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「黒影紳士」season3-5幕〜静寂に微睡む〜 🎩第四章 君に微睡む

――第四章 君に微睡む――

「二年生を聞き込みしていた穂さんは?」
 黒影は穂の報告を聞きたがる。
「二年生の行方不明になった巻野 信之と、もう一人の唐津 彰(からつ あきら)の接点はありませんね。ただ、唐津 彰の友人によると、良くも物が失くなると相談を受けて三日後の夜、メッセージが届いて”消えて行く、助けてくれ!”」と、送られて来ていたみたいです。深夜近かった為、翌朝見た時に、唐津 彰の家を訪ねた時には姿がもう無かったそうです」
 やはり穂は細かい情報を早く掴んでいた。
「流石穂さんだ。……って事は、物が失くなってから云々は人によるんだな。もし、人が消えるなら保って6時間。意識があったのだから、薄れていくと考えた方が自然だ」
 黒影は自分に此れから起こり得る事態を想定し納得した。
「あの……黒影さん。こんな一大事、涼子さんに知らせなくて良いんですか?「たすかーる」なら監視カメラをチェックしたり、何が起きたか探る事も出来ます」
 穂は黒影が心配になって言った。
「一大事なら尚更……僕は涼子さんを巻き込まない。僕に何かあった時は探偵社を管理して貰わねばなりませんからね。……其れに調査員が多いから良いと言う訳でもない。今日の様な調査は其の方が良いが、対策を練るには静かな方が良いものです。サダノブ……一年生は?」
 黒影が穂に無用な心配だと言って微笑むと、サダノブの報告を聞く。
「一年の小比類巻 玲(こひるいまき れい)ですが、中学からの友達の話しじゃ、何かの病気かも知れないと二日間引き篭った後、姿を消したんだとか。家族ぐるみで仲良くて、引き篭った時に何度か見舞いに行ったらしいっす。でも頑なに会ってはくれなくて、姿が消えてから物が無くなり始めたそうです」
 と、サダノブは報告する。
「……そうか。物が消えてから人が消えると思っていたが、逆もある。法則性の様な物が全く見えなくなってしまったな。其れが分かっただけでも良しとするか。一旦、帰ろう。そろそろ昼時だしな。……穂さん、有難う。サダノブが昼の一品当番になったから、上達したら今度食べに来てやって下さいよ」
 そう黒影は微笑む。
「ええ、勿論」
 本当は振り出しに戻ってしまって、何時消えてもおかしくないのに、何時も通りに微笑む黒影を少し切なく思い乍ら穂は笑顔で返した。
 ――――――――――――――――――

「お帰り、皆」
「あ、風柳さんの方が早かったんですね」
 黒影が風柳の姿を見付けて言った。
「ああ、少しばかりな」
 風柳は何時もの様に微笑んで皆を出迎えてくれた。
 黒影はランチを作る前に、珈琲を一杯飲む。
「変な人物には会ったのですがね。記憶に残らないらしい。他の行方不明者は消える時間や、前後に関係する物が失くなるだけで法則性はありませんね」
 と、黒影は分かった事だけ軽く話し、
「如何やら消しゴムを拾って返してはいけない。ただ、其れだけで回避出来る様です。記憶に無いが、拾ったところ迄は時夢来が炙り出しました。きっと僕も無意識に拾って返したんでしょうね。風柳さんも消しゴムにはお気を付けて」
 と、付け足した。
「たった其れだけで吸われてしまうのか?たまったもんじゃあないな。気を付けはするが、お前は如何やって回避するつもりだ?」
 風柳は黒影を心配して聞いた。
「何パターンか試せそうな物はありますが、実際どれが効果あるかは吸われてみないと未知数ですね」
 と、黒影は答える。
「そうか……。早く見付けたいところだな。……そうだ、俺の影のギャラリーに少し前に行った時の事を覚えているか?」
 風柳が突然話題を変えた。
「ええ、覚えていますよ」
 黒影は自分のギャラリーが燃えていて、サダノブにはそう見えなかった事に腹を立て、風柳の影の中のギャラリーならばと、影を借りて中に入った時の事を思い出していた。
「夢だったか分からんのだがな、俺の母の銅像の様な物が見えたんだよ」
 風柳はそう言う。
「まさか……美代子さんと父さんの像、其方にもあるのか?」
 黒影は立ち上がり顔を明るくした。
 黒影のギャラリーには其れがあり墓参り出来ても、影を作れても入れない風柳を連れて行く事が出来なかったからだ。
「そうか……「真実の丘」を繋げたら、時次(風柳)が眠れば見られるかも知れないなっ」
 黒影は顔をパッと明るくし言う。
「ああ、でもほんの夢だ。実際影の中に出来たかは俺には確認出来ん。勲(黒影)……悪いが確認して貰って良いか?」
 と、風柳が頼んだ。
「当たり前じゃないか!直ぐ行くよ!」
 そう言うなり、黒影は何時も忘れる帽子を両手で掴み、滑り込む様に風柳の影に入って行った。
 ――――――――――――――

