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【デジタルノベルコンテストvol.1応募作】『メタ・マッチング』


この作品は、株式会社コルク「デジタルノベルコンテストVol.1」へ応募した作品に、加筆修正をほどこしたもので、物語の折り返し地点である『崩壊』までを無料公開しています。

後日、あとがきも投稿予定。

後半部分も読んでいただけたなら、こんなに嬉しいことはありません。


1/29 追記

▼あとがき、投稿しました。






 稼働


 僕は宇宙空間のどこかにいて、体を支配する無重力の浮遊感に身をゆだねながら、崩れゆく惑星をみつめていた。

 いつもこの光景を目にする度に、少しがっかりしている自分がいる。

 一つの美しい球体に無数のひびがはいって土気色の塵になっていく様子、あるいは透明で巨大な口にまる飲みにされるみたく別の次元に消失してしまう様は、たしかに誰の目にも物悲しく映るものだけど、それ以上の喪失感を僕は抱く。

 そして悲しい出来事がいつもそうであるように、すべてが過ぎ去って、少し時間が経ってから、僕は僕のその喪失感を自覚。

 あそこはこう言えばよかった、次はこうしよう、なんでダメだったんだろう、そんな思考だけが遠い彗星みたいに頭を横切っていって、結局なにひとつ実を結ぶことなく、僕はたぶんまたそんな崩壊を見守ることになる。

「あなたって、他人に興味があるフリしてるだけ」

 惑星が崩れる直前、そんな言葉を残していった女の子のことを思い出す。 

 彼女の言っていることは、確かにその通りなのかもしれない。

 はじめて出会った女性に好きな食べ物を訊いたとして、それが自分自身の好きな食べ物を知るためではないと誰が言い切れるだろう。だからこの旅は結局、道に小銭入れの中身をぶちまけてしまったときのように、僕を僕たらしめる要素を必死にかき集めているにすぎないのかもしれない。

 ふぉん、と心地よい音がして、マシンとの接続が切れた。

 そこは一瞬、宇宙空間と見紛う暗闇だった。闇の中に浮かんでいるいくつかの小さな光。しかし美しい惑星も、瞬く星星も、吸い込まれるような暗黒もそこにはない。あるのはただ、落とした室内灯のかわりに光る電子機器の明滅だけ。

「ブラインドをオンにして」

 暗闇に言葉を投げかけると、すぐに返答。

『ブラインドは、オンになっています』

 あ、と思う。

 ブラインドはしまっている状態がオンなのだ。日光を遮っている間は、仕事をしているからオン。そうではないときは、オフ。

「ブラインドをオフに」

 暗闇に細い直線の切れ目がいくつも入り、その隙間から外の光が滑り込む。日光は、身動ぎした僕がたてた埃を照らし、不健康な僕の肌を照らし、白い流線型の装置を照らした。

 装置に無線接続されたグラブとヘルムを外してしまうと、あまりにも眩しい光にさらされる自分の身体に、心細さすらある。起き上がると、全身の筋肉や骨が軋む。長時間同じような姿勢をとっていた代償。

『出会いは、創れる』

 僕はその売り文句をもう一度頭の隅で唱える。こんなもの、誰でも思いつくフレーズだと表面上は小馬鹿にしてみても、実際はその言葉が内包する原理にからめ取られ、あまつさえこんなときに思い出しもする。

 やはりいつの時代になっても、言葉が持つ人間心理へ与える影響の大きさは計り知れない。もしくは単にそれが、いつだって人が他人との繋がりを求めているということの証左でしかないのかもしれないけれど。

 微妙な時間帯だった。

 昼食をとるにはおそすぎ、夕食の準備をはじめるには早すぎる。結局、僕はまた例のごとくエナジードリンクを内臓に流し込みながら少しだけストレッチをしたあと、もう一度ダイヴすることにした。どうせほかに、したいこともない。

 わずかにすえたような匂いがしたので、グラブとヘルムを除菌シートできれいに拭き、乾くのを待って装着すると、肌に冷たい。やはり機械は機械。だけどそれもやがて僕の体温と稼動時の放熱で人肌くらいにはなる。そうなる頃には、僕の意識はもうこの狭い部屋にはない。

「エントリー」

 告げてから、何かを忘れていることを悟る。ああ、そうか。

「ブラインドをオンにして」

『ブラインドをオンにしました。それでは、いってらっしゃいませ』

 部屋は暗闇に浸され、次の瞬間、僕は花畑にいた。



 やっぱり


 花畑は黄色と橙、それから紫の花々が敷き詰められていて、それは180°どこを見渡しても地平線まで続いている。それほど大きな惑星ではないのか、地平はゆるやかな弓なりになっているのがわかる。その中に、人。

