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<その5>水路のオカメインコ 下(救出編)
「鳥を探しているの?」
私が車に近づいていくと、おじさまはすぐに運転席の窓を下げてくださり、私にそうおっしゃいました。
実は私はその時、「鳥捜索中」と書いた、罰ゲームみたいな腕章をしていました。これを着けるのは自分でも恥ずかしいのですが、早朝に住宅街をうろうろしたりすると不安に思う方がおられるかもしれないので、自分が不審な行動をする理由を言わなくてもある程度分かってもらうための手段として、捜索の時はなるべくするようにしているのです(※1)。
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この腕章に気がついたおじさまに、そのように話しかけられて、これは話が早いと思った私は、水路の方を指さして、「あそこに鳥が落ちていて、私はその鳥を引き上げたいんです!」と言いました。すると、おじさまは車からすぐに降りてきてくださいました。
おじさまは鳥さんのほうに目をやって、姿を確認して「あの鳥?」と聞きました。「えーと、私がもともと探していた鳥さんじゃないんですけど、たまたま別の迷子さんを見つけたので助けたいんです。」私がしどろもどろに言うと、おじさまはけげんな顔をしておられました。そりゃそうですよね。迷子になった鳥を探していて全く別の、未知の迷子の鳥に遭遇する確率ってどれぐらいなんでしょうか…。
私はおじさまに、「私、なんとか水路に降りるので、見ていてくださいますか?」と言いました。しかしおじさまは、鳥さんの状況を再度じっくり見て確認すると、「自分が行きますよ。うーんと、これは、ロープがいるな、あと長靴がいるな」とつぶやくようにおっしゃいました。そして、臨時駐車場の片隅にあった、資材置き場の中からロープ(偶然その⑨)を見つけ出して、「これが使えるな」とおっしゃりました(※2)。
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「あなたは鳥を見てて」とおじさまはおっしゃり、車の方に戻っていかれました。私は素直にオカメさんを見ていたので、おじさまが車で何をしているのかは分かりませんでしたが、おそらくこの時に車の中から長靴を取り出して履き替えたのだと思われます。
ちなみにオカメさんを襲ったカラスさんは、この時にはまだ私たちの様子を遠くからじっと見ていて、そのうち、知らぬ間にどこかにいなくなっていました(※3)。
おじさまは車から戻ってくると、ロープを手に取って、オカメさんがいるほうの岸に渡っていきました。おじさまが、水路脇の斜面を進みながら、「降りられるけどどうやって捕まえたらいいのかな。自分に捕まえられるかな?」とおっしゃるので、「弱ってるので両手ですくうようにすれば簡単に捕まえられると思います」とお伝えしました。
「あなたがいるらへんに鳥がいるの?」と、ある程度斜面を進んだおじさまから、聞かれました。おじさまの位置からはオカメさんが見えないのです。「そうです、ここです」と、私は鳥さんの位置をジェスチャーを交えてお伝えしました。するとおじさまはロープを結び始めました。
「ちょっとあなた、この結び方を見てなさい!」
おじさまは急に私の方に顔をあげて、救助に使えるロープの結び方をレクチャーし始めました。
「今後のために覚えておくんだよ!ホテルニュージャパン(※4)の時もこの結び方だったの!」
「あー、火災の」
「そうそれそれ」
てゆうか、なんでそんな結び方をご存じの方がたまたまここに!?(@_@)
(偶然その⑩)
おじさまは慣れた手つきでロープでわっかをたくさんつくり、私にはよく分からないプロフェッショナルな結び方で、あっという間にロープのかたちを整えました。そして、近くの木にもロープを結びつけました。その木の幹はそれほど太くなかったので、おじさまが水路のほうに降り始めると、木がしなって、私はドキドキしました。
降りながら、「俺が死んだら埋めといてね」とおじさまは笑っておっしゃいました。
「そんなことになったら私が賠償金払います~(T_T)」と私は対岸から応えました。
「お金はいいから埋めて!」と言いながら、おじさまはオカメさんの脇に颯爽と降り立ちました。
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✨神✨はご降臨された
(これまた後日撮影したもの。
怪しい人影が…)
