2021年5月10日 秋葉原で拾った手
東京都千代田区・秋葉原駅近くに自動販売機の集合した区画があり、敷地内に密集した自販機の全てに、黄色を基調とした紙へマジックペンのパワフルな筆致で書かれたポップが商品ひとつひとつを宣伝する様や、本来ジュースの収まるスペースにカブトムシの模型などが陳列された様子は、単なる販売所と言うより一人の人間の住まい、もしくは脳内を訪れたような感覚に陥る。
通勤に使う道の途上にあったので頻繁に通っていたのだが、ある朝その区画内にプラスチック製の手が落ちているのを見かけ、夜にまた通るとまだ落ちていたので拾った。
なお、女性の右手だった。
帰宅してから外す何かを掛けるのにちょうど良いと考えたのだが、指輪はしたことがなく、腕時計は重量で転倒しそうだ、と自然マスク掛けに使用することとなった。親指のところへ。
この打ち捨てられたプラ製の手も、アクリル板やアクリル板立てのブックエンド、ウーバーイーツやズーム・スカイプ・チームスなどが恩恵を受けたコロナ特需に与って余生を過ごす事になったとも言える。
コロナが一旦落ち着いた現在は玄関から居間の奥にある棚の上に陳列し何も引っかけてはいない。
【手オブジェにまつわる、自分は何もせずただラジオを聴いた話】
ラジオ聴取が趣味の自分だが、すでに深夜ラジオを徹夜して聴ける年齢にも生活形態にもいない。
ラジオはAMに限る。FMは「マドンナ」を「マダーナ」と発音するし、m-floだってあいつらときたら「エム・フロウ」ではなく「エン・フラウ」などと言ってのけるから…
深夜のAMから離れた自分がリアル・タイムで生放送を聴けるのは日曜の13時からTBSラジオで放送される「爆笑問題の日曜サンデー」のみ。
太田光氏、田中裕二氏といった爆笑問題を構成するメンバー2人に加え、TBSの女性アナウンサーがアシスタントとして放送を実施するこの番組で以前、女性アナウンサーの手を型に取って、精巧なフィギュアを製作するという企画があった。
どういった経緯でそのような企画が立ち上がったかは記憶にないが、その完成品を選ばれた聴取者に与える、 というリスナー・プレゼントが展開された。
メールかファクス、もしくは葉書で選ばれたリスナーは20~30代の社会人、既婚男性だった。
彼のプロフィールが紹介されたその時点で女子アナの手フィギュア・プレゼントと特別の関連性は意識されなかったのだが、当の女子アナか爆笑問題・田中裕二氏かによる、「貰った手のフィギュアは何に使うんですか?」との質問へ、「いま、奥さんが妊娠中で帰郷しており寂しいんですよ。なので…」と回答した言葉へ、瞬時に猥褻な妄想をした自分は、次の瞬間その猥褻さからとも異なる動悸の高まりを感じた。
なぜなら、ラジオの生放送には敢えて卑猥な文言を発したり、いわゆる放送禁止とされる単語を放って社会をびん乱させようとする輩が散見されるからで、過去、小島慶子氏の「キラキラ」(TBSラジオ)で自慰行為のスラングを聞こえよがしに言い、慶子が聞こえぬふりをして切り抜けた瞬間や、ライムスター・宇多丸氏の「ウィークエンド・シャッフル」(TBSラジオ)ではK DUB SHINE氏や当のラジオ・スタッフまでもが女性器名称を放送に乗せた瞬間を聴いた経験があった。その際の緊張感は、もはや深夜放送を聴く歳でもない自分にとって世界の安寧を乱す異物でしかなかったのだ。
結果として、「爆笑問題の日曜サンデー」に出演した、我が子の出産を控えた男性は自分が恐れたような不穏な発言はしなかった。 それどころか、発せられたのは我が子の出産を心待ちにする成人男性の、あまりに素直な言葉だった。
「なので今度、いただいた手で奥さんのお腹を撫でに行こうかと思って」
「赤ちゃんの頭を撫でてあげようと思って」だったかもしれない。いずれにしても私は自分を恥じた。と同時に、「とんでもない事を言うかと思ったよ!」と突っ込みを入れた太田光氏との意識の交歓みたいなものを感じ、「太田さんは、人間のイヤらしさをも肯定する、真に優しい人物だなあ」と、ひどく身勝手な救済のされ方をしたのだった。