっていて返事をしたのか、真意は謎となる。
 ――――――
「此処か……」
 黒影は目的地に着くと、場所の所有者に此れから実験を始める旨を伝える。
「サダノブは其方のノートパソコンとスマホのデータを見ていてくれ。昨日、細かい衝撃量や反応測度を計測出来るソフトをノートには入れて置いたから、保存してくれれば良い」
 黒影はサダノブに渡すと、腕捲りし乍らトランクから荷物を大量に運び出し、ビニールシートに並べた。
「えっ、コート脱がないんですか?」
 忘れているのではないかとサダノブが聞くと、
「帽子は吹き飛ぶから脱ぐが、設計の時点で此のコートの妨害を受けない様に作ってある。其れが正常に作動するかも確認しておきたいのでな」
 と、答えた。
 そう言っている間に、何か小さなクレーンを積んだトラックがやって来る。
「此方です、此方!」
 と、黒影は楽しそうに手を振ると、分厚いコンクリートの壁に中央には硝子が嵌め込んである物がゆっくり降ろされる。其れと別に分かり易く色の付いた防犯シートの貼ってある硝子と、網入り硝子と、唯の硝子も規則正しく立てられた。
「えっ、せっ先輩、うちって探偵社ですよね?!」
 と、あまりの大掛かりなセットにサダノブは経費が心配になった。
「ああ、コートの監視カメラ妨害機能の無効化以外は外して、商品化するから気にするな。買い手も既に見付けてある」
 黒影は何時の間にかそんな契約をしていたらしい。大きいハンマーを杖の様に土の上に置き、ヘルメットを被って軍手をしている。
「サダノブもヘルメットしないと吹っ飛ぶかも知れないよ」
 そんな風に黒影は呑気に言うのだが、此れは本気だとサダノブは慌ててヘルメットを被った。
「始めるぞー!」
 其の合図でサダノブは記録を始めたが、黒影がハンマーを振り上げた瞬間、鬼の形相がサダノブに見えた気がした。
「……嘘……付いてんじゃねぇーよ!」
 と、怒りの声と共に普通の硝子が木端微塵になる。
 ……えっ?此れ、まさか……サダノブは手が震えて仕方がない。
「……言い訳ばっか、ガタガタ並べやがってっ!」
 黒影がただのハンマーを振り回す狂人に、サダノブには見えてきた。網入り硝子が歪む程、ガツガツ打ち込んで破れたかと思うと、其の儘防犯フィルムの硝子にハンマーを振り翳す。まさに其の姿はジェイソン……。
「誰が無能だと?ぁあ?!巫山戯やがって、巫山戯やがって、巫山戯やがってーっ!」
 ……こっ、怖過ぎる。サダノブは全部自分に当てられている言葉だと確信した。とうとう防犯フィルム付きの硝子もフィルムが伸び切り、剥がれる程に滅多打ちにされ、其の姿は哀れな何かだ。黒影は長い呼吸をフーッと吐き出すと、あの悍ましい営業スマイルでサダノブに言った。
「爆破実験するぞー!」
 と。怖過ぎる……サダノブは凶悪犯を黒影と何人も見て来たが、一番怖い人を見付けてしまった気がする。
「ばっ、爆破は流石にやり過ぎじゃ……」
 サダノブは顔を引き攣らせ乍ら黒影に言う。
「大丈夫だ、軽いやつだから」
 と、また黒影は営業スマイルで答えた。
「先ずは……悪戯程度の花火だ。此れなら安心だろう?」
 そう言ってアタッシュケース五つ分の花火を出して笑っている。導火線を連結させて、一気にコンクリートの裏で爆発させる。嵌め込みの硝子が割れ、中から爆竹やら中型の手持ち花火やらが、サダノブの方にも吹っ飛んで来る。
「熱っ!危なっ!」
 サダノブがジタバタしているのを見て黒影は、
「おやおや、計算を少し間違えた様だ。すまんな、無能な僕の所為で」
 と、やたら「無能」を強調して謝る言い方をしているが、顔が……笑って硬直している。
 ……未だ怒りまくってる!……サダノブは仔犬の様に震えた。
