#2.マイタイ
今日も陽が暮れていく一日の終わりが、【The first one】の一日の始まりの合図となる。
長い長い一日の始まりだ。
今日はお店で不定期でやるLIVEの日なのだ。
私自身もこの日は楽しみでならない。
昨夜からワクワクとして眠れなかった。
もう赤松さんとは長い付き合いらしいのだが、今日演るバンドは西荻窪発祥の(彼等はニューオリンズと呼んでいる)スーパーワールドミュージック楽団だ。(これは私がこう呼んでいる)
バンマスのミサキ タツヤさん曰く
「ニューオリンズをやるつもりが、気がつきゃスウィング、ジャンプ、ロマ、カリプソ、タンゴ、アイリッシュ、フォーク。何でもござれだよ」
と、私には半分も理解出来ない言葉を並べたてた。
タツヤさんは見た目はイカついけれど、お話するととても優しくて面白い方で、広島カープの大ファンだ。鯉キチと言うらしい。たまにユニフォームを着ての演奏もあるぐらいだから筋金入りなんだろう。
よくうちの店にも来てくれて、「あそこで打たないと」「今日で9連勝」とか色々な選手の名前を挙げては一喜一憂している。
袖から除くタトゥーに夏はカンカン帽。冬はハットの出で立ちで立派な髭を蓄えたお顔は何処か日本人離れもしていて成程ワールドミュージックだ、と関心させられる。
タツヤさんの他のメンバーも日によっていたりいなかったりだけれど
可愛らしい女性のアコーディオン奏者のミスミトモコ(通称TOMOKO)さんやフィドル担当の(後々知ったんだけどもヴァイオリンというのはイタリア語から派生した言葉でフィドルは英語のようだ。アイリッシュや民族音楽、フォークミュージックを演られる彼等独特の演奏者みたいだ。音色がとっても素晴らしい)ヒロノユウタロウさん。
あとはどデカいコントラバスを自在に操るミヤモト シュウジさん(タツヤさん曰くバンドの要、良心。彼が本当のバンマスだ。色んな事を言っていたwww)
そしてウォッシュボードという不思議な楽器。まさに洗濯板に色んなものシンバルやあのパフパフという自転車のラッパ型ホーンやベル。鍋の蓋や金属製の計量カップがついたとにかく面白い楽器だ。見ているだけでも楽しいが、演奏すると更に楽しい。これを操るのはモリカワ ケニチさんという何とも面白い方だ。たまにタツヤさんに無茶ぶりをされて途中MCを入れたりもしてくるのだがやけに笑ってしまう。
他にも日によりバンジョー、サックス、ドラムが入ったりと盛り沢山の多種多様、まさに何でもござれのスーパーバンド【ジタンのけむり】だ。
「ねぇ、マスター。彼らみたいな個性的なサウンドが一緒になって調和を生み出してひとつにまとまってるって何かまるでカクテルみたいね
。」
赤松が驚いた顔で口笛を拭きながら答える。
「あれ、莉々子ちゃん。ずいぶんカクテルの事、理解ってきたんじゃないの?ここに来た時はカルアミルクとカシスオレンジしか知らなかったのに。」
と褒めてるんだか茶化しているんだかよく理解らない言葉が返ってきた。
多少顔をしかめつつもニコリと聞き流して莉々子はさらに続けた。
「【ジタンのけむり】みたいなカクテルってあるんですか?」
そう言うと少しからかい過ぎたなと少し肩をすくめて、赤松はこう答えた。
「あるよ、彼らにぴったりなカクテル。じゃあこれから作ってみせるから、出来たらこれTOMOKOさんにサービスしてきてね。」
と言うと赤松はいつもより少し大型のボストンシェーカーを取り出して、カゴに積まれた生のフルーツに手を伸ばしはじめた。
「これはうちのオリジナルのマイタイ。ボストンシェーカーを使ってフルーツジュースをふんだんに使うんだ。だから女性でも飲みやすい。通常のシェーカーのスタイルだとちょっと演奏前の女性にはキツ過ぎるかもだからね。」
生のオレンジにレモン、そしてパイナップルを手際よくカットしそれをボストンシェーカーのガラス側の方に入れて、すりこぎのようなものでゴリゴリと潰している。
そしてそれが終わると切った残りの皮の部分のパイナップル、オレンジスライス、レモンスライス、マラスキーノチェリーであっという間にトッピングするデコレーションを作り上げた。
