2021.5 上野の古書店で棚を拾い、事故物件に引っ越した
隣家の住人が狂っているようで、夜中に叫び声を上げる。それに加えて近所の銭湯が廃業したので引っ越しを考えるようになった。
次は銭湯が何軒かある町に。そして、現在の住まいを決める条件となった、東京都文京区の図書館に通いやすい場所へと。
文京区の図書館はCDの品揃えが狂っている。隣人の狂気は嫌だが、音楽作品の狂気は直接的な危害を加えてこないので好きだ。だからわざわざ縁もゆかりもない、身分不相応な文京区に住んでいるのだが、考えれば、文京区図書館は他区民でも使える。文京区内から行くよりも隣接する区から行った方が近い場合もある。
となると、新宿区。新宿区に定めてインターネットで物件を探してみると、3件の銭湯が形づくるトライアングルの中心に位置し、文京区図書館にもアクセスし易い立地のマンションを見つけた。
「告知事項あり」の文言から、「過去に人が死んだのだろうなァ~」と察知はしたのだが、それでも幽霊よりは狂人の方が嫌だ。この間などは家に帰ったら僅かに開けていた窓から生肉が入っていた。隣人に違いない。
内見の連絡を入れ、休日に不動産屋へアクセス。「何があったのですか」と問うと、「他殺ではありません!」と即答。自殺でもないと言う。
一年前の夏、独居老人が孤独死し、約一週間見つからずに腐敗しただけだと言う。夏場だったので、「それなりに酷かっただけ」だと言う。
「だから、問題ありません!」と力説する、博多華丸・大吉の華丸に似た眼力の強い不動産屋。まして当時はコロナ真っ只中で、目でしか判別できなかった、その説得力に「そうか、問題ないな! なんという僥倖!」と納得し仮契約。
数日後、散歩で訪れた上野の公園そばに位置する古書店の店頭に、「棚 ご自由におもちください」の文言とともに書籍用だろう巨大な本棚が置かれていた。
閉店の準備を進める店主へ了解を得、1時間かけて自室に運び入れ、眺めると、「新居では本やCDなど収めようではないか」と思い、それから「いよいよおれは引っ越すんだ」と転居の実感が沸いた。
唯一の不安は実家の父だった。数年前から大病を患っているので、事故物件が持つ呪いがどこか方向を間違えて父の生命へ向かわないか、とは思ったのだが、やはり拾い物が肯定してくれたような引っ越しをむげにしたくなく、思い切って正式な契約書類に印を押し提出した。
2日後、職場の上司が死んだ。隠してはいたが、一年前から大病を患っていたのだった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?