#4:ミモザ Act II
大学の近くのBARに辿り着き、二人はカウンターに座った。
こじんまりとしたBARでなかなか落ち着く感じだ。
とは言っても赤松はBARになど来たことはほとんどなく、あったとしてもサークルの打ち上げの帰り何人かで立ち寄ったぐらいだ。
どうも少しソワソワとしてしまう。
店内にはJAZZピアニストのビル・エヴァンス【Waltz for Debby】がかかっていた。
「お飲み物はいかがいたしましょう?」
カウンターの中にいたバーテンダーに注文を尋ねられた。
どうしたものか?とメニューを開こうとすると
悠月が口を開き
「あの、ミモザカクテルを飲みたいんですけど。出来ますでしょうか?出来たら2つ。」
(そうか、飲みたいお酒があるって言ってたな)
赤松は先程の事を思い出し、チラっとバーテンダーを見た。
するとバーテンダーは微笑み
「はい、出来ますよ。ミモザですね。今ご用意します。」
と冷蔵庫からカチカチに冷えたシャンパングラス(通常乾杯で使われるソーサー型ではなくて、トール型と言われる背の高いグラス)を2つ取り出した。
横を見ると悠月がキラキラとした眼差しでその所作を見つめている。
(よっぽど飲みたかったんだな。)
そんな悠月の事が大好物を目の前にする子供みたいで可愛いなと思った。
バーテンダーは生のオレンジを丁寧に絞りはじめ、オレンジのジュースを作っていった。
絞り終わるとワインクーラーからシャンパンを取り出し、コルクを音もなく抜いた。(後で知ったがこういう時はお祝いの時のように「ポン!」とは抜かないらしい)
グラスの半分ぐらいまで絞ったオレンジジュースを注ぎ、次いでシャンパンをオレンジジュースと同じ分量注いだ。
バースプンでクルッと軽く攪拌(かくはん)し
「お待たせ致しました。ミモザカクテルです。」
と、美しい黄色のカクテルを僕達の目の前に置いてくれた。
「これ!これよ!赤松君!これを見せたかったし、これで乾杯したかったの!!」
誕生日プレゼントを目の前にした子供のように悠月は笑顔で乾杯をしようと言った。
俺も二人で作品を仕上げられた喜びで自然と笑みがこぼれ
「「乾杯!!」」と二人で美味しいお酒を飲んだ。
「ミモザってカクテルもあるんだね、知らなかったよ。シャンパンを使ったカクテルか、爽やかで美味いね。」
赤松がそう言うと悠月は
「そうなの。このカクテルには思い出があってね。父が仕事の関係でパリに住んでいるの。私が大学に入ってはじめて父の所に遊びに行った時このカクテルを教えてくれたんだ。」
想いがパリに飛んでいるかのように悠月は伏し目がちにそう話した。
僕は頷きながら聞いていた。
「だから赤松君がお花のミモザをあの作品にチョイスした時に、あれ?なんか聞いた事があるって思って調べたらこのカクテルだったんだ。何ですぐ思いつかなかったんだろ??・・・でも、だからね。すごく感謝してる。。。ありがとう。」
きっと複雑な事情もあるのだろう。俺はどこまで踏み込んで良いものか理解らず、気の利いた事も言えず
ただただ、そっか と頷き
こっちもすごく楽しかったよとぐらいにしか言えなかった。
「ねぇ、実は大学を出たらフランスで仕事をする事が決まっているの。だから日本で作るのは、これが最後の作品になると思うんだ。」
そう悠月は言って、またいつもと変わらぬ笑顔をこちらに向けた。
「赤松君は卒業したら何をするの?」
悠月にそう聞かれ、赤松は誰にも話した事のない夢を話す事にした
「俺の夢は — 。」
— もう20年以上前の話だ。
まさか日本に帰って来ていたなんてね。
どこで調べて来たのか。
悠月が俺のお店に昨夜突然来たのだ。
再び再会した彼女はあの時と変わらぬたたずまいで、美しくそして屈託のない笑顔で
「元気だった?」と、変わらぬ笑顔で笑いかけてきたんだ。
「明日の飛行機でまたパリに帰るんだ。帰る前にどうしてもあの大学のオブジェをもう1回見る事。それとどうしても赤松君に会いたくて。」
彼女はミモザを口にしながらそんな風に言った。
「オブジェは今も変わらず、ちゃんと飾っていてくれていたし、まさか赤松君のミモザを飲めるなんてな。思いもよらなかった。」
彼女はコロコロと笑いグラスのカクテルを飲み干した。
「じゃあ、行くね。次はいつ日本に来れるかは、わからないけれど。突然仕事で来るかもしれないしね。その時はまた美味しいミモザを飲ませてね。」
「もちろんだよ。」
「じゃあ、元気でね。」
「うん、元気で。」
「ありがとう。」
「こっちこそ。」
「「またね。」」
ドアが閉まり、悠月はホテルへと帰って行った。
— 今からタクシーすっ飛ばして高速使えば間に合うか??
たった今、即席で作った店に昨日生けてあったミモザのスワッグ(ぶら下げてドライとしても飾れるように)を作り、急いで準備する。
この時間タクシー繋がるかな?
階段を駆け下りながら電話しようとしたその時、店の前には見覚えのあるミニクーパーが停っている。
(あれ?この車は野乃木ちゃんの?)
車の窓が開き、助手席の窓からピョコッと梨々子が顔を出す。
「ヤッホー!マスター!やっと起きた??」
梨々子が手を振っている。
Buuuuuooon!!!!
エンジンが猛烈な勢いでかかり、パッと見ると運転席には野乃木が煙草をふかしながらハンドルを握っていた
「マスター!行くんでしょ!?早く乗って乗って!」
梨々子もニコニコと笑いながら赤松を見ている。
「えっ?だって野乃木ちゃん遅くまで飲んでたでしょ?まずいよ?」
ホッホッホッホ!
と高笑いをして野乃木か言う。
「22時からはもうバージン・ブリーズ!
(シー・ブリーズ。ウオッカベースのクランベリージュースとグレープフルーツジュース割り。バージンブリーズはそのウオッカ抜きのノンアルコールカクテル。)
ノン!アルコォォォォォオル!!!」
と勝ち誇ったように腕を窓から突き出す。
「いいから早く乗って!飛行機出ちゃうわよ〜〜〜ん♡」
アクセルを2回、3回吹かす。
梨々子は笑っている。良かったね、マスター。と言わんばかりにニコニコしている。
(こりゃあ、敵わないや)
赤松は後部座席に乗り込み、シートベルトを締める。
(今度こそは気持ち伝えるんだ。大丈夫、こっちには幸運の女神がついている。)
ギアが1速に入り、猛烈な勢いでスタートした。
行先は羽田空港。
そう言えばこのミニクーパー、カスタムしてあってめちゃくちゃ速いんだっけ。俺、二日酔いなんだけど、どうかお手柔らかに。
クリスチャンでもない赤松は十字を切って、天を仰いだのだ。