「黒影紳士」season2-10幕〜秋だって云うから〜 🎩第四章 火事と喧嘩は江戸の華って云うのに
――第4章 火事と喧嘩は江戸の華って云うのに――
「白雪、黒影から連絡があった。家の周りを警戒して欲しいらしい。……一緒に出るよ」
風柳がリビングでロイヤルミルクティーを飲んでいた白雪に声を掛ける。
「何?また事件?」
と、言い乍らも白雪は風柳に手を引かれて、家の周りを歩き出す。
「……何に注意すれば良いかぐらい伝えてくれれば良いのに……」
白雪は辺りを見渡す。
「注意するなら言うだろう?……目立つ物なんじゃないか?」
と、風柳も辺りを見渡した。
「あっ!あれよ、あれっ!」
白雪は家の裏の壁の外から立ち上る煙を見て言った。
「おいおいっ、未だ改築したばっかりだぞ!」
と、言い乍らも風柳が消防車を呼ぼうとした時だった。遠くから消防車の音が近付き、其れよりも先に涼子と穂がバイクで駆け付けた。
「風柳の旦那!先に呼んでおいたよ!」
急ブレーキで真っ赤なバイクを滑らす様に停めると、涼子が風柳に叫んだ。
「黒影さんから、監視カメラを見ておく様に頼まれたんです」
穂は黒いフルヘルメットを外し、黒髪を靡かせて説明する。
直ぐに消火活動に入り、不審なボヤ騒ぎも乾燥の所為でと、事無きを得たが、明らかに放火が原因であるのは間違いなかった。無かった筈の冊子が詰まれガソリンも少量ではあるが掛けられていた。
「二人共有難う。まあ、上がって。話を聞こう」
風柳はご近所にお詫びの菓子折りを持って廻ると、停車させたバイクの横にいた涼子と穂に上がる様にそう言った。
「あら、黒影の旦那の部屋で待ってたいんだけどねぇ」
と、涼子は相変わらずだが、
「リビングで我慢しなさいっ!」
白雪はそう言い乍ら不機嫌そうに番茶を出す。
「涼子さんてば、ほら……最近ジムにも黒影さん来なくなっていじけているんですよ」
穂は白雪特製のロイヤルミルクティーにほっこりした笑顔で言った。
「サダノブは未だ頑張っているんだって?」
と、風柳は穂に聞く。
「ええ、黒影さんに頼って欲しくて必死なんですよ。だから、風柳さんみたいに強くなりたいだなんて言い出して……」
穂は苦笑した。
「流石に、風柳さん並の怪力はポチじゃ無理よ」
と、白雪がクスクス笑う。
「私もある程度でと、言ってはいるんですよ」
穂もクスクス笑っていた。
「ああ……そうだ。其れで「昼顔の涼子」……あっ、否失礼。今は「たすかーる」の涼子さんだったね。其方の監視カメラで此方の放火した犯人は写っていましたか?」
と、風柳が聞くと、
「今更……何方の涼子でも構いませんよ。残念ながら、黒影の旦那から連絡があって直ぐ確認したけれど、放火した直後でね。目出し帽は被っていたし、バイクで先を越されちまったよ。ナンバーも登録無し。まあ、火が小さいうちに消えて良かった。此れを機に、防災セキュリティも搭載させるかねぇ」
涼子はそう言うなり紙を出して鉛筆を舐めると、誰も理解出来ない設計図をスラスラ書き始める。
「只今帰りました」
黒影とサダノブの声がする。
涼子は鉛筆を放り投げて一目散に玄関に走り、三つ指をついて、
「黒影の旦那、お待ちしておりましたよ」
と、にっこりして言い、立ち上がると黒影のコートを脱がせ様としたので、
「駄目ー!其れは私の仕事なのっ!」
と、白雪が涼子を後ろに引っ張る。
「ははっ……此のくらい一人で出来るよ」
黒影は珍しく二人の喧嘩を仲裁するでもなく、自分でコートと帽子を掛けるとリビングに向かう。