「あれ?涼子さん……何で?」
 サダノブが、涼子が既に風柳邸に上がり込んでいた事に気付く。
「悪く思わないでくれよ、黒影の旦那」
 そう言うと帯から手鏡を出し、太陽の光を手鏡に掬うと風柳の真上に屈折させた光を当てる。
 影が……消えた……。
「……ちょっと!何をするんですかっ!先輩が帰れないじゃないですかっ!」
 サダノブは涼子に止める様に言った。
「馬鹿だね!あたいだってこんな事したくないさ!でも、”吸い込む者”が何時黒影の旦那を吸い込むかも分からないんだろう?未だ調査には時間がいる。其の間にのこのこと取られる訳にはいかないんだよ!」
 涼子は泣きそうな目で、凄い剣幕で言った。
「此の力は使わないと涼子さんは決めていたんだ。俺が無理を言って頼んで使って貰った。影の中にいれば、幾ら”吸い込む者”も黒影を連れて行けないだろうと思ってな。悔しいが、今はこうしてやる事しか出来ない」
 風柳は悲しそうに言った。
「……嘘でしょう?……風柳さん。黒影はそんな事をしても喜ばないわ。……きっと、怒るだけよ」
 白雪はふらふらと風柳の足元にあった筈のもう消えた影を、無心で手探りで探す。
「もう少し色々分かったらちゃんと出すよ。怒られるぐらいなんて事もない。……黒影がいなくなるより、なんて事……ないだろう?」
 風柳は白雪の頭を黒影の代わりに優しく撫でてやった。
 目から止まらない涙を皆、隠す事無く……。
 せめて此の申し訳なさと、辛い選択だったのだよと、あの漆黒を纏う影に伝えたかったのかも知れない。
 風柳の丁度真下の床を突き上げる様な、バンッ!バンッ!と言う強い体当たりの様な音が響き渡る。
 黒影が出ようと、恐らく火を纏い何度も向こう側から見える影に体当たりをしているのだ。
「……黒影……」
 白雪はずっと床に耳を当て、其の音を聞いて泣く。
 また傷だらけになる程、無茶しなければ良いのだけど……そう願いながら。
「……大人の選択肢……ですね。分からなくもないですよ」
 サダノブはゆっくり歩き、床に手をついた。
「……ただ、忘れていませんか?……此の人、そんな事は如何だって良いんですよ。吸い込まれる事さえ、楽しみだと笑っていたんです。……「真実」を見られるのが、守られるより幸せな人なんです」
 そう静かにサダノブは言うと、部屋に入って行く。
 黒影なら何をするか……影か「真実の丘」を経由して、必ず何かのアクションを起こす。
 道が無いなら作れば良い。……観察力と洞察力があれば自ずと道は開ける。
 サダノブはそんな黒影の言葉を頭に浮かべ乍ら、目を閉じて温かい昼の日差しの中……眠りに就いた。