「大丈夫だって、次はちゃんとやるから」
 と、言うが全く信用出来ない。
「なあ……今、僕の事を信用出来ないと思っているんだろう?……でもな、サダノブ……」
 其処迄ドス黒い声で言い、何かの液体3つと粉をビーカーに取り分け、何らかの順番があるのかゆっくり混ぜ、急に早くかき混ぜたと思うと、
「俺だって、嘘付きのお前を信用なんかしねぇーよっ!」
 と、叫んだと同時にコンクリートの厚い壁の裏に叩き付ける様に投げ付けた。
 コンクリートの壁の裏で表からも見える程の映画さながらの大爆発が起こり、爆風でコンクリートが壊れ砂利の様に粉砕された真っ白な砂と共に、サダノブの待機する方迄飛んで来た。
 サダノブは口や目を覆い……色々後悔していた。素直さが好きだと言ってくれた穂さん、馬鹿正直なところを買ってくれている黒影……俺、謝らなきゃな。
「ふぅ……すっきりした。終わったぞ。帰ったらデータを纏めよう」
 そう言った黒影はもう鬼の黒影では無く、何時もの黒影だった。如何やらストレス発散をしていたらしい……。
「先輩……」
 サダノブが呼ぶと何時もの様に何だと振り返って足を止めてくれる。
「本当は読めば傷付いてしまう自分に気付いていたんです。でも、其れしか出来ないなら諦めたく無かった。先輩も白雪さんも皆んな、能力の所為で何処か傷付いて生きている。だから、言えなかった。自分だけ臆病者になるのが怖かった。其れでも誰かの役に立ちたいです。馬鹿で不器用だけど、一個だけでも良い。皆んなが大好きだから、もっと役に立てる人間になりたい!」
 そうサダノブが素直に言うと、黒影はふっと笑って、
「やっぱり馬鹿だな。もう十分役に立っている。だから皆、お前を信用している。僕も含めてな。悪かったよ、大人気なくて。……もう気が済んだ。行くぞ」
 と、黒影は言った。ほんの少しなのに、ずっと聞いていなかった気がする。本当に無茶苦茶な人だけど、
 ……行くぞって……
 また歩けそうな其の言葉はきっと信頼に似ている。

 ――――――
「如何だ、外は……」
 ダミーは黒影に聞いた。
「新聞とかは読まないのか?お陰様で彼方此方放火だらけだ。昨日だけで夜中に三件」
 黒影は椅子に座り乍ら答える。
「此処にいても尚、俺は罪を重ねてしまうのだな」
 と、ダミーが言う。
「今日は妙に感傷的だな」
 黒影はそう言ったが、ダミーは其れに返事はしなかった。
「今日は此方の事務員と話をして欲しいんだ」
 と、黒影はサダノブを横に座らせる。
「やめてくれ、其奴にはもう沢山なんだ。何が事務員だ、すっかり騙された」
 ダミーはサダノブを見ただけで気嫌いする。
「本当に事務員だよ。ちゃんと探偵社の経理だってしているんだ。……ダミーだって、自分のシナリオを勝手に使われている事に不快感を感じているんだろう?然も素人上がりの放火魔ときちゃあ尚更。其奴より先にシナリオを探す方法があると言ったら?」
 黒影がそう切り出すと、ダミーは少し興味を持った様で、
「そんな事出来るのか?俺が弁護士に話した時は未だ頭も朦朧としていて、やっと少しずつ話せたぐらいだ。俺でさえ、何を話したかなんてもう覚えちゃいないんだぞ?」
 と、其れが容易でない事も伝えた。
「絶対にとは言えない。……が、やってみる価値はある。此の事務員にお前の潜在意識を探らせてくれないか。此方も初めての試みだ。安全の保証は出来ないが、いざとなったら僕も協力する」
 黒影がそう言うと、ダミーはジッとサダノブを見て聞いた。
「お前……名前は?」
「佐田 博信……サダノブって呼ばれてる」
 ダミーは其れを聞くとケラケラ笑った。