「……へぇ、此れは良いじゃないか。丁度欲しいと正にさっき思っていたんだよ」
黒影は涼子の書き掛けの設計図を見て理解し、言った。
「何よっ!二人だけ解る世界の会話しちゃって!」
そう言うと白雪は、黒影と涼子にプイッとして穂の隣に駆け込んだ。
「ただのお仕事ですよ。……其れはそうとサダノブさん。未だ此の放火事件続くのですか?」
白雪の柔らかい髪の毛を撫で乍ら、穂はサダノブを見て不安そうに聞いた。
「多分ね。流石にあの厳重セキュリティの「たすかーる」は予定に入って無いだろうから大丈夫だよ」
と、サダノブが言ったのだが、其れを聞いていた黒影が口を挟む。
「そう思いたいのは僕も山々なのだけどさ、涼子さんは昔から名の通った裏の人だったから、放火のターゲットにはならないだろうけど、穂さんは分からないよ。「たすかーる」にいる時は大丈夫かも知れない。だけど、あのシナリオが何時書かれた物か分からないとなると、僕の関係者と間違えられて狙われる恐れがある。……で、今日は珍しく、涼子さんも遊びに来てるんでしょう?」
と、黒影は言った。
「……やっぱり、話の早い漢は良いねぇ……」
涼子は頰杖を付いて、黒影を見上げる。
「えっ、そうなんですか?……一応「たすかーる」の製品を試したりしているので、普通の部屋よりは木造アパートの割にセキュリティは強いと思いますが……。問題は部屋じゃなく木造と言う建物ですよね?……火が相手だと回りが早過ぎます」
穂は少し困った顔をした。
「引っ越しとか、そろそろ考えないのですか?」
黒影は穂が刑を終えてから、ずっと変わらないボロアパートにいるのが、前から不思議でならなかった。サダノブも穂も他に引っ越し出来る程は働いて稼いでいる筈なのだから。
「初めて、サダノブさんと二人で探した所だから、あんなボロでも気に入っているんです。此処からサダノブさんと再スタートしたんだって思うと、元気が出るんです。其れに今は涼子さんがくれた美しい着物が飾ってあったり、あのボロを如何に綺麗に見せるかを考えるのが、サダノブさん観察の次の趣味みたいな物ですから」
黒影に穂はサダノブの顔を見て微笑み答えた。
「そうでした。穂さんは家庭的でいらっしゃいましたからね。きっと何処に居ても素敵な物を見付けるんでしょうね。……うちのゲストルームでもと思いましたが、サダノブを付けるので、其の方が安心でしょう」
黒影は少しでも二人でいさせて上げようと、気を遣ってそう提案する。
「まじっすか!先輩ー、神ーっ!」
サダノブは久々の二人きりがよっぽど嬉しいのか、黒影を賞賛した。
「神は大袈裟なんだよ、ポチ。腑抜けていないで、ちゃんと穂さんの番犬するんだぞ!」
調子に乗り過ぎる前に、黒影はサダノブに釘を打った。
「ちょいと黒影の旦那。幾ら二人が良いってたって、サダノブじゃ役不足じゃないかい?」
と、涼子は穂の心配をする。
「あれ?涼子さんそう言えば知らないんでしたね。あの犬、いざとなるとドーベルマン並み何ですよ、ああ見えて」
と、黒影は言って笑った。
「へぇ……そりゃあ、珍しい犬なんだろうねぇ」
涼子はサダノブをジローっと調べたそうに見ている。
「なっ、何も無いですよっ!」
と、涼子の視線にサダノブは慌てて言った。
――――――――――
「……えっと、燃えそうなもの……燃えそうなもの」
サダノブは、穂の部屋に着くなり、直ぐに新聞や燃えそうな物を押し入れに片付けた。
「……涼子さんの着物……綺麗だね」
サダノブは和風のタペストリーの様に着物掛けに飾られた正絹の着物を見て思わず言った。
夜風に吹かれてシルク独特の光や影が揺れている。
「……此れ、季節毎に涼子さんがくれるんですよ。目隠しにもなるし重宝するんです」
と、何時もの優しい笑顔で穂は話す。
「そうか……じゃあ、此れだけは仕舞わないでおこう」
流石に窓際は危ないので、部屋の内側に掛けて置く事にした。
窓からは丁度綺麗な月が見える。
「一杯、飲みますか?」
と、サダノブは穂に聞くと穂は、
「そう言うと思っていました」
と、冷蔵庫から冷えたグラスと、サダノブの好きなサファイアボンベと言うジンに、レモンを小皿に切り、盆に乗せて縁側に持って行った。一階なので小さな庭が付いていて、縁側も元々先住人が置いて行った物が其処に備え付けてあった。
「……あっ、でも放火犯が来たらバイクで追えないか……」
飲もうとしたグラスを一度置いたサダノブを見て穂が、
「其れなら、私が運転します。だから、偶には寛いで行って下さい」
と、にっこり微笑む。
「俺、皆んなからしたら何の取り柄も無いのに、穂さんは本当に誰にでも優しいんですね」
サダノブはボーッと月を見上げて言った。
月に照らされると、サダノブの瞳は何時も色素が薄いので、綺麗な黄金色に成る。
「劣等感って物ですか?」
サダノブに寄り添う様に隣りに座り、穂は聞いた。
「……多分、其れかな」
良くも悪くも素直なサダノブは、曖昧さも曖昧なまま言ってしまう。
「……黒影さんに無い物がサダノブさんにあるから、あんなに必要とされるんじゃないですか?きっと事務員なんて口実で、一緒に戦って欲しいんですよ。サダノブさん気付いていました?黒影さんは冷静で色々疑って、運動能力で言えばジャンプ力と瞬発力があるんです。……で、サダノブさんは熱量が高くて、何も疑わず素直で、何よりすばしっこい速さと行動力があるんです。一人じゃ限界があっても二人だと倍の事が出来る。だから……良いんです。だから、現場に何時も連れて行くんじゃないんですかね?」
と、穂は二人を分析して言った。
「其れ……信じても良いかなぁ」
サダノブはボソッと月を見た儘、クイッとジンを飲み干した。
「ええ、必然的ですから」
そう言って穂は笑うと、空いたグラスに新しいジンを入れ、檸檬を少しだけ搾りサダノブに手渡した。
「穂さん……」
急にサダノブが穂を呼んだ。
「あっ、はい」
穂はお団子を持ってくる途中で呼ばれて止まる。
「あの着物、羽織って見せて」
そう言うと、サダノブは振り返り穂を見て微笑んだ。
「似合うかしら?」
照れくさそうに言い乍ら、お団子を置きに縁側に来ると、
「未だ見ないで下さいね」
そう言って穂はサダノブの後ろで羽織っている様なので、サダノブは楽しそうに、
「はーい」
と、言って笑った。横にすっとまた穂が帰って来た気配がする。
「如何ですかね?」
と、目を開けると照れ乍らちょこんと座る穂がいる。
「やばいっ!凄い綺麗ーっ!俺、幸せ者過ぎるかもっ!」
サダノブは感激して言った。
「花より、団子より、月より一番良いっ!」
そう言うと、幸せそうにジンを飲んだ。
きっと照れ隠しに飲んだんだわと思ったけれど、穂はクスクス笑い乍らサダノブの肩に頭をそっと休ませる。
サダノブはびっくりして少し肩を揺らしたけれど、慣れるとまた月を見上げそっと穂の手の上に優しく自分の手を重ね、何食わぬ顔でジンを飲んでいる。
……二人を照らす名月よりも、貴方の瞳の中だけにある、其の月だけを眺めていたい……
――――――――――――――
「火事だっ!」
誰かが叫んだ。廊下の方だ。燃えそうな物は閉まったのにっ!
サダノブは穂の両肩を大事そうに持って起こすと、
「行ってくる。待ってて」
そう言って走って声のした廊下へ出た。
何処かの部屋が新聞回収用に廊下へ出していた束が燃えている。
サダノブは辺りを見渡し、消化器の閉まってあるガラスを割り取り出した。
「皆、下がって!消防車お願いします!後、一応寝ている人も起こして、外に避難させて下さい!」
「あっ、ああ分かった!」
其処にいた数人は散り散りになり、他の部屋に声を掛ける。
「穂さんも、外へっ!」
部屋から少しドアを開けて様子を見ていた穂は、其の言葉を聞きアパートの外ではなく、サダノブの後ろに駆け寄った。
「穂さん、逆だ。先に行って、後から行くから!」
と、言って、サダノブはセーフティピンを外して消火栓を向けた。
「嫌です!貴方だけがいない世界なんていたくありません!」
穂は意地でも逃げてはくれない様だ。
「分かった。消して俺等も逃げる!」
サダノブは説得出来そうも無いと、消火栓を摘んだ。然し、古いのか火を消すには消化剤が足りない。
「穂さん……少しだけ後ろに」
……一か八か……やるしかないっ!……
サダノブは床に手を付き集中する。
夢で出来るなら、あれは脳内で出来たと言う事。
引き摺り出す物さえ在れば……そうだ。
其の時、黒影の姿が一瞬脳裏に浮かんだ。
……影だ。
立ち昇る炎……自分の……影に。
炎が一瞬にして新聞紙の束からサダノブの周囲に移動した。
「いやぁああ――!サダノブさぁーんっ!」
其れを見ていた穂は、炎に包まれたサダノブに絶叫し近寄ろうとする。
「穂さん、ちゃんと待っててよ」
そう言ってふと笑うと、サダノブは焼け痛む腕を地に付き、バリバリ……バキバキと言う轟音を立てた。
サダノブの影から立ち昇る炎が氷になって固まって行く。
……やばい……近過ぎる!……
……先輩……来てくれるかな?……遠くなる意識でそう思っていた。体を囲う全てが凍って行く
……寒い……また凍えてしまう……
もう瞼も固まり掛け重くなった頃、金色のサダノブの瞳の中に真っ黒な影が揺ら揺ら此方へ来るのが映った。
「サダノブ!しっかりしろ、おいっ!」
……幻聴だろうか……先輩の声が聞こえる。
「馬鹿かっ!影はこうやって使うんだよっ!」
……あれ……嫌だな……また怒ってる……
サダノブの視界が真っ暗になった。
……俺、死んだのか?……
何も見えない……穂さん……もっと色々話したかった
色んな所へツーリング行って……沢山笑って……
……俺、何処へ行けば良いんだろう
……何も見えないよ……
「何時迄泣いている」
……此処は?……知っている……あの予知夢の画廊だ。
予知夢の絵の前で先輩が立っている。
「見てみろ、お前だ」
黒影は、予知の絵を見せた。凍って固まった自分がいる。
「此処なら何れ氷も溶ける。今は感覚が無い様だが、熱さを感じたら出るぞ」
と、淡々と何時もの様に説明した。
「えっ?此処、夢ですよね?俺、予知通り死んだんですよね?」
サダノブは黒影に聞く。
「やっぱりお前は馬鹿だな、ポチ。此の予知を見たから助けに来てやっている!此処は本当の夢じゃない。夢と同じ状況を作り上げた偽物の影の中だ。……でも、油断するな。此処の炎も本物と同じだ。長く居れば夢と同じで焼け死ぬぞ。如何だ?少しは動けるか?」
手先や足先からじわじわと水が滴る。何とか動ける!