 人、といっても、姿はホモ・サピエンスのそれとはだいぶ違っている。

 まず目測でも、かなり大きい。3mくらいだろうか。いや、もしかすると僕の視点が低いという可能性もある。

 試しに、手近にあった橙の花をひとつ掴んでみる。引っこ抜くには、それなりに力を込めなくてはいけなかった。ぶち、と千切れる手応えがして、僕はグラブが正常に機能していることを知る。引っこ抜いた花の長さは30cmくらいに見える。花は腰くらいの高さに生え揃っているため、僕の身長はだいたい1mほどになるのだろう。と目安をたてて、もう一度、遠目に見える人物を眺める。もしかしたら、もう少し大きいかもしれない。

 引き抜いた橙の花は、見る間にしぼんでいった。カメラで撮影した映像を春から冬にかけて早回ししたような光景だった。グラブ越しに花のみずみずしさが失われ、干からびて、やがて塵になって風にさらわれる感触。ひどく悲しい気持ちになった。

 僕は人に向かって、花の香りを嗅ぎながら歩いた。一歩一歩踏み出すとき、花の茎を踏まないように気をつけた。ヘルムに内蔵された臭気センサが草と土の匂いを鼻梁に流し込む。黄色は鼻先をくすぐられるような、紫は深い眠りを誘うような、そして先ほど枯らしてしまった橙は、甘いお菓子のような香りがした。

 人に近づくにつれて、その存在の輪郭がはっきりとしてくる。シルエットは全体的にほっそりとして、ところどころが膨れており、それが女性的な印象をあたえる。肌はごつごつとしていて、木の皮を思わせる。かといって、動きにあわせて伸びたり縮んだりするので、生き物であることがわかる。例えるならば4mを超えるタランチュラのようなものだろうか。

「こんにちは、ミカゲです」

 僕は顎を精一杯持ち上げて声をかけた。

「はやかです」

 彼女は一瞬こちらを見下ろして言った。その瞳は濡れて潤んでいて、乾いた木の内側から濃い色の樹液の雫が漏れ出しているようにもみえる。

「どうですか、ここ」

 はやかさんはすぐに僕から視線を外し、足元に広がる花畑を眺めた。

「きれいで、素敵な場所です。とても気に入りました」

 僕はなるべく心をこめて答えた。

「そうですか。よかった」

 彼女も心の底から安心したような声を出した。

「なんだか、やっぱり、緊張しますね。こういうの」

「会うのは初めてなんですか」

「そういうわけではないのですが。初対面の人と話すのは、やっぱり、あまり得意ではないのかもしれません」

「じゃあ、初対面じゃなくなるまで、なんとか頑張らなきゃですね」

 ふふふ、と頭上から吐息だけの笑い声が降ってきた。

 はやかさんは、こちらを見下ろした姿勢のまま、体をくねらせ向きを変えた。彼女の濡れた瞳には三色の花がそれぞれ反射していた。

 彼女は歩き出し、僕もそれにならった。どこに向かう、というのでもない足の運び方だった。一歩一歩丁寧に足の踏み場を選んでいくような。

「好きなんですか、お花」

 僕はそう切り出した。

「そうですね。やっぱり」

 やっぱり、と僕は口の動きだけで繰り返してみた。

「お家で育てたりしてますか」

「育てるのはしません。たまにもらったものを花瓶に生けるくらいで」

「好きなのに」

「ええ。なんだかこわいんです。枯らしてしまうのが。生け花だったらほら、いずれはすぐに枯れてしまうものじゃないですか。根から切り離したものをできるだけ長くもたせるだけ。でも鉢ごと育てるときはそうはいかないから」

「じゃあサボテンなんかもいいんじゃないですか。めったに枯れないですし」

「サボテンは好きじゃないんです。痛いし」

「痛い」

「痛いです」

 はやかさんはふと足を止め、花畑の真ん中に細い腕を差し込んだ。戻ってきたとき、腕には一輪の赤い花が摘まれていた。花畑を覆う三色の花とはちがう、熟れきった果実を思わせる深い赤。

「やっぱり、痛いのはいやですから」

 一輪の花は彼女の腕の中で、静かにしおれていった。



 花


 はやかさんは、どうやらこの花畑に生えている、黄、橙、紫の三色以外の花を探しているようだった。三色以外であれば、それが白でも青でも、蕾でも、摘んでしまうようだった。摘んでしまわれた花は、早回ししたようにすみやかに枯れてしまう。枯れた花が塵になって風にさらわれるのを見守ったあと、はやかさんはまたゆっくりと歩き出す。