「お前、名前を直ぐに言わない方が良い。直ぐに黒影と同じ様に狙われるよ。でも、まあ良い。俺は自分を倒した男の名を知りたかっただけだ。他言する気も無い。……今日はサダノブのモルモットか。黒影がいるなら大丈夫なのは分かるが……シナリオの取り合いを見るのも一興だな」
 と、ダミーは言う。
「本当に良いのか?」
 黒影は再確認する。
「ああ、さっきまで憂鬱だったんだ。あんなシナリオでも俺は無い頭削って書いたんだよ。時々、どんな事が書いてあったか本を読み返したくなるだろう?そんな気分なんだ。卒業文集の将来の夢って何書いたっけ?みたいなさ。集めて来てくれ。死ぬ時に俺は其のシナリオを持って行きたい」
 ダミーはそんな小さな願いを持った事を話した。
「墓まで持って行って如何するんだ?」
 サダノブが聞くと、
「ずっと書き直すのさ。完成させず……ただ、書き続けたい」
 と、ダミーは答えた。
「出来るだけリラックスして……呆然としていても良い。きっと何も拘らずにいる方が潜在意識の記憶に入り易いと思う」
 サダノブがそう言うと、ダミーは黙って素直に目を閉じて瞑想でもしようとしている様だっだ。
「未だ残留思念が活動してるみたいです」
 サダノブが言った。数体の憎しみが未だある様だ。
「其方は任せろ」
 黒影は自分の影をサダノブに伸ばし、真実の丘に一時的に閉じ込める。
「あった……。ダミーの貸金庫に二冊。駅のロッカー205番、011番に一冊ずつ。アパートの使われていない排水口の奥に袋に入れて一冊。風呂場の通気口の上に二冊。以上」
 黒影は慌ててメモをし、ダミーに見せた。
「如何だ、合ってるか?」
 と。ダミーはじっと見詰めて、
「ああ、そうだった。ロッカーの番号まで分かるなんてな。其れより、静かだ……。静か過ぎる……。俺が殺してしまった残りの奴等は何処に行った?」
 と、ダミーは辺りを確認する様に耳を澄ませて見渡す。
「今は真実の丘にいる」
 サダノブが黒影の代わりに答えた。
「また、あの丘を見る時に後悔するか、今後悔するかお前が決めろ」
 サダノブは少し冷たくダミーにそう言う。後悔から逃してはならない、懺悔する事を止めてはならないとダミーに思うからだ。
「返してくれないか。此の頭の中に。俺にはあの丘だけが許しに見える。こんな俺でも、何時か行きたい景色だ。だから現実は此方だけで自分で始末する」
 ダミーは態々現実での責め苦を選んだ。
「其れが正しい選択だ。夢に現実は似合わない」
 黒影はそう言って影を帽子で拭き取る様に消して行った。
「では……次は約束のシナリオを届けに来る」
 そう黒影は付け加え、帽子を被る。ダミーは耳を澄ませ乍ら、また真実の丘でも見ているのか、壁を見詰めたまま静かに数度手を振った。
 ――――――――――――
「さぁ、此れで情報共有出来たなっ」
 と、黒影は楽しそうに言う。風柳は車で、涼子は真っ赤なバイク、穂とサダノブは其々の揃いの黒いバイク、黒影と白雪は黒いスポーツカー兼社用車で、総勢五台が並ぶ。
無線は「たすかーる」提供……”シナリオ争奪戦”が今、始まろうとしている。
「早く沢山集めた会社が次回の慰安旅行代とカニ食べ放題を出す!車は不利だからサダノブ分は夢探偵社側で構わないだろう?」
 黒影はスポーツカーから顔を出し、涼子に聞いた。
「ああ、構わないよ」
 涼子はご機嫌で答えた。黒影はエンジンを掛ける……。
「如何せ渋滞に捕まるだろうさ」
 と、涼子は黒影に喧嘩を売る。
「俺を見くびるなよ、涼子!」
 白雪は助手席から黒影の袖をツンツン引っ張る。また余計な駆け引きを増やさない様に。
 黒影は白雪をチラッと見て微笑むと、
「行くぞっ!」
 と言って、スタートダッシュしタイヤから砂を巻き上げた。