「先輩、動けますっ!」
サダノブは急く様に言った。
「よしっ!絵に触れて帰るぞっ!」
未だ動きの鈍いサダノブの腕を引いて、黒影は予知の絵に押し付けた。
……腕があれば、幾らでもまた助けてやる……
あの時の言葉は、本当だったんだ。
――――――――――――――
「穂さん、もう大丈夫だ。凍傷になったかも知れない。一応、救急車を一台呼んでくれ」
黒影は現実に戻ると、直ぐにそう穂に言った。
「有難う御座います!来てくれて……直ぐ、呼びます!」
穂は泣き乍ら救急車を呼ぶ。
「風柳さん、此れからサダノブを病院へ移送します。火事で凍傷を起こし掛けている。警察は能力者対応の者を寄越して欲しい。お願いします」
黒影は一部の能力者を知る警察の者を事情聴取に寄越す様、風柳に伝えた。
救急車が来ると、
「おい、サダノブ、バイク借りるぞ」
そう言って返事も聞かず、黒影は事情聴取に立ち会う為、救急車の後をバイクで追随した。
「……サダノブさん……」
穂が不安そうにサダノブを見ている。
「言ったでしょう?やっぱり先輩は凄いんだって」
サダノブは小さく笑う。
「はい。でも、サダノブさんも頑張りました。凄いですっ!」
涙目で穂は言った。
「穂さん……泣かしたから、未だ未だですね」
サダノブは苦笑する。
「……ねえ、やっぱり一番綺麗だ……」
そう言って微かに微笑むと、ゆっくり目を閉じる。
「……サッ、サダノブさん?!」
穂は一瞬不安になったが救急隊員が、
「大丈夫です。凍傷の痛みで少し疲れたんでしょう」
と、言う。
……凍傷で焼けた手は触れる事も出来ない。さっきまで触れていたのに。ガーゼと毛布の上からは貴方を温める事も出来ない。本当に劣等感を抱くべきは私の方でした。だから今は此の如何しようも無い私に側にいさせて下さい。……
――――――――――――――
「痛い、痛いですって!」
黒影が朝っぱらからサダノブを追い掛けては遊んでいる。
「やっと、僕の痛みが分かっただろう?」
以前サダノブに腕を凍傷にされた黒影は、にやにや笑い乍ら態とツンツンして一々呼ぶ。
「風柳さぁーん、何とか言って下さいよぉー!」
と、サダノブは風柳に泣き付く。
「そう言ってもなぁ。黒影の凍傷の腕が治らないまま、サダノブは性懲りも無く落ちて助けられたんだから、我慢するしかないなっ」
と、どっちもどっちだと特に救いの手は出さない。
「黒影はそんなに痛い、痛いって言わなかったわよ、情けない」
白雪がサダノブに言う。
「いや、絶対先輩の痛覚おかしいですって!」
と、サダノブは逃げ回っている。
「あっ!穂さんじゃないか?」
バイクの音を聞いた黒影が、追い掛けっこを止めてサダノブに言う。
「えっ!穂さんっ?!」
相変わらずサダノブは穂さんのバイクの音に気付かないらしい。
「穂さぁーんっ!」
ダッシュでサダノブは玄関を開けて迎えた。
「あ……ポチが飼い主の元に戻った」
と、黒影はクスクス笑い乍ら、椅子に座り珈琲を飲む。
――――――――
「あれから部屋は大丈夫ですか?」
風柳が心配して穂に聞いた。
「其れが、やっと工事が終わって見てみたら……綺麗過ぎて、何だか未だ落ち着かないのです。慣れたら今の方が良いのでしょうけど、急に便利になり過ぎちゃって」
と、穂は苦笑する。
「穂さん、風呂の自動追い焚き機知らなかったんですよ」
サダノブは改装後に直ぐに遊びに行った時を思い出し、笑い乍ら言う。
「私も落ち着いたら行っても良い?」
白雪が穂に聞いた。
「ええ、勿論。飾りっ気も何も無いところですが」
と、穂は嬉しそうに答える。
「……で、先日の物出来ましたか?」
黒影は別に気になる話がある様だ。
「もう、折角色んな話したかったのにー」
白雪は黒影が仕事の話をするのだと分かって文句を言う。
「直ぐ終わるから」
黒影は白雪と穂に申し訳無さそうに言った。
「お陰様で、先日の防犯センサー付きの監視カメラ、出来上がりましたよ。今回は設計のヒントも貰ったし、ジムの勝負に負けたのもあって、涼子さんからプレゼントだそうです」
穂はそう言い乍ら、鞄から箱を五箱出した。黒影はよっぽど楽しみにしていたのか、一箱受け取るなり中身を出して角度を変え乍ら眺めては目を輝かせている。
