#4:ミモザ
「 — 悠月。」
(昨夜は店に泊まり込んでしまったか。)
赤松は二日酔いの頭を振り、水を一杯飲むと、バルコニーに出てまだ空が藍色から白みがかりそうな空を見つめ北西の空をぼんやりと見つめ、しばらく立ち尽くしていた。
「フライトの時間は確か。。。9時だったよな、確か。」
壁に掛かっている時計をチラと見て
赤松は誰もいないカウンターの客席に座り、考えてしまった。
「ちっきしょ、なんであの子の言った事がこんなに気になっちまうんだよ。」
赤松が思いおこしていたのは昨夜、野乃木に言われた一言だった。
「ねぇ!?いいの?もう会えなくなっちゃうかもしれないんだよ??」
妙に頭の中に鳴り響く。
いいんだ。これで良かったんだ。
アイツの夢を止める権利なんて俺にはないし、約束を守れなかったのは俺なんだから。
でも、それでも。
言いたかった事はある気がする。
引き止める言葉も用意していた気がする。
浮かんでは消える言葉が流氷のように崩れ、海中落下していく。
崩れていく言葉を見つめながら俺は混沌としていた。
— 赤松が悠月と会ったのは大学のキャンバス。
赤松は男では珍しいフラワーアレンジメントサークル。悠月は同い歳の美術サークルに所属する同級生だった。
ある日の事、悠月が赤松の所に突然尋ねてきたのだ。
「赤松君、フラワーアレンジメントサークルなんだよね?ちょっと手伝って欲しい事があるんだけど!」
パン!と両手を合わせて突如尋ねてきた彼女を俺は驚きつつ、嬉しい気持ちでいっぱいだった。
そう、彼女は有名な女の子だった。
この大学に美術で入学し、稀代の学生芸術家として鳴り物入りで入学してきたらしい。
大学でもメキメキと力を発揮し、何度も絵画や彫刻のコンクールに入賞し、雑誌、マスコミにも何度も取り上げられ皆が一目置いていたのだ。
(そんな有名な彼女が俺なんかに何の用・・・?)
赤松はどちらかといえば目立つ方でもなかったし、口下手で女の子ともそんなに話す方ではなかった。
だから彼女に話しかけられ内心ドキドキとしていた。
悠月は容姿もさる事ながら、明るくて屈託のないその性格が誰からも好かれ本当に人気者だった。
かと言ってそれを鼻にかけるでもなくただただ明るく笑い転げ、同性の女の子にも常に囲まれていた。
「えーと、悠月さん。何?どうしたの?俺に手伝って欲しい事って?」
と、言い終わるよりも早く
「こっち!」
とグイ!と腕を引っ張られ、美術サークルの部室に連れていかれた。
(一体何だっていうんだ??)
そう思いながらも赤松は胸の高まりが止まらない事を認めざるを得なかった。
部室に着くと、赤松はハッと上を見上げる事となった。
「これは・・・・・すごい。。。」
部室のド真ん中に置かれたオブジェは今にも天井に着きそうなぐらい高く、又、無数に出た枝のような突起部は凝った模様が施されその姿にしばらく見とれてしまった。
「これって・・・?悠月さんが作ったの???」
コクリと悠月が頷き
「どうかな?」と聞いてくる。
赤松は少し震えながら
「スゴいよ!スゴい!!これスゴい!!スゴい作品だ!!これは・・・!?次のコンクールに出すやつ??」
興奮気味に赤松は尋ねた。
「そう!そうなの!!それでね!手伝って欲しい事っていうのは・・・。」
彼女はツカツカと部屋の隅に向かって行った。
大ぶりの花瓶から大輪の白いバラを抜き、再びそのオブジェの前に立ち
オブジェの緑色のスポンジ部分。オアシスにそのバラを丁寧に挿していった。
「赤松君!これに何が合うかな???私、お花詳しくないからさ!色々教えて!この通り!」
悠月がクルッと振り向き、深々と頭を下げる。
俺はとんでもなく恐縮をして、そしてとんでもなく嬉しかった。
(俺に?お花の事を??)
頭を上げてニコッと笑う悠月に、俺の心はもう惹かれていたのかもしれない。
— オブジェを共に作りはじめてから2週間が経とうとしていた。
悠月のイメージカラーでもある白いバラに俺がチョイスしたのは今の季節のお花。
【ミモザ】の花だった。
この他にない黄色は悠月の作品をより映えさせ、また白とオレンジ、グリーンとの調和もとても良い。
またミモザの花は咲いた状態の明るい色も良いのだが、閉じてきて少しくすんだドライがかった色もとても良いのだ。
それもこの花を選んだポイントだ。どうやらこのオブジェは賞の受賞も関係なく、コンクール後は大学の中庭に飾られる事が決まっているそうだ。学長がいたく気に入っているらしい。
「よっし、これでよしっっ!!ほとんど完成ね!ありがとう!赤松君のおかげよ!」
また悠月は満面の笑みでこちらを振り返り握手をしてきた。
俺にはそんな経験があまり免疫なく、下を向いて赤くなっているであろう顔を隠すので精一杯だった。
「ねっ!もうすぐ終わりだし、完成の前祝いでー、あそこのBARに飲みに行かない??私飲みたいお酒あるの!これが完成したら飲むって決めてたやつ!」
赤松に断る理由なんてどこにもなかった。
(#4:ミモザACT.IIに続く)