引く?寄る?…that is the question.
昨日、坂出演技会の動画を公開しましたが、その動画を見た視聴者の方から、「何年か前までは、こういう近い映像って殆ど無かったんですよね。低い位置からの近い映像を見ると迫力が違います。」というコメントをいただきました。
そう言われてみると、そうです。記憶を探ってみると、「試合映像」でクローズアップのものは、ほぼ存在しないといっても過言ではないでしょう。例外的に、テレビ出演や演技会・エキシビションの「寄り」の映像が存在します。日高さんらの代の青森大学団体がTV番組に出演した時、男子新体操の映像としてはかなりクローズアップの映像が全国に流れました(すごい迫力でした!)。
花園大学 ロシア遠征での「寄り」映像
テレビの撮影を、筆者はロシアで経験しました。
マットの上にまでカメラマンが上がりこみ、超至近距離で、それこそ舐めるように選手の動き・表情を追っていきます(天井のクレーンカメラもあり、全部で8台のカメラだったと思います)。
あの距離で撮影されるに耐える新体操のレベルというのもあるような気がしますが、もちろんロシア遠征メンバーの演技はご覧の通り素晴らしく、非常に興味深い映像となっています。特に、大学では個人選手として全日本チャンピオンとなった小川晃平さんが団体演技をしているという点、井原高校の演技を大学生の強豪チームが演じたという点からも貴重であり、映像として残されたことは幸運でした(ロシアのTV局は日本でいうとNHKに相当するような国営テレビ局でしたが、クレジットさえ入れてくれればSNSで共有しても構わない、というスタンスでした)。
国士舘大学の「寄り」映像
国士舘大学のドイツ遠征「GymMotionツアー」では、地元のテレビ局が取材に入っていました(その日のTeam Kokushikanはノーミスの素晴らしい演技を披露)。その映像の一部がこちらです。
この近さで団体を撮影することは、通常の試合ですとほぼあり得ません。私たち応援!男子新体操では「顔追い」と呼んでいますが、複数のスタッフが撮影に入っていて、正面からの映像が確保できており、なおかつフロアサイド至近距離からの撮影が許される状況でないと、こういった映像は撮れません。
過去に、国士舘大学の100年祭で「顔追い」映像を撮ったことがあります。
この時は、撮影スタッフが3名。背後からも撮影するという、試合ではあり得ない撮影ができました。伏臥の振動、選手の呼吸、柔軟の時に大きく動いている選手の腹部(体がどれだけ酸素を肺に送りこもうとしているか)、落下してくる何十キロもの人間をキャッチする衝撃、ユニフォームの細部のデザイン、観客の反応などなど…
引きの映像ではわからないことが、顔追い映像によって明らかになります。実際、この映像は1.8万回以上視聴されており、応援!男子新体操の人気映像の一つとなっています。
どうやら、一般の視聴者は「引き」よりも「寄り」の映像を好むのではないか…という気がしてなりません。
井原高校の例
さらに、もう一つ決定的なデータが存在します。2019年の井原高校の動画です。「引き」と「寄り」の2本をほぼ同時にアップしました。現在、「寄り」が31万回、「引き」が8万回再生という数字です。
↓こちらが「寄り」の映像
撮影秘話をちょっと明かしますと、この時の撮影の恐怖は、一生忘れないでしょう。汗だくになって全力で演技する彼らに「撮影失敗しましたので、もう一度」などと言えるわけがないと思いました。この、男子新体操史に残るであろう傑作を、誰かが世界に広めなくてはいけない、という使命感のようなものもありました。撮影現場は、まさに真剣勝負の雰囲気が漂っていました。もちろん、試合本番には及ぶべくもないでしょうが、長田監督・選手たちの気合いが、2階の手すり越しに撮影していた筆者にもビンビン伝わってくるような現場でした。
長田監督は片手に小さなベル(レストランのテーブルに置いてあるような銀色の丸いベル)を持ち歩いていて、選手の演技に気になる点があると、「チーン!」とそのベルを鳴らし、中断させるのです。ある時には、演技が始まってからわずか3秒後、5人の選手が足を真上にピン!と上げた瞬間に「チーン!」
監督曰く、「弱い。」とのことでした。
あの冒頭の印象的なポーズ。5人が揃って足を真上にあげるという、その動作一つに観客を圧倒する「強さ」を求める井原高校の演技。
さすがだと唸ったのは、それに対するキャプテン有田君らメンバーの反応です。チーン!と止められた時の彼らの反応。うんざりするような表情が出ても無理もないと、大人の私が思うほどの暑さと反復。しかし有田キャプテンは、「自分たちにやれることを出せなかったら、もったいない」と言って、再びマットに上がっていくのです。
おそらく彼らは、「これが世界中で見られることになる演技だから」と考えていたわけではないと思います。そうではなくて、自分達が膨大な時間とエネルギーをかけて作り上げてきた団体演技を、ベストの形で見てもらいたい、妥協はしたくない…という一心だったのではないでしょうか。そしてそれは井原に限らず、どのチームも共通して持っている心理のように思います。
試合の撮影でも、あんなに緊張したことはありません。いくら団体の引きの映像でも、多少はズームするのが普通なのですが、緊張しすぎた結果、まったく「寄れ」ませんでした…。(この時は助っ人Nさんのおかげでフロアサイドからの「寄り」も撮ってもらえました)
↓こちらが「引き」の映像
「引き」?「寄り」?
「引きで団体を見たい」、「映像の切り替えをしないで」という要望はコンスタントにあるのですが、YouTubeの数字はそれを裏切っているように感じられます。これは推測ですが、「引き・切り替えナシ・正面」という希望は、この競技に馴染みのある関係者・選手・ディープなファンに多いような気がします。一方、YouTubeの視聴者の大部分を占める、男子新体操というスポーツを全く知らない人々にとっては、寄りの映像のほうが面白いんじゃないか。
私たち「応援!男子新体操」の最大の目的は、男子新体操を知らない人にこのスポーツの魅力に気づいてもらうことです。すでにファンになっている人や関係者は、「公式映像を買う」という手段を持っています。大会主催者が販売するビデオを購入すれば、「引き・切り替えナシ・正面」の映像はたっぷり堪能できるわけです。一番いいのは、「引き」と「寄り」を両方提供することですが、取材コストを考えると、なかなか難しい点も…
…というようなことをいろいろ考えた結果、状況が許す限り、今後も「寄り」「ナナメ」等の映像に挑戦していきたいと思っています。あたたかく見守っていただければ幸いです。
※選手・チームからの希望は、何にもまして最優先されます!「寄り・ナナメ」はちょっと…という希望はいつでもどうぞ。