「穂!あたいらも業界最速見せ付けてやるよ!」
 涼子が熱り立って黒影のスポーツカーを追う。
「では、サダノブさんお先に」
 手を振るなり涼子に劣らず、穂も猛スピードで飛び出して行った。
「あっ……あの、安全運転でねー!」
 と、サダノブはマイペースに穂に手を振る。
「サダノブ!昨日の味方は今日は敵!先を越されるなっ!」
 と、あの温厚な風柳も血が騒いでいるのか、珍しく狩りを楽しむ様な目で車を走らせた。
――――――
「やっぱり黒影の旦那は此処かい」
 黒影の背後から、涼子は声を掛けた。
「一足遅かった様だね」
 と、黒影は二冊のシナリオを手に笑う。
「此のロッカーだけで二冊だからね。狙うと思っていたよ。でも、穂は既にダミーの家。彼処だけで三冊。勝ちは貰ったよ」
 と、涼子が言ったが黒影はにやりと笑った。
「其れは如何かな。穂さん……今頃仲良くサダノブと探してるよ。うちのポチは甘えるのだけは得意だからきっと分ける筈。其れに風柳さんが向かったのは「たすかーる」が一番苦手な場所……」
 と言う黒影の言葉に、涼子はハッとした。
「まさかっ!警察手帳を出させるなんて卑怯じゃないかっ!」
 と、風柳が貸金庫へ向かったのに気付き言った。
 「あれ?勝負事は最後に勝てば文句無し主義じゃありませんでしたっけ?戦略を立てるなら動く前にしておかないとね。涼子さんがサダノブを追っていれば此方は負け確でしたよ」
 と、黒影は言って笑う。
「始めっから早さ勝負じゃなかったって事かい。高い勉強代だと思って今回は負けを認めるよ」
 涼子はもう勝負に負けた事に気付き、溜め息を吐いて扇子を出して緩やかに仰いだ。
「此の間の一品……良い仕上げだった。お陰様で予想以上に注文が入りましてね。酒代はうちで出させて下さいよ」
 黒影はそう言って珍しく涼子の機嫌を取る。
「あら、珍しい事もあったもんだねぇ。雨でも降るんじゃないかい?」
 涼子は思わず扇子で空を差して笑う。黒影は涼子に小さな声で言った。
「雨じゃあないんです。火が降りそうなんですよ」
 と。白雪は、
「ちょっと、近付かないでよー」
 と、相変わらず涼子に言うのだが、涼子は珍しく黙ってジッと辺りを見渡した。殺気立つ涼子に、白雪も理由は分からないが徒ならぬ雰囲気を感じていた。
 涼子は走って黒影のスポーツカーに乗り込みドアを閉めるなり、無線を取って言った。
「遊びは仕舞いだよ。そろそろ犯人が動く。シナリオ持ってズラかるよ!監視カメラのある経路で集合、やられんじゃないよ!」
 と、現行犯が証拠を残す為、もし襲われても足が残る様に監視カメラのある経路を指定し全員を集める。そして、また車の外へ出て黒影に、
「今、全員此処に集まる。……けど、其れはシナリオも同じ事。旦那だったら、此の宝……如何奪いに来る?」
 涼子は聞いた。
「僕が最低限で本気で挑むなら、先ず僕を殺す。策士は頭より面倒だから。然も其の策士は火に弱いときたら確実に集まった瞬間に狙う。若しくは、数が少ない内に殺して、後から一匹ずつ集まる小鼠からゆっくりシナリオを頂くのも良い。個人的には後者の方が悪趣味で好きだけどね。如何にも正当な悪っぽいだろう?」
 黒影は巫山戯て笑う。
「丁度、頭が揃っちまうなんて……タイミングが良いと言うか、悪いと言うか……」
 涼子は溜め息を吐いて、扇子を空高く飛ばし、
「デートの邪魔だよ、出直してきなっ!」
 と、怒鳴り黒影の頭上を長い足で回し蹴りし、黒影は帽子を持ってひょいと屈んだ。
 涼子の回し蹴りを喰らった男は、軽い脳震盪を起こしている様だ。
「……一般人だったら如何するんですか」
 黒影は涼子の落ちた扇子を丁寧に拾い、自分を狙った男の顔を扇子で扇ぎ乍ら呑気に言った。