オカメさんはあっさりとおじさまの両手の中に包まれました。オカメさんによって両手をふさがれてしまって、おじさまがどうやってここから登ろうかなと思案している様子が伝わってきたので、私は、「私がそっち岸に行ってオカメさんを受け取ります」と言って、向こう岸に渡ろうと走っていきました。しかし、どうやって渡ったらいいのか分からずモタモタ…。保護活動なんて偉そうにやってても基本どんくさい自分を呪ってるうちに、おじさまが戻っていらっしゃいました。
「あれ?」と思ったら、おじさまは胸の中にオカメさんを入れて、作業着のジッパーをしめて、ハンズフリー状態になっていました。さすがは✨神✨
私は自転車に戻って、急いで洗濯ネットを出しました。その日、私はプラケースを持っておらず、洗濯ネットと折り畳み式のメッシュでできた虫かごしか持っていませんでした。洗濯ネットは身体にまとわりつくだろうし、虫かごは、セキセイさんや文鳥さんなら大丈夫だけど、オカメさんには狭いです。しかし、これを使う以外にありません。
洗濯ネットを開けると、おじさまが胸の中からオカメさんを取り出しました。オカメさんはぐったりとしていたわけではないですが、全然鳴いていませんでした。私はとりあえず洗濯ネットのほうにオカメさんを入れました。
さて、私の家までの運搬はどうしましょう。このまま自転車の前かごに入れるか、洗濯ネットではなくて虫かごに入れ直すかで悩みました。
すると、おじさまが、「ネットごと虫かごに入れちゃえば」と提案してくださいました。
ネットに包まれたままでは不快だろうし、メッシュの虫かごもオカメさんからしたら小さめですが、身体が固定されるので、怪我をしてる時はそのほうがむしろいいと気がつき、おっしゃる通りにすることにしました。
オカメさんを受け取ってから、おじさまの作業着の胸元に、数滴ではなく、結構な量の血がついてしまっていることに気が付きました。
「血がついてしまいました。すみません。必ずお礼しますから名刺を下さい」と私は頼み込みました。
おじさまは「お礼なんていらないよ」とおっしゃいましたが、私が無理を言って仕事用のお名刺をいただくことに成功しました(※5)。
私のほうは、保護活動用に一応作ってある(といっても100円ショップの名刺用紙に家のプリンタで印刷しただけの)名刺を渡しました。
「本当にありがとうございました」という私に、おじさまは、「鳥だけに、とりあえず、早く家に戻ったら?」とおっしゃいました。
(°д°)!
か、神が何かおっしゃっている!
・・・とりあえず、一刻も早く、暖かく安全な場所にオカメさんを連れて行かねばならないことは確かですので、✨神✨に従って、一言も発しないオカメさんを前かごに載せて、お礼もそこそこに、自宅に戻ることにしました。
おじさまの胸元についた血の量からも察するに、出血が多いのが大変気がかりでしたが、こんなふうにして親切な方に助けていただいたのだから、この子を絶対に死なせてはいけないと思いました。
☆
※1 早朝の場合はご近所様へご迷惑をおかけしないように、個人宅しかない路地などにはなるべくは入らないようにしてはいますが、鳴き声を流したり、キョロキョロしたりすることもありますので、その行動の言い訳のようなつもりで腕章をしています。
おじさまは、「あの腕章してる人、何やってるんだろう」と気になって私を見ていたらしいので、腕章が私とおじさまを結び付けたとも言えます。恥ずかしいけど今後も腕章はなるべくし続けようと思いました。
※2 工事資材の管理者様、10分程度とはいえ、ロープをお借りして申し訳ありませんでしたm(_ _)m 責任はすべて私にあります。
※3 ついでに書いておくと、カラスさんは最初から最後まで、終始無言でした。襲っている時からずーーーっと、一言も発していませんでした。
※4 1982年2月に大規模な火災が起きたホテルの名前です。こういうことを知っていることで私のだいたいの年齢がバレてしまうではないか。・・・と言ってもリアルタイムでは知りませんよ(`・ω・´)
ちなみに私はその時見せていただいたロープの結び方を、既に忘れてしまいました。覚えておけと言われても一回じゃ覚えられないです(:_;)
※5 おじさまには、後日、私からの御礼のお菓子と、後に判明した飼い主様からいただいた御礼品の一部をお持ちいたしました。
お渡しの際に再度現場に寄ったのですが、その日の水路の水量は、当日の水量より多くて、水路内に水がない場所が存在していませんでした。もし当日の水量がこのぐらいあったら、オカメさんは救出前に流されてしまっただろうと思います。この子はとことんラッキーなオカメさんでした。
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