 夢の中に入ると、やはりギャラリーへの扉が開いている。
 ……やっぱり、待っているんだ。
 サダノブはギャラリーに入った。
 黒影がいるのではないかと期待したが、姿が見えない。
 やはり風柳さんの影から此方へ戻るのは出来ないのか?
 不安に思った其の時だ。
 微かに焼け焦げる……あの黒影の匂いがした気がして、サダノブは阿行と吽行を一対にし、大きな野犬の様な姿に成りて走り出す。
 ……此のギャラリーの中に必ずいる……。
 焼け焦げる匂いが強くなり、姿を戻して辺りを見渡した。
 影が……揺れる様に燃えていた。
「先輩?」
 サダノブは思わず聞く。
 その影は炎を纏うのを止めて、此のギャラリーの出口ともなる予知夢の絵画を指差した。
「まさか、其の姿で出るんですか?影だけですよ?」
 サダノブは驚愕して黒影の影に聞いた。
 影はこくりと頷く。
「風柳さんと涼子さんの気持ちにも答える。でも真実は見たい。……其れで、影だけの姿に成っているんですよね?話せなくても、俺が読めば良いって訳ですか?」
 サダノブは呆れて言った。
 黒影の影は二回頷くとニヤリと笑う。
「頭、疲れちまいますよ」
 サダノブは文句を言い乍ら影と黙祷し、予知夢の絵画に触れ目覚める。
 ――――――――――――――――――

 サダノブは目覚めると部屋から出て階段を見上げた。
「白雪さん、珈琲作って貰えます?飲めるか分からないですけど、あの人……帰って来ます」
 サダノブがそう言うと、白雪はハッと目を覚ましたかの様に慌ててキッチンに走り、風柳と涼子は顔を見合わせた。
「やっぱり……ただで捕まってくれる様な人じゃなかったのかもね、黒影の旦那は」
 涼子は思わず言う。
「でも、未だ床を何かが叩いているよ。此の感覚は黒影だと思うがなぁ……」
 風柳は長年の兄弟の勘が、間違い無く黒影の仕業だと言っていると言う。

 ……バタバタ……。
 黒影が何時も事件前に急いで階段を降りて来る音がした。
「……おやまあ……」
「おい、まさか黒影なのか?」
 涼子と風柳は降りて来た影にそう言った。
 黒影の影は其の声に振り向いて、影に火を一瞬纏わせ、怒っているとは伝えた様だ。
 影は何時もの席に座り寛ぐ。
 涼子にもそうしろと掌で如何ぞと座らせた。
「怒って無いのかい?」
 涼子が聞いてみると、摘まんだ指を僅かに開いて少しはと伝える。
「此れしか本体を守る方法が思い付かなかった。悪いと思っているよ」
 風柳が黒影に言うと、黒影は分かっていると頷いて、二人に頭を下げた。
 心配を掛けたと謝りたいのだろう。
「はい、珈琲。飲める?」
 白雪は影に珈琲を出す。黒影も流石に影になって珈琲を飲んだ事は無いので少し躊躇している。
 一口だけ飲むと、黒影は溢れていないか辺りを見るが、如何やら飲めるらしい。
「美味しい?味……するの?」
 白雪は影の隣に座って聞いた。
 影は微笑み白雪の頭を撫でる……が。
「あれ?やっぱり影だからか風が吹いたみたい」
 と、言われ内心黒影は少し傷付いていた。
 ……やっぱり影は不便だ……。
 そう思って立ち上がると事務所に行き、タブレットの予備を持って来た。

 ……三年B組に”吸い込む者”がいる。名前も特徴も数秒で忘れるが、聞いた直後に書けば忘れない。
 空気をやたら気にしていた。
 まるで他の景色と同化する様に生きている。
 彼は攻撃的な能力者ではないし、恐らく自分が能力者だと気付いてもいない。
「忘れるなんて……酷いじゃないか」
 記憶を消してもいない。
 彼は忘れられてしまう存在。
 消しゴムは彼のたった一つの人間と関わる事は出来る、大事なコミュニケーションツールだ。
 クラスの名簿にも載っていない。
 彼を確保し、存在意義を持たせる事が事件解決の最短ルートだ……。

