#1 ロブロイ
「スコットランドの赤毛の義賊。ロバート・ロイ・マクレガー通称ロブロイと呼ばれた英雄の名前をつけられたスコッチ・ウイスキーがベースのカクテルなんだ。」
よく舌も噛まずにスラスラとウンチクが出てくるものだ。
莉々子は感心しつつも半ば呆れその出てきたカクテルを見つめる。
作ったのはこのBAR【The first one】のオーナー兼バーテンダーの赤松 健司さん
まだこの地域で誰もBARをやってなかったということもあり、「一番最初にやった」という意味あいで【first one】という名前をつけるつもりだったらしい。
ところが店の屋号の提出をする時にうっかり
【The first one】
と書いてしまったことをOPENしてから気づいたらしいが、まあ提出してしまった事だしいいだろうと
そのまま、看板、マッチ、コースターetc.....
全てにそのロゴを入れ無事開店。
3ヶ月位した頃、よく通うようになってくれた女の子の常連さんに
「マスター、前から聞きたかったんですけど」
「何でしょう?」
「このお店の名前は何で【一つ目】なんて名前なんですか??」
と、聞かれポカーンとした顔で
「何ですって?」
「だってお店の名前【The first one】って名前でしょ?珍しい名前だなぁと思って私入ってみたんですもん。」と今や週4回が当たり前の野乃木 玲夢が、スマホの翻訳アプリを開いて見せてきた。
確かにそこには
【The first one=一つ目】
と記されていた。
常連の野乃木はそれこそその時のマスターの顔は一つ目小僧かと思わんばかりに目が真ん中に寄っていたんですよ、と今でも大分お酒が入って酔いが回ってくるとその話を何度も愉快そうに聞かせてくれた。
その度に赤松はバツの悪そうななんとも言えない微笑んだ顔で、楽しそうにしている野乃木を見守っている。
そんな由来があるお店のまあよく言えば朗らか、悪くいえば無頓着なマスターだ。
まあ人の良さは嘘のつけなそうな顔にも現れている。
でも、私もそうなのだ。
私もたまたまちょっとカメラを持って近所を撮影した際に少し飲みたいなと思ってフラッと立ち寄ったこのBARに妙に居心地の良さを感じたのは先程の野乃木がカウンターに女性一人で飲んでいたのと、お店の所々にゲゲゲの鬼太郎の目玉の親父の加湿器や単眼美少女マスクのお面!(これがあるのには本当にビックリした!)など色々なキャラものがちょこちょこ見え隠れするのを見て
「なんか居やすい」
と思えたのは正直な所だった。
(後に聞いたらやはり野乃木さんがお店にプレゼント?してくれたものらしい)
マスターの赤松は
「僕はバリバリのオーセンティックBARを目指してたんですがねぇ。」
といつもお酒のボトルを磨くのと共にそのグッズ達も同じように丁寧に磨きながら、ハァというため息をかけて磨いている。
野乃木はそれをいつも嬉しそうに聞いている。
赤松が何か言いたげに口を開こうとすると、
野乃木はポチッと目玉の親父のボタンを推し、
「おい!儂は茶碗風呂に入るぞ!!」という声が店内に流れる事となる。
その度に奥のお客さんもロフトのお客さんもまたか、と笑っている。
皆そんな肩肘張らぬ和やかな雰囲気が好きでこのお店に来ているみたいだ。
私もそうだった。
そんなある日、赤松に聞いてみた。
「マスター!1人で大変じゃないの?私BARで働いてみたいんだけど!」
と、思い切って聞いてみた。
予期してなかったらしく、赤松は
「えっ?」
と磨いていた目玉の親父のボタンに手がかかり
またもや
「おい!儂は茶碗風呂に入るぞ!!」
と鳴り響く事になる。
— と、入った時の事をふとスコッチ・ウイスキーベースの【ロブロイ】を口にしながら思いだしていた。
ロブロイはいわゆるとってもメジャーなカクテルの【マンハッタン】のベース・ウイスキーをアメリカン・ウイスキーからスコッチ・ウイスキーに変えたものと思えば覚えやすいだろうと。
赤松は教えてくれた。
私の好みは【ロブロイ】の方がスッキリとした味わいで好きだった。
【The first one】の【マンハッタン】はアメリカン・ウイスキーの中でもライ・ウイスキーを使っているので少しクセのある甘さが魅力。
そちらも好きだけれど、私はスコッチかな。
そう、思った。
そう赤松に伝えるとやっぱりね、そう言うと思ってた。
と嬉しそうにしていた。
まるで娘を見る父のような顔をしている。
赤松は40代と言っていたから、赤松からしたら私はそんな風にも見えるのかもと。
妙に納得しながら先程、パチリといつも持ち歩いている相棒で撮った一眼レフデジカメの画面を確認していた。
スコッチ・ウイスキーにスィート・ヴェルモット、そこにアンゴスチェラビターズ少々。お酒だけで作る【マティーニ】にも匹敵する強さのカクテルだ。
口当たりの良さに飲み過ぎないよう気をつけよう。
【マティーニ】がカクテルの王様ならば【マンハッタン/ロブロイ】はカクテルの女王だ。
ステアという手法で繊細に優しく作るカクテル。
最後にカクテルグラスに沈めたマラスキーノ・チェリーも美しい。
お酒が染み込みまたこれが美味しくてついついまた頼んでしまうのだ。
危ない、危ない。
単眼美少女マスクの【サイコちゃん】(私はこう呼んでいる)がこちらを見つめニコニコと笑いかけてるようにも見える。
やっぱり少し酔ったのかしら。
スコットランドの英雄【ロブロイ】はたくさんの一つ目に見られどんな気持ちなのだろうか?
一つ目のおかげでたくさんの人が寄ってきた店名【The first one】はやはりミスではなく赤松の一番のフェアプレーだったのかもしれない。
(続く)