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短編小説『ニエモドキ』1/4(1470字)


 私の父の実家は田舎のお屋敷で、ときどきいろいろな生き物が迷い込むのだが、【ニエモドキ】のときはちょっとした騒ぎになった。

 それは中学にあがったばかりの春、週末に両親に連れられて、田舎に帰郷したときのことだった。

 お屋敷はとことん広く、表は畑で、裏に山。その山も先祖からの土地で、竹林があり、よくたけのこを鍬で掘るのに連れて行ってもらった。私が【ニエモドキ】という言葉を最初に聞いたのは、たしかそこでのことだった。

 祖母と二人、竹の間を縫うように歩いていると、ふいに彼女が立ち止まった。

「【ニエモドキ】やわ、こりゃ」

 祖母は苦いものを噛んだような顔をして、足元の一点をみつめていた。

 そこには動物の死骸が転がっていた。

 その死骸は美しかった。血や、怪我のようなものはなく、まるで体の中身が凍りついて、そのまま息絶えたかのような死骸。ただ一点、違和感。その動物には体毛がなかった。見たところ、産毛の一本たりとも残っていない。そのせいで、死骸は産まれたての赤ちゃんのようにも見えた。

「猫かな、たぶん」

 祖母は言って、そのつるりとした死骸を蹴って竹林の隅のほうに転がした。たかっていた蠅が一斉に飛び上がった。

「【ニエモドキ】にやられると、あんなふうになれんて。食べもせんのに、ああして毛を毟って。なんでそんなことするんかなあ」

 私はいつもにこにことしている祖母の、そんな様子をはじめてみた。心底いやな顔。このことをはっきりと記憶しているのは、昼間なのに薄暗い竹林や、【ニエモドキ】に丸裸にされた猫の死骸や、その日とれた大好きなたけのこの味のせいではなく、祖母のそんな顔のせいだったのかもしれない。

 その次の日のことだった。

 早朝。私は二階の寝室から起き出して、水を飲みに階下の台所に入ると、とん、となにかが床に落ちる音がした。

 時刻はたしか午前四時くらいで、まだ日も出ていない。窓も空いていないので、風がはいるはずもない。肌を引っ張るような冷たさと、手元もみえないような暗がりが満ちていた。しかしそんな中に小さな息遣いが、する。

『鼠だ』

 はじめ、私はそう思った。

 これまでにこのお屋敷で、鼠を見たことはなかった。けれども、祖父母の話で、鼠や燕、狸、蛇、しまいには猪まで迷いこんできたということは聞いていたので、驚くともなく驚いただけだった。

 私は暗がりの台所をゆっくり、すりあしで移動して、明かりをつけた。

 視界が一気に白む。と同時に、とたとたと駆ける気配が冷蔵庫の裏に入っていった。

「起きたんか」

 いつの間にか、祖母が起き出していた。彼女は台所と居間の間の戸を開けたところだった。

「閉めて。おばあちゃん。なにか、いるの」

 事情を察したのか、祖母は後ろ手に戸を閉め、かたわらに立てかけてあった竿をとって近づいてきた。

「どこや」
「そこ。冷蔵庫の裏」

 二人でその場所をにらみながら近づいた。まるで槍を構えるような格好の祖母は、手にした竿を冷蔵庫と羽目板の壁との隙間に静かに差し込んだ。

「ええいい!」

 その雄叫びとともに、冷蔵庫の裏の埃がいっせいに舞い上がった。

 そしてたまらず飛び出すなにか。一瞬みえたそれは、白くてしなやかな体をしていた。

 どちらかと言えば、祖母の雄叫びの方にびっくりしていた私は、何歩か後退っていて、それの素早い動きに反応することができた。

 気づくと腕の中に、ひっくり返したゴミ箱。周りには丸まったティッシュや空のお菓子の袋。そして抱えたゴミ箱を内側からひっかくような、音。

「ナイスキャッチ」

 祖母は歯のない口を開いて微笑んだ。


   【次話▼】




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