 そう黒影は打ち込むと、風柳とサダノブに見せる。
「えっ!?幾ら何でも、そんなに影の薄い奴なんているんですか!?」
 サダノブが少し驚き聞くと、影は頷く。
 
 ……生まれ付きか、能力者になってからは不明だ。其れより、サダノブ……昼の一品当番だ。……
 
 と、黒影は打ち込み見せる。
「影でも、そーいうところはしっかりしてるんですね」
 サダノブは影の黒影を馬鹿にする言い方をしたので、影は火を纏い揺らめく。
「わっ!分かりましたよ。直ぐやります!喋らない分、当社比1.5倍で怖いっすよ!」
 と、逃げるようにキッチンへ向かう。
 黒影は音も無くスーッとサダノブの後を付けて行った。
「黒影、何しに行ったの?」
 白雪は不思議そうに見て言った。
「ああ、スパルタ料理教室だなっ」
 そう風柳は笑った。
 ――――――――――――

「……えっと、今日はサンドウィッチか……楽勝!」
 サダノブが言うと、早速ジャムをパンに塗って終わらせ様としている。
「痛っ!」
 何かにどつかれて後ろを振り向くと……影がジッと手元を見付めて立っている。
 影は冷蔵庫を開けて卵を取り出し茹で始める。タイマーを態と見せて時間が分かる様にしているみたいだ。
 粗挽きのマスタードとマヨネーズ、塩、粗挽き胡椒少々を少し溶けるのを待ち小さなスプーンで手早く混ぜている。
 サダノブの前に其の小鉢を置くと、やってみろとまな板の端を指先でコツコツと二回鳴らす。
 其の間に影は冷蔵庫からリーフレタスをとり、小鉢を混ぜ終えたサダノブに渡す。
「あっ、野菜ね。そうだ、野菜摂らないと」
 穂に注意されたのを思い出して野菜を洗う。
 影は其の間に、横で慣れた手付きで人参を千切りにし、人参の葉を細かく刻み、カニカマと胡麻ドレッシングで和えている。
 チラッと影が振り向くと、またサダノブはどつかれた。
 リーフレタスを包丁で切ろうとしていたからだ。
「ちょっと、危ないじゃないですかー」
 サダノブがそう言ったが、影は首を横に振りリーフレタスを取り上げ手で千切る。
「えっ?其れで良いんですか?」
 サダノブの質問に影は頷いた。
 影は馬鈴薯の残りを見付けて乱切りにすると、軽くラップをして数分レンジで温め、取り出すとマッシャーで潰し皮を取る。
 サダノブが茹で卵を下手に熱いのに剝こうとしてボロボロにする。
 影はどついて、一つ寄越す様に手を出し、少しヒビを入れると流水を流し込み乍らつるんと取って見せる。
「何で~?」
 サダノブの言葉に仕方無いと思い乍ら、ボウルに氷水を張り、殻と身の間を指差す。
「あっ!冷やすと取りやすいのか。じゃあ、今度は俺が氷を作れば楽勝っすね!」
 と、サダノブは言って喜んでいるが黒影は内心、茹で卵ごと凍らせそうだと思った。
 黒影は余ったリーフレタスを皿に飾り、庭のハーブにトマトを切って飾ると、仕上げにオリーブオイルをさっと掛け、ポテトサラダを作った。
 サダノブが遅いのでパンにマーガリンを塗って待っている。
 すると突然、サダノブが茹で卵の上に拳を振り上げたので、流石の影も突き飛ばす。
「痛っー!何ですか、もうっ!」
 サダノブは怒ったが、影の方がメラメラ炎を出して更に怒っている。
 影は卵を切る専用の機器を出してやると、使い方を教えた。
「超便利っすねー、コレ!」
 サダノブは感激しているが、影は落胆して額に手を当てた。
 其れをソースに和えてやっと出来上がる。
 切るコツは言葉が出せないと伝え辛いので、今回は黒影が切ってやる事にした。
――――――――――――――――