「やっぱり、花をずっと育てることができる人を尊敬します」

 はやかさんの口調は、さみしげだった。

「わたしは昔からどうにも飽きっぽいみたいです。なんでもそう。映画も、音楽も、友達も、恋愛も。好きで近づいて、はじめはずっとそばにいるんですけど、ある日、目が覚めると、本当にどうでもよくなるんです。心がなにに対しても反応しなくなっちゃって。そういうときはもう、どんなことにも心が動きません。虚ろになってしまいます」

「気持ちがまた戻ってきたりはしないんですか」

 僕は訊いてみる。彼女はまたひとつ、藍色の花を摘んだ。

「今までにそんなことはありませんでしたね。失くなってしまいます。失くなってしまってから、気づくんです。ああ、好きだったな、もう好きじゃないんだ、って」

「わかる気がします」

「でも別にそれで特別悲しんだりもしない。それくらい、惜しむ気持ちも萎んでいることが多いです」

 はやかさんは何かを取り戻すように明るい声を出した。無理をしている、という感じはしなかった。

 突然、辺りが暗くなる。さっきからずっと高さの変わらない陽のもとにいたせいで、些細な空気の変化に敏感になっているのかもしれない。あるいはヘルムがそうさせているだけか。花びらたちから視線を上げると、暗雲がうねるように降りてくるのが見えた。

「うわ」

 雲ではない。虫だった。虫の大群。一匹一匹のぶうん、という耳障りな羽音が幾層にも重なって、重機のような音をたててあたりに響く。

「こっちへ」

 はやかさんは僕を手招きで呼び寄せると、大きな身体で僕を抱きすくめ、包みこんだ。彼女の脚に腕を回す。はやかさんの脚は見た目通りごつごつしていて、木の幹のようだったけれど、その内側から確かな温みを感じられる。ぱらぱらと、いくつかの大粒の雨がアスファルトに打ちつけるような音。

やがて、土砂降りになった。



 崩壊


 足元にこぼれた虫の一匹を拾い上げる。

 てっきり蝗のような姿と思っていたけれど、大きく開かれた透けた焦げ茶色の羽は、どちらかと言えば蛾を思わせる。はやかさんの身体のすきまからみえた花畑は、まったきの闇。もしも僕一人だったなら、どこかにさらわれていたかもしれない。

 長いあいだ、僕たちは抱き合っていた。虫の群れの羽ばたきは、空気の流れをねじ曲げ、歪ませ、支配してしまった。地上の草花は見る間に蹂躙され、大群が過ぎ去ったあとに残ったのは、痩せた大地のみだった。

「終わりましたね」

 はやかさんは枯れてしまった地平線を眺めて、静かに言った。

「少し、疲れました。今日はもう、終わりにしようと思います」

「わかりました。ゆっくり休んでください。また会いましょう」

 我ながらつまらない返しだな、と思ったけれど、それ以外に言葉にしようがない台詞を吐く。はやかさんも特別それには答えず、ただ「さようなら」とだけ残して、動かなくなってしまった。そのあと視界の中央に表示される選択肢には、反射的に『NO』を押す。文字列はあとになって、ゆっくりと僕の頭に染み込んでくる。

『退席しますか?』

『YES/NO』

 僕ははやかさんの抜け殻の隣に腰を下ろして、膝を抱えた。彼女の抜け殻は潤んだ瞳を閉じているせいで、もうほんとうに木と見分けがつかない。不毛の地に根をおろす、ただ一本の複雑な木。

 やがて木は身動ぎをはじめる。はやかさんが戻ってきたのか、と一瞬たじろいだけれど、すぐにそうではないことに気づく。木が成長しているのだ。摘んだ花が枯れるときがそうであったように、虫の大群が嵐のように過ぎ去ったときがそうであったように、この木もまた早回しで育つ。それが僕の目には身をよじらせているように映っているに過ぎない。

 木はすぐに、大樹と呼べるほどまで肥大する。空に向かって無数の枝を伸ばし、地面には深く深く根をはる。その影響で地面には巨大なひびや陥没が生じ、すぐに座っていられなくなる。僕が後ずさりするよりも速く、大樹の根が伸びていくため、逃げ遅れた僕の身体は大樹の一部として取り込まれ、ピザの生地みたいに引き伸ばされる。薄く、薄く。長く、長く。やがて、僕の身体と大樹の身体の境界がわからなくなった頃、僕の視点は雲の上にあることに気づく。

 根本の地上では崩壊が始まっていた。

 大樹の根によって、惑星の輪郭はもうすでに破壊されて、宇宙空間からみると、巨大な腕が球を握りつぶされているみたいだった。



 グラブ


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