白雪は息ぴったりの二人にちょっと嫉妬し乍らも、
「何がデートよっ!黒影に当たるところだったじゃない。まあ、今回は許して上げるけど。……本当に此の人、誰なの?」
 と、言って覗き込む。
「……多分、雇われだな。風柳さんなら知ってるかも。問題は後何人いるかだねぇ」
 黒影は立ち上がり、辺りの殺気に気付く。
「あたいが昼顔の涼子だって分かって喧嘩売ろうってんだ、上等じゃないかい」
 涼子はそう言うと舌舐めずりした。
「二社が邪魔で裏稼業も随分やり辛くなっただろうし、纏めて潰そうと考えるなら、とんだ祭りにでもなりそうだ。場所が悪過ぎる。涼子さん、「飛んで火に入る」何とやらだ」
 黒影は言うと、白雪の手を取り車へ走る。涼子もバイクを捨てて乗り込んだ。
「出るぞっ!」
 急いで黒影は車を出した。涼子は後部座席から前に乗り出すと無線で、
「場所を変更する。場所を変更する。各自三丁目の廃ビルにて、戦闘体制で臨まれたい。犯人側複数、人数不明。武器所持の可能性あり。黒影の旦那とあたいは先に突っ込むから、無職になりたくなかったら、とっとと応援に来なっ!」
 と、言って切った。
「廃ビルかぁ……良い雰囲気じゃないか」
 黒影は笑い乍ら行き過ぎそうな道をドリフトで方向を変えた。
「さて……問題はお姫様だね」
 涼子がそう言うと、黒影はルームミラー越しに、涼子を鋭い目で見た。
「俺が駄目だったら社を頼むよ」
 黒影は言うなりスピードを上げた。
「そう簡単にさせはしないよ」
 涼子は後ろに追尾している、黒影とシナリオを漁りに来た連中を確認して言った。
「跡形も無くなる目眩し。現役の時は良く世話になったけど、また使う日が来るなんてね!」
 と言うなり、窓から涼子は後ろに丸いパチンコ玉程度の小さな玉を投げた。
 黒影の車の背後は一瞬にして真っ赤な煙に包まれる。
「玉屋ー!否、久々に見たよ。未だ未だ涼子は現役だなっ」
 黒影はサイドミラーから後ろに立ち上る煙を見て、楽しそうに笑って言った。
「ちょっと、笑ってる場合?相手が拳銃でも持っていたら如何するのよ!移動中は私も黒影も影一つ使えないのよ?!」
 白雪はすっかりドライビングモードで浮かれ気味の黒影を注意する。
「だから、あたいが居るんだろう?此方は年がら年中逃げ回ってきたからね。酒代分ぐらいは役に立つよ」
 と、涼子は白雪を見てにっこりと笑って言った。
「もうっ、全然自慢になってないからっ!」
 白雪は頬を膨らませて座り直す。……が、結局此の二人がいると安全なのが分かるのでホッとしてしまう自分もいる。
「あっ……白雪、大した預言者になったもんだな」
 と、黒影は不意に言った。
「え……?」
 白雪は何の事かと黒影を見たが、次の瞬間に意味が分かる。パンッと何かが弾ける様な音がして、黒影は慌ててハンドルを切った。
「彼奴等、やりやがったね!」
 涼子が頭にきて言った。
「後ろはあたいに任せなっ!お姫様は風柳の旦那に拳銃持ちがいるって無線で伝えてくんなっ」
 涼子は窓から大量のまきびしを投げると、
「旦那、火ぃ貸してくんな」
 と、言った。黒影は黙って帽子を渡す。
 帽子の裏底からマッチを出すと、涼子は小さな瓶を振り導火線に火を着け、叩き付ける様に後ろの車に放り投げた。
 後ろの車のフロントガラスが砕け停止した。
「良い化学反応だ。然も破壊力も丁度良い。今度教えてくれ」
 黒影はそう言って目的地に到着すると笑った。
「もう……居ないの?」
 鎮まり返る廃ビルの中を歩き乍ら、白雪は怯えて黒影の腕に獅み付き聞いた。
「……さっきの涼子さんの応戦で、容易に近付けないと警戒しているんだろう。でも、此処なら安心だ。ほら……影しかない」
 黒影はそう言って辺りを見渡し、微笑み白雪を安心させる。
「そうだろう?飛んで火に入る作戦。窮地に追いやられたと見せ掛けて旦那の得意な影の中。まるで食虫植物みたいだよ。今でもゾッとする」
 涼子は黒影に追われていた頃を思い出したのか、そう言った。
「へぇ、涼子さんでもゾッとする事なんてあったんだね」
 と、当の黒影は過ぎた事だとケラケラ笑う。黒影は無線を取り、
「予定通り到着。未だ見張りがいる。各自周囲一体に警戒して入る事。もし、無理な場合は建物外で待機。表二ヶ所、裏一ヶ所、裏から階段は朽ちているが二階から入れそうな侵入経路あり。現在、総ての出入り口に監視カメラを設置した。シナリオは各自到着前に厳重に隠し保管せよ。以上」
 と、シナリオをバラバラに保管し、一度に取られない様に指示を出した。
 ――――――――
「如何しましょう……サダノブさん」
 穂は隠し場所に困ってサダノブに聞いた。
「厳重に……しない事にしましょう」
 と、サダノブは少し考え答えた。
「えっ……でも……」
 と、穂はおどおどする。
「こうすれば良いんですよ」
 サダノブはホチキスを取りバラバラにすると裏返して折り直し、
「コンビニに行きましょう」
 と、葱々とコンビニに入り、クレヨンと色鉛筆とカラーペン、ホチキス、色画用紙を買ってバイクの椅子に乗せる。
「……で、こうして……こう書く。……良しっ!出来たっ!」
 裏と表にクレヨンの汚い字で「らくがきちょう」と書き、中のシナリオを裏返した白紙に、下手糞な動物の絵を描きホチキスで止めた。穂は其の絵を見てクスクス笑っている。まさか、数千万のシナリオが此の扱いになるなんて誰も想像出来ないだろう。そして近くのタバコ屋を見付けると、
「ねぇ、おばちゃん。此れ、甥っ子が大事にしてる落書き帳なんだけどね、俺酔っ払うと直ぐに無くしちまうから、明日渡す予定だから、其れ迄預かっていてくんないかな。もし、忘れても此処の近所だから通り掛かったら声掛けてもらえれば思い出せるし」
 と、適当な話を作って預かって貰おうとする。
「兄ちゃん、酒は呑むのに煙草は呑まないのかい?」
 と、ちゃかり言われたので、
「本当は吸わないんだけど……分かった。知り合いに吸う奴がいるから買って行くよ。1カートンで如何よ」
 そう言うとタバコ屋のおばちゃんは、
「毎度あり。飲み過ぎには気を付けるんだよ」
 と、優しく言い落書き帳を預かってくれた。
「ああ、気を付けるよ!じゃあ、また明日っ!」
 そう言ってちゃっかり全く関係の無い人に預ける事に成功する。穂は笑い乍ら、
「黒影さん、聞いたらきっとびっくりしますよ」
 と、言う。
「其れにしても……銃持ってるって、如何したら良いんだろう?そんな防犯グッズなんて無いよね?」
 と、サダノブは穂に聞いた。
「防弾チョッキとかは流石に……。スタンガンぐらいしか……」
 と、答える。
「まっ、取り敢えず行けば先輩が如何すれば良いか言ってくれるよね」
 そう黒影任せにして、サダノブは穂をバイクの後ろに乗せ走らせた。
 ――――――――――
「丁度良かった。貸金庫に此れを預けたいのですが……」
 と、風柳は違う番号の貸金庫を借りてシナリオを隠すと、黒影や白雪を知る警察の者数人に連絡を取り状況を伝えた。大掛かりに動けないので、防弾チョッキだけ多めに持って来て貰う手筈になった。
「警戒している筈だから先に入る。警察無線は別チャンネルを使おう。中の様子が分かったら報告する。多分、周りの方が多いかも知れん。じゃ、検討を祈る!」
 そう言って小さく敬礼すると、素早く物陰を伝い何着かの重い防弾チョッキを担いだまま、風柳は廃ビルに入る。入って直ぐ周りを見渡す。監視カメラに映る為だ。
「風柳到着。皆んな無事か?何階だ?」
 と、聞く。黒影は監視カメラを確認すると、
「五階にいます。中は未だ入られていません。急いで上がって来て下さい」
 と、伝えた。風柳が五階につくと、狙われない様に窓の内側に白雪と黒影、窓の壁にへばり付く様に涼子が外の様子を伺っている。黒影はタブレットのビル周辺の地図に印を付けた物を見せた。
「今来た警察関係者は八名ですね。青いマークで外向きの温感センサーで追っています。赤いのは十三人。内、目視出来た拳銃三丁。風柳さん、此れ持って行って下さい。下の連中は此れで捕まえ易くなる筈です」
 と、タブレットを渡そうとする。
「……ちょいと、旦那っ!」
 其れは中にいる三人が危険になる判断だったので、涼子は止めようとした。
「良いんです、涼子さん。下の奴等が上がって来なければ問題ない。もし、何人か入って来ても風柳さんに無線で知らせて貰えば良い。全員上がってこられるよりはマシだ。其れに……僕は風柳さんを信じる。今迄も、そして今日も」
 黒影はそう言って風柳に手渡した。
 黒影の瞳に赤い火の粉が浮かんで見える。其れは諦めでも、悲しみでも無く、真実を見る為に浮き上がらせる予知夢の景色の一部なのかも知れない。
「分かった。お前達はゆっくり高見の見物でもしてれば良い。拳銃の所持は出来なかった。何処迄食い止められるか分からんが、下が要なら抑え切ってやる!」
 風柳は今来た道を走り戻る。
「虎が吼えた」
 と、黒影は楽しそうに笑った。
「拳銃相手じゃ警察も武が悪い。でも人数は僕等より多い。あのタブレットで動きが分かれば、一匹ずつ仕留めるでしょう。相手はシナリオが集まった時を狙う様だ。後、穂さんとサダノブが到着する迄、どれだけ数を減らしておけるかが勝負だ」
 黒影はそう言うと、内側の壁に凭れて目を閉じた。
 涼子も静かに其れを見ると、白雪に防弾チョッキを着せる。
「ちょっと重いけど、無いよりマシだからね」
 と、言って。
「ねぇ、黒影と涼子さんは着ないの?」
 白雪は心配そうに聞いた。
「あたいらは身軽な方が動き易いんだよ。着るより着ない方が避けれる」
 と、心配はいらないと微笑む。
 白雪はジャンプしたりして重さを確かめている。
「可愛くないわ……早く終わりにして」
 と、白雪は珍しく涼子に言う。
「はいはい、可愛いお姫様が言うなら、そうしないとね。……ねぇ、黒影の旦那」
 涼子は黒影に振った。黒影は少し瞼を開けると、
「ああ……」
 と、相槌を打ち、再び目を閉じる。
「黒影、何をしてるのかしらん?」
 白雪が言うと、涼子は唇に人差し指を当て、
「シーッ!影を伸ばして音を聞いているんだ。拳銃の弾の数、足音をね」
 白雪は其れを聞いて口に手を当て静かにした。
 影だらけの廃ビルの中、黒影の影を這いずらせるのは造作ない事だ。
 ただ、周囲の建物の様子は影が途切れているので、出来るだけ廃ビルから近付き聞く事しか出来ない。余りに距離があるので見る事も出来ないのだ。
「拳銃の弾倉は七発。……スロットを入れ替えた音がした。1、2、3……17秒。次に構えるまで17秒。あまり上手くは無いな。……此れなら風柳さんが突っ込めそうだ」
 と、黒影は安心してフッと笑った。
「……っ!来たっ!」
 黒影はそう言って目をカッと開けたと思うと、無線を取った。
「サダノブ、穂さん五階だ。バレたら敵が突っ込んでくる。外から見えない様に来るんだ!」
 そう、伝えた。
「何処からだい?」
 涼子が聞くと、黒影は、
「二階だ。あの二人ならあの変な経路を選ぶと思ったよ」
 と、黒影は微笑んだ。
「彼処は階段が使えないんじゃなかったのかい?」
 涼子は如何やって入ったのか、想像が付かずに黒影に聞いた。
「バイクの上から、身軽な穂さんがジャンプして先に上がり、サダノブはみっともなくビビり乍ら穂さんに引き上げてもらったんですよ」
 と、腹を抱えてククッと笑いを堪えている。
「全くポチらしいわ」
 と、白雪も笑う。
「先輩ー!やっと見付けた!」
 サダノブは階段を上がって黒影を見付けると言った。
「涼子さぁーん!良かった、無職にならなくて」
 と、穂が言うので、
「全く穂はあたいと無職と何方が重要なんだか……。まあ、此れだけ揃えば此方も文句無しの戦力だ」
 と、涼子は満足そうに言った。
「おい!風柳だっ!後五人、内二人拳銃所持。此方を捨てて其方に行ったぞ。気を付けろ!」
 風柳から突如一報が入った。黒影は無線機に走り取る。
「りょーかい!引き継ぎ下はお願いします。此方全員集まってます。想定内です。じゃ、後でまた」
 そう言って車から持ち出していた、鞄から小型熱感知機をじゃらじゃら取り出すと、
「窓側の流れ弾に気を付けて五階全体に配置して下さい。床は下の階へ向けて。サダノブ、タブレットで小型熱感知機を繋いでくれ。後、必要な者は防弾チョッキ着用しておく事。此方は武器が無い。いざと言う時は逃げる事を考えろ」
 と、黒影は指示を出す。
「じゃあ、俺は此の儘でいいや。重いと逃げ足遅れるし。穂さん、心配だから着ておいて下さい」
 サダノブは穂に防弾チョッキを一着、手渡す。
 黒影は少し眉を顰めて考えていた。サダノブは体力は無いが、確かにすばしっこい。然し、其れは大抵本気モードに入った時だけ。……本当に防弾チョッキ要らないのか?と。不安にはなるが、以前の火事で影から氷を出す事にヘマったとは言え、成功している。上手く使えれば唯一の武器になる事には間違いない。
「サダノブ……えっと、其の……何だ。此の間の氷な、あの時は自分の影しか見えていなかったから失敗したんだ。……で、其の詰まりはだ、此処ならほぼ影がある。遠くの影を見て出せば良い」
 と、珍しく黒影は挙動不審になってアドバイスする。
「え?何ですか、ソレ?」
 サダノブは余りに歯切れの悪い黒影に、如何かしたんじゃないかと聞いた。
「べっ、別に何でもないっ!」
 そう、言って怒ったかと思うと、何時も通りタブレットで入って来た敵の動きを観察している。
 涼子はさっさと侵入口になる階段上に身を潜めて、手にはあの化学薬品の小型爆弾を持っている。爆弾と行っても引火は一瞬の火でほぼ無く、其の変わり爆風の威力の方が強いのが特長だ。
 ……出来れば何人か纏めて始めの一撃で吹き飛ばしたい。そうでないと、後は警戒される。願う様な気持ちで足跡が聞こえるのを待っている。
「涼子さん、下の階まで五人共上がっています」
 黒影が涼子に伝える。穂は白雪の横に、サダノブは黒影の隣でタブレットを一緒に見ている。
 二人がゆっくり階段を上がって来ている。
 黒影は涼子に二人、上がって来ると手振りで合図し、涼子は頷いた。
 二人の姿が見えた瞬間に涼子は後方へ大きくジャンプし乍ら、小瓶を二人の足元の床に叩き付けた。
 パリンという音と共に階段が少し崩れる程の爆風が起こる。
 黒影はコートのポケットに手を入れ、結束バンドを取り出したと思うと、口に咥え階段へ走る。
 涼子と黒影は倒れた男を其々一人ずつ五階に抱え込む。黒影はぐったりした敵を座らせると、後ろ手にさせ親指を結束バンドできつく縛った。
「良し、此れで動けない。拳銃は……残念だ。二人共所持していない。大方、様子見に使い捨てた駒だな」
 と、少し悔しそうに言った。

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。