「俺、マジ天才だと思いません?初めて作ったんですよ」
 サダノブはすっかり料理人にでも成った気分らしいが、黒影の苦労を感じて誰も何も言わない。
「……ん、まあ……料理は楽しむのが一番って言うからなっ」
 風柳は頑張って感想を当たり障り無く述べた。
 明らかに黒影の味付けなのは分かる。
「今日も美味しいねー、黒影」
 白雪は、影に言って微笑む。
「あたい迄ご馳走になって悪かったね」
 と、涼子は言った。
 皆、何処かで思っている。

 ……触らぬ料理破壊神に祟りなし……。

 ――――――――――――――――――――
「さて、午後は早速、其の影の薄い”吸い込む者”とやらを探しに行くか……」
 食事も終え、各々好きな飲み物を飲んでいると、風柳が言った。
「……あたいも店に戻って、穂と学校周辺の監視カメラ探ってみるよ。此のまんまじゃ黒影の旦那があまりにも可哀想だものねぇ」
 涼子がそう言うと、影は帽子の先を少し持って下げる。
 お礼を言っている様だ。
「構わないよ。黒影の旦那とあたいの仲じゃないか」
 と、涼子は微笑む。
 影は珈琲を飲んで幸せそうに佇んでいたが、光の所為か少し珈琲を持つ自分の手が薄く見える。

 ……すみませんが、僕は急ぎで調べたい事がある。
 もしかしたら吸い込まれても出られるかも知れない。
 調査は任せても良いですか?……

 影はタブレットに文字を打ち込み、風柳に見せた。
「ああ、分かった。方法が見付かれば其れに越した事はない。此方は任せておきなさい」
 と、風柳は言った。

 黒影が自室に珈琲を持って上がり、さあ調査に行くぞと言う時だった。
 風柳の胸に、ふと騒めく何かを感じた。
 ……何か……変だ。
 先に白雪とサダノブは車に乗って、涼子も店へ戻った。
 静かなのは当たり前だ。
 然し、妙に静まり返っている。
 ……そうだ!あの暴れていた黒影の本体の音が軽く成っている!……
 風柳は先程の自分の席の床に耳を当てた。
 あんなに体当たりしていたのに、今はコツコツと何か軽い音しかしない。
 もう風柳の影からとっくに出られた筈なのに、其れをしなかったのは本体を守る為にやむ終えないと諦めたからだろうと思っていた。
 然し、違うのだ。其れだけなら何故体当たりを止めなかったのか……。
 出る為じゃない。……本体が消えた時に影が気付く様にしていたんだ。
 本体が消えたら如何なる?……其の前に影を分離しない限り、本体の消滅と共に影も消えていた筈。
 自分が消えるかも知れないと分かった時には、既に影を切り離して予知夢のギャラリーに置いていたんだ。
 影だけに成っても真実を追える様に……。

 此の軽い音は人間の其れではない。薄れて来ているのだ。
 だから弱り鳳凰の……此れは嘴だけで影に危険を知らせているのだ。
 ……急がなければ!……
 黒影はきっと影を夢に戻す為、予知夢の世界に眠りに入っている。
 ……嘘が嫌いだなんて、あんなに言っていたのにっ!
 誰にも気付かれない最後を一人で選びやがって!
 現実にも……戻らないと覚悟を決めたとしても、俺がそうはさせん!

 風柳は真下にいるであろう鳳凰に、
「一人でなんて考えるな。もう知らせなくとも影は夢だ。休め……勲。目覚めたら出口は見える」
 そう優しく言って、嘴の音が消えるのを確認して立ち上がる。
「存在意義……今の俺にはあり余る程ある」

 ――――――――――――――
 風柳が珍しく険しい顔付きで車に向かって来たので、サダノブも白雪も如何したのかと、じっと風柳を見詰める。
 車を出し乍ら風柳はサダノブと白雪に言った。
「黒影も……吸い込まれた」
 風柳は少し低い声で言った。
「……そんなっ!」
 白雪は涙を浮かべて口を両手で覆う。
「じゃあ、直ぐ戻った方がっ!」
 サダノブは混乱して、そう言った。
「違うっ!黒影は死んだ訳じゃない!……一刻も早く会いたいなら、”吸い込む者”を見付けるしかないんだ。黒影がいなきゃ、何も出来ない……其れで、何時迄甘えてるつもりだ?……俺はそうはなりたくはない。黒影がいないのは痛手だが、未だ出来る事がある。今もきっと黒影は俺達を信じている。何の確証が無くても。だから応えるしかない」
 風柳は悲しんでいる暇など無いと言う様に、ただ前を見詰めてそう言った。
 真っ直ぐ過ぎる風柳の正義感は、時に痛みを持ってしてでも強い。
「やってみなきゃ分からない……。今思えば、風柳さんの口癖が砕けただけだったんですね。先輩の口癖。やっぱ兄弟は似るんすね」
 と、サダノブは微笑んだ。全然、性格も出来る事も影の形も、好きな物も体格も……殆ど違うのに。
 ……まだ出来る事がある。
 ……やってみなきゃ分からない。
 形は違うのに、同じ結果を産む。
 立ち止まらず……走るしかないって。

「何時迄も、影だけじゃやっぱり黒影じゃないものね。あの人が好きな何時も通りじゃないもの」
 白雪は何時もの黒影を想って、優しい顔で言った。

 何時も皆の無事を願ってくれている、優しい人で先輩の誰よりも大事な人。
 ……困った人ね……が、口癖。
 不安だったり泣きたい時も沢山あるだろうに、今日も先輩は心配掛けて。
 ……本当に、困った人ですね。
 きっと、穂さんからしたら俺も……本当に困った人……なんだろうな。

 ――――――――――――――――――――――

「如何だ?いるか?」
 休憩時間に、其の影がやたら薄いと言うだけが手掛かりの男子生徒を探す。
「影がやたら薄いのに、何で先輩は気付いたんだ?」
 サダノブは教室内を見渡している。
「観察力と洞察力で見えるのかしらん?」
 白雪はそう言うと同時に、ハッと思い出してこんな事を言った。
「あのね、ある実験映像を黒影が面白いよって、前に観せてくれたのよ。バスケットをしているただの映像なんだけど、2回目にゴリラが実は通っているって言うのよ。其れから2回目を観たら、小さくもない大きなゴリラが通っていてびっくりしたの。普段見ている物を疑いそうになったわよ。見えないと思って探すんじゃなくて、見えると思ったら見えないかしらん?」
 と、黒影と観ていた実験映像の話をするのだ。
「えー、幾らなんでもゴリラですよ?見落す訳……あんれ~?」
 サダノブは笑おうとしたが、今迄誰もいなかったカーテンの端に、一人の男子生徒が何する訳でも無く、呆然と立っている事に気付いた。
 周りの生徒は巫山戯合い笑ったりしているのに、其の男子生徒は虐められている訳でも無く、ただ物の様に其処に配置された様にいるのだ。
「あのカーテンの隅っこ……きっと彼奴だ」
 そう言うなりサダノブは、走って其の男子生徒の元へ行く。
 風柳と白雪もサダノブが走った先を見て、見付けたと慌てて其の男子生徒の前に行く。
「あんまり近付かないで下さい。……空気が乱れます」
 其の男子生徒は言った。
「良いから俺達と来てくれないかっ!」
 サダノブは必死だったので腕を掴んだ。
「あの……痛いです」
 と、男子生徒は言うと、サダノブは力を未だ抜いていないのに、するりと腕を引き抜いた。
「お前……今、何をした?」
 サダノブは聞く。
「何も。空気が乱れるから整えただけです」
 と、男子生徒は答えた。無表情で、声の抑揚一つ無い。
 サダノブはタブレットを開き、
「じゃあ、名前だけでも教えてよ」
 聞いてみると隠すでも無く、
「多岐 幻矢。……最近良く聞かれるんですよ。如何せ皆、忘れてしまうのに。……答える意味、名前がある意味、在るんですかね……」
 と、多岐 幻矢は言った。
「そりゃあ、あるよ。無かったら呼び辛いじゃないか」
 風柳が言う。
「気付かれなきゃ呼ばれる事もありませんよ」
 そう多岐 幻矢は言う。
「人の事は嫌いじゃないんでしょう?」
 白雪が聞いてみると多岐 幻矢は、
「嫌いではないけれど、こんなんだから好きにもなれない」
 と、答えた。
「貴方を無理に連れて行こうとして御免なさい。でも、貴方の周りで貴方が知らない内に大変な事が起きているの。其れを知って欲しくて……」
 白雪は事情を少し話した。
「其れって、僕の人生に関係ありますか?」
 多岐 幻矢は無表情で聞く。
「関係、大有りだよ、多岐 幻矢」
 サダノブはタブレットを閉じたのにそう言った。
「今……名前、何で?」
 多岐 幻矢は薄らとだが笑みを零す。
「ずっと覚えていてやるよ。だから、今は付いて来てくれないか、幻矢」
 サダノブは少し離れても覚えている。
「本当!?……こんなに自分の名前を呼ばれたのは初めてだ。行くよ!そうしたら、友達に成ってくれるかい?」
 多岐 幻矢はその些細な事に随分と喜んだ。
「ああ、幻矢が良い奴だって分かったらな」
 と、サダノブは言って笑った。
「良し!じゃあ行くか!えっと……あー……」
 風柳はやはり忘れた様だ。
「多岐 幻矢です」
 多岐 幻矢はこの時、生まれて初めて思い出して欲しくて、自分から名乗った。
「そうだっ!幻矢君だなっ。また忘れても教えてくれ」
 風柳は車に向かい乍らそう言って笑った。

 自分に誰かが笑い掛けてくれる。
 消しゴムを落とさなくても……。

 ――――――――――――――――――
 風柳邸に付くと、多岐 幻矢は落ち着きなく辺りを見渡した。
「幻矢、如何した?落ち着かないのか?」
 サダノブが聞く。
「良い所だなぁーとは思うけれど、人の家って初めてなんだ」
 そう多岐 幻矢は言う。
「人に気付かれないってだけで、凄い損するんだなぁ」
 サダノブは思ったままに言う。
「ねぇ、サダノブは何で僕に気付いたの?」
 多岐 幻矢はすっかりサダノブに懐いているみたいだ。
「俺、人より野生の勘みたいなもんが強いらしい。だからかな?」
 と、答えた。
「えっと……幻……げ……あっ!幻矢君は何飲む?」
 白雪はサダノブが何回も呼ぶので、やっと少しずつ名前を覚えてきて聞いた。
「あっ……えっと、じゃあお茶で」
 サダノブが何を飲んでいるのか見て決めた様だ。
「……で、僕の人生に関わる話って何でしょう?」
 多岐 幻矢はサダノブと風柳に聞いた。
「幻矢はさあ、生まれてからずっと影が薄かったの?」
 サダノブが聞いた。
「おい、急に其れは失礼だよサダノブ」
 そう風柳は注意したが、多岐 幻矢は笑って、
「良いですよ。自分でも流石に思ってますから。昔は大人しいけど普通でしたよ。でも、うちの両親仲悪くて……いたくないなって思ったんですよ。でも、帰らなきゃご飯も食べれないし、空気みたいになれたらなぁーって始めは思っていただけだったんです。でも、学校に上がっても其の空気みたいにいるのが楽で、何となく人の視線から外れた所にいたり、声の掛け辛い位置に立っていたり……。気が付いたら其れが自然になっていて、直らなくなっていました」
 と、話すと最後には少し諦めた様な悲しい顔をしていた。

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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。