「……まるで、玩具を与えられた少年みたいね」
白雪は黒影の様子を見て例えた。
黒影はそう言われても気にせず、ノートパソコンに繋いで画像チェックし、スマホにアプリもダウンロードしてキッチンに持って行く。
「どのくらいの火から感知しますかね?」
キッチンから穂に其の儘話し掛ける。
「油が引火するぐらいですかね」
と、穂が言ったので黒影は並々と油を鍋に入れ、火を点けて放置する。
「ちょっ、黒影、家の中では止めなさいっ!」
風柳は慌てて黒影が何を仕出かすか分かったので止めた。
「えっ?駄目ですか?……じゃあ、庭で」
と、キッチンからひょこり顔を出すと黒影はそう言って、火を止めると鍋を其の儘庭に持って行き焚き火を組むと温め直し、鍋にマッチを放り投げて引火させる。挙句には氷まで持って行き放り投げて、庭でプチキャンプファイヤーをやらかしている。
「あっ!全く……直ぐこうだ……」
風柳は其れを見て頭を抱えた。
黒影は消火器で火を止めると、白くなった手でバタバタと器用に肘で玄関を開けて、入るなり手を洗う。
「あのな、火災実験を家でやるなと何時も……」
そんな風柳の注意も最後まで聞かずに黒影は、
「ちゃんと片付けますよ」
と、言ってまた葱々と庭に出て片付けて帰って来た。やっと風柳がホッとしていると、
「硝子、何処で割って良いですか?」
黒影が楽しそうに聞いたので風柳は慌てて、
「分かった!警察で使えそうな場所を頼むから、家でやるなっ、なっ?」
と、説得する。
「そうですか……。直ぐ確かめたかったんですが……」
と、黒影は明から様にしょんぼりする。此れは目を離した隙に実験し兼ねないと気付いた風柳は、
「明日、そうだ明日には確かめられる!ちょっとだ。一日寝たら直ぐだ!」
と、冷や汗を掻き乍ら言った。
「……明日か。まあ、良いでしょう」
黒影はやっと落ち着いて納得してくれた様だ。
「じゃあ、感想は明日と、涼子さんにお伝え下さい。薄灰色ではなく、黒煙に変わった瞬間に察知するんですね。煙草の煙と間違えなくてなかなか良い物だ。明日花火や化学薬品とガソリンでも試してみますよ」
と、黒影は満足そうに穂に言ったのだが、其れを聞いた風柳は顔面蒼白になる一方であった。
――――――――
「さてと……取り敢えずこんなもんか」
黒影は実験用2台は取っておき、残りの3台を死角になりそうな場所に取り付け満足そうだ。
「此処のセキュリティ、尋常じゃ無くなってません?」
と、思わずサダノブが言った。
「否、足りないぐらいだ。仕事中白雪を振り回す訳にもいかないからな」
黒影がそう言ったので、サダノブは黒影の白雪への過保護っぷりにドン引きする。
「……何だ其の顔は。別に其れだけじゃないよ。僕が扱う事件は凶悪事件か偶にFBIからの国際的な事件もあるからね。狙われるのが当然だし、情報を取られる事は死を意味する。サダノブは未だ有名人じゃないが、何れ其の道を行く。穂さんの方がよっぽど理解しているんじゃないか?」
と、黒影はサダノブに話す。
「だから先輩は今迄一人で?」
そうサダノブが聞くと、黒影は少し考えてから、
「今は違う。ただ、お前か僕の何方かが死んだら、何方かは一人で戦うんだろうな。だから、生きているだけで良い。其れに、今は力を貸してくれる仲間がいる。だから全く昔とは違う」
そう答えると幸せそうに笑った。
――――――――
「今日も不審火か……」
風柳が新聞を読み乍ら翌朝言った。
「一日で三件。……僕の寝ている間に、か」
黒影は慎重な面持ちでそう言い、ダミーの言葉を思い出していた。
「全部深夜……やっぱり先輩に見破られない様に意識しているんですよね?」
サダノブが聞くと、
「ああ、間違いない。時夢来で追跡出来れば良いのだが、窃盗と放火には殺意が無い。予知夢でも殺意が無い事件は見る事が出来無い。……全く盲点ばかりだ。此の儘やられっぱなしでは勘に触る。先にダミーのシナリオを回収したいところだが、ダミーの事だから転々と隠して置くに違いない」
黒影は悔しそうに話す。
「ダミーは覚えていませんかね?」
サダノブが聞いた。其の時だ……ふと、黒影の脳裏に可能性の線が一本浮上する。
「サダノブ……お前、本人が忘れていても潜在意識にある記憶なら見えたりしないか?」