「可愛い!」
莉々子は思わず声をあげた。
赤松はニコッと笑いながら今日のゲストバンドの為に花瓶に飾ってあったデンファレの花を一輪、そしてバルコニーで育てているミントの葉、ハイビスカスの花を一輪持ってきた。
「今日ハイビスカスが咲いてるなんて今日はついてるぞ。」
ハイビスカスはパッと花が咲いて1~2日しか咲いていないいわゆる1日花と呼ばれる種類だからだそうだ。前に赤松が教えてくれた。
だからトロピカルカクテルにこのデコレーションが出来るのを赤松はいつもひどく喜んでいた。
独り言とも莉々子に言ったとも取れるような感じで呟いた。
赤松は夜の仕事なのに、ガーデニングが趣味の不思議な人だ。また、いつも店内にも生花を切らした事がほとんどない。
莉々子がお水を取り替えたり、お手入れをする係だ。
今日のお花は今のこの暑い夏らしくデンファレの他アンスリュームやストレリチア(極楽鳥花)ピンクッションなどのトロピカルな雰囲気のお花が生けてある。
夏は生花もあまり保たないがこの花材達は夏でも比較的強い。
そう教えてくれたのも赤松だった。
どうもBARを出す前、いやBARで働く前はお花屋さんでフローリストをしていたらしい。
詳しいわけだ。
さっきのお花の名前だっていつも赤松がアンチョコの付箋を花瓶に貼ってでもしてくれなければ、お客さんに尋ねられた時しどろもどろになってしまう。
ただでさえお酒の事を答えるのに手一杯なのに。
お店にお花があるのはやはり嬉しいし、和むが覚える事が多くて頭を悩ましてしまう。
まあ嬉しい悲鳴か、と。
莉々子がボンヤリ考えているとボストンシェーカーに氷が入り、シェークが始まった。
ボストンシェーカーのシェークは通常のシェークと違いダイナミックで大振りなシェークになる。
すごく迫力もあって何だか期待感にワクワクしてしまう。
氷のガシャコン、ガシャコンという音が店内に鳴り響く。
小気味の良いリズムだ。莉々子はこのシェークの時間を見ているのがとっても好きだった。
いつかは自分もあんな風に出来たらな。
そんな考えに思いを巡らしているとシェークが終わった。
赤松はシェーカーのステンレス部分をポンと叩いて外し、ボストンシェーカー用の大きな網のついたストレーナー(濾し器)を片手にシェーカーの中のお酒をあらかじめ用意してあった大型のゴブレットグラスに注いだ。
「綺麗な色。」
莉々子はため息と共にこぼした。
ホワイトラムをベースにホワイトキュラソーのコアントロー(オレンジの皮から風味を抽出した香りのいいお酒。莉々子がたまに作るケーキに使うのでこれだけは知っていた)、パイン、オレンジ、レモンのジュースをミックスしたお酒。
どんな味がするのだろうか?
「最後の仕上げだよ〜」
出来上がりにこちらも嬉しそうな赤松がもう一種のラム【レモンハートデメララ 151proof】を手に取る。
右手で素早くバースプーンを取り出し
グラスの縁にそのスプーン部分をあてる。
「これはね、莉々子ちゃん。フロートっていうんだよ。」
スプーンの背にボトル部分の注ぎ口を当て、静かにレモンハートを注ぎ始める。
「お酒はアルコール度数が高い方が上に重なる、つまり浮く性質を持ってるんだ。だからこの151proof(proofというのはアメリカやイギリスで言うアルコール度数の単位。80proofが日本で言うアルコール度数40度を表す。つまり151proofは75.5度とかなり強いお酒だから気をつけてね。とこの間このラムを飲み過ぎてカウンターで突っ伏して寝落ちてしまった男性を前に教えてくれた)のラムはこのカクテルの上にフロートするってわけ。
いわゆるレインボーっていう7色お酒を重ねるプースカフェスタイルもこの原理を活用して作っているんだよ。覚えておいてね。」
何とも難しそうだ。
莉々子の背中にこの暑さだというのに冷や汗が少し流れた。
先程注がれたカクテルにレモンハートの濃い茶色い色がフロートされていく。
赤松はそこに先ほど作って置いたデコレーションを綺麗に飾っていった。
「わぁ!!!」
莉々子は思わず声をあげた。
「ハイ!完成ね。TOