#6:バカルディ
『Guilty?or Not Guilty?』
今日は比較的暇な夜だ。
雨が降っているせいだろうか?
莉々子と野乃木がカードゲーム【12人の怒れる男達】に興じている。
最近莉々子が買ってきたカードゲームだ。
莉々子の趣味は写真を撮る事の他、カードゲーム、ボードゲームもとても好きなのだ。
大体1ヶ月に2~3個は新作を仕入れてきてやっている。
先日は赤松も参加していたのだがあまりにも、莉々子と野乃木にこっぴどく負け続けたので今回は懲りて静観している。
「このゲームずるいんだよなぁ。駄目だよ。ポーカーフェイスじゃないとさ。」とか何とかブツブツ言いながらボトルを磨いている。
赤松はバーテンダーらしからぬ感情が思い切り顔に出てしまうのでこういうゲームにはとても弱い。
カウンターで身の上話を聞いていて感情移入してしまい涙してる姿を何度となく見かけている。
(一つ目のマスターはなんとも涙もろい事だ)ちょっと笑いそうになりながらも、莉々子は赤松のそういう部分も嫌いではなかったが。
「ギィ。」
入り口のドアが開き、小柄な女性が立っていた。
莉々子はちょうどおでこに札を掲げて、勝負!を申し込む所だったので慌ててカードを隠し
「いらっしゃいませ~。」
と、声をかけた。
「1人なんですけど大丈夫ですか?」
入ってきた女性が声をかけた。
大丈夫も何も野乃木以外お客さんがいないガラガラの状態で
「どうぞ、お好きな所に〜」
と、莉々子は愛想良く席を促した。
小柄な女性はペコっと会釈をし、カウンターの席に座った。
莉々子がおしぼりを渡し、コースターを置いて
「雨は大丈夫でしたか?随分降りますよね。」
と声をかけた。
女性は
「はい、そうですね。でも大きめの傘を差して来ましたので大丈夫です。ありがとうございます。」
と、ニコリと笑った。
「お飲み物はどういたしましょう?」
赤松が声をかけた。
「少し喉が渇いているので飲みやすくてあまり強くないフルーティーなロングのカクテルよろしいですか?」
「かしこまりました」
赤松が飲み物の準備をする。
女性は杉山 理央。
役者をやっている。
今はもうすぐ公演する舞台の稽古中だ。
今日はどうしてもある役をやるにあたって掴めない部分があるので少し帰る前に考えたいな、と思ってこのBARに寄ってみた。
「お待たせしました」
赤松が理央の前においたのはライチベースで微炭酸の【ディタスプモーニ】というカクテル。
「ありがとうございます。」
理央はお礼を言ってひと口、口をつけた。
「あぁ、とっても美味しいです。ありがとうございます。」
と、微笑んだ。
「ごゆっくりどうぞ。」
赤松も微笑んで、理央が考え事をしたいんじゃないかなと感じさりげなく離れていった。
理央は落ち着いたのか、鞄から今稽古している台本を取り出し
(陪審員長という役。この人はどんな風に少年を思っていたの?そして皆の取りまとめ役でもある員長は?皆に対してどう接していたのかしら?)
台本の表紙には
【angry of twelve~12人の怒れる男達~】
と記されていた。
思いを巡らせながら、理央はお酒を口にしながら台本を読み進めた。
(ここ、このシーン。10号に身体的特徴をバカにされた員長は?どんな風に思ったの?彼女はとても真面目な性格。10号のバカにした態度は絶対に我慢できなかった筈。声を荒らげて言い返したのかしら?それとも悔しさに打ち震え、逆に言葉も出なかったのかしら?)
『カラン。』
理央のグラスの飲み物が開く音がし、莉々子がオーダーを伺おうと理央に近づいてきた。
「お次は・・・あっ!これ!12人の怒れる男達!」
と、莉々子は驚いて口に出した。
「えっ?」
理央も驚いて莉々子を見つめたが、隣から
「あー!!!本当だー!これあれだー!ゲームの奴だ〜!」
と、いつの間にか隣にいた野乃木の声に驚いて
横を向いた。
「えっ?えっ??」
理央がなんだろう?と慌てふためいていると
赤松が
「すみません、お客さん。驚かして。コラコラ駄目でしょ?莉々子ちゃんお客さん驚かしちゃ。野乃木さんもほら、席に戻って戻って。」
と、困った顔で二人に促した。
理央は落ち着きを取り戻し
「いえ、いいんですけどご存知なんですか?【12人の怒れる男達】?」
と聞いた。
すると莉々子がいつの間にか走って持ってきた先程のカードゲームを手にして
「これ!これと同じ~!!」
と興奮していた。
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と、いつの間にか野乃木は理央の隣に座り、莉々子も興奮しながら女優さんなんですね?わぁ、すごい!とか言いながら興奮していて話をしていた。
赤松も困った事になったなぁ、と思いつつ気になるのか理央の話を聞いていた。
「じゃあ、今度やる役は裁判の陪審員の役なんですね?うーん、とっても難しそうな役ですね。」
と、興味深そうに頷いている。
そして、赤松は
「理央さん、陪審員といえば裁判になったカクテルあるんですよ?飲んでみます?少し強めですけど。」
理央はそんなのあるんだ、と興味が湧いた。
(ちょっと飲んでみたい)
気になった理央はそのカクテルを頼んでみることにした。
赤松は頷き、次々と材料をシェーカーに入れはじめた。
よどみなくスムーズに氷を入れ、シェイクをはじめる。
「どうぞ、お待たせ致しました。」
シェーカーからカクテルグラスに注いだそれは、真っ赤に輝く赤いカクテルだった。
理央が見つめていると、赤松は
「バカルディです。」
と、言った。
そしてラムのボトルを取り出すと
「このカクテルはこのバカルディ社のラム。このカクテルはこちらのラムを売りこむ為に、1933年禁酒法が廃止になり発表致しました。材料はいわゆる【ダイキリ】です。ダイキリにグレナディン(ざくろ)シロップを1tsp入れたカクテルです。
このカクテルを作る際、各地でバーテンダー達が様々なラムを使い、作成していました。それに業を煮やしたバカルディ社が訴訟を起こしたんです。そして、見事勝利してカクテル【バカルディ】はバカルディ社のラムを使用しなくてはならない。という判決が出たんです。」
理央は驚いた。まさかカクテルひとつの事で裁判が起きているとは。
そんな事を知りつつ、判決で証明する事いわゆる勝つ事の重要さを教えられたような出来事だった。
「そうよね。勝たなければ全てが終わってしまう。裁判とはそういう戦いなんだ。」
独り言のように理央は呟き、その美しいカクテルをクッと飲み干した。
「マスター、ありがとうございます。何か見えてきた気がします、私!」
朗らかな笑顔で理央は言い、お会計を告げた。
「雨、止んだみたいですね。」
莉々子が窓の外を見て理央にそう言った。
「私の悩み事も晴れたようです。そう、決まっている。この戦いは【Not Guilty】ね!」
理央はドアを開けながら、晴れやかな顔でそう言った。
※作中に出てくるカードゲームの【12人の怒れる男達】は架空のゲームで存在しません