と、黒影は聞いた。
「えっ?潜在意識の記憶ですか?……如何でしょう。やってみた事が無いから分からないですけど、夢が見れるからやってみる価値はあるかも知れませんね」
サダノブはぼんやり考え乍ら答えた。
「何が出来て、何が出来ないのか把握しておくのは大事な事だ。いざと言う時の判断の決定打になる。今は他に出来ないなら、やってみるべきだな。新しい防犯センサー付きの監視カメラの実験が終わったら、寄ってみよう」
そう黒影は提案する。
「ええ、構いませんけど……」
サダノブは珍しく歯切れの悪い返事する。
「如何した?確か此の間ダミーと面会した時も、あまり話さなかったな」
あまりにもダミーに対して苦手意識が垣間見れるサダノブに、黒影は理由を聞いた。
「……何で、彼奴がもう話せるのかが不思議なんですよ。あんなに大人数の憎悪を味わった筈なのに。俺なんか、今も思い出したくないくらいなのに、憎悪が減ったなんて考えられなくて……」
そうサダノブは答えた。黒影は、
「生きている人間たちの憎悪では無いからかも知れんな。逮捕されただけで未練が終わった者もいるだろうし、一度死んでしまえば執着が薄れて留まれないものかも知れない。それこそ、霊媒師でも坊さんでも無いから分からんがな。サダノブがより濃く鮮明に覚えてしまっているのは、生きているからだ。生きている人間は良い記憶よりも嫌な記憶を覚えて残してしまう。そう思うと、あまり強い憎悪はサダノブの記憶には毒になるかも知れないな」
と、話した。
……何かを得ると何かを失う。
そんな言葉は嫌いだった。
けれど、知れば知る程、其れは因果応報と言うもので、必然だと言う事に思い至る。
何かを得るのに何も失わないのは、奪い取る行為に限りなく近いと思えたからだ。
命を奪い得て、失う物が無いのならば、此の世に罪も罰も存在しない。其れは、正義が存在しないのと同じだ。
何か人より出来る事があれば、其の代償もある。
羨ましく思う前に、自分の出来る事を確認してから誰かと比べれば、個体差の無い人間なんて、殆どいない事に気付く。
……気付いてしまったんだ。
ダミーと出会ったあの日に。犯罪者の思考を読む時、俺は確かに傷付いていると……。
「……嫌なら構わない。無理強いをするつもりはない。すまなかった。他の方法を考える」
サダノブの顔が優れないのを気にした黒影は、違う戦略を考え始めた。
「あの、出来る事か出来ない事か……分かっておくのはやっぱり大事だと俺も思うんで、やるだけやってみます!」
きっと黒影の事だから、本当に違う戦略を捻り出してもおかしくはないが、放火の早さからあまりのんびりしていられないのも分かる。
考え始めた黒影は、其のサダノブの言葉に、
「お前、まだ病み上がりじゃないか。気にするなと言っている。他に策を出せない程無能では無いんだが」
と、眉を顰めて不機嫌そうに言った。サダノブは慌てて、
「そりゃあ先輩なら湧く程策が出て来るのは分かってますよ。気にする気にしないじゃなくて。滅多に試せる訳じゃないって……試すチャンス逃したら勿体ないなって思っただけですよ」
サダノブは身振り手振りで言う。
……結局、言い訳したいだけじゃないか……と、黒影はサダノブの挙動で分かるのだが、
「分かった。……但し、無理だと判断したら止めるからな」
そう言って珈琲を飲み干すと、無言でコートと帽子を取り颯爽と外に出た。
「あーあ、サダノブが無理しようとしてるから、黒影ったら完璧に怒ってるわよ」
白雪がサダノブの顔を覗き込んで言う。
「……みたいですね。何か、機嫌良くなる方法ないっすか?」
サダノブは白雪に聞いた。
「……彼処迄行くと無いわね。まあ、精々地獄へドライブに行ってらっしゃーい!」
そう白雪はニコニコして手を振るのだ。やっぱり社用車か……と、サダノブは落胆し乍ら風柳に、
「いっ、行ってきまーす。」
と、元気なく言うのだが、風柳は気にしないと言わんばかりに、
「おっ、仲良く気を付けてな」
と、何時も通りの優しい笑顔で「仲良く」を強調して言うのだ。
🔸次の↓season2-10 第五章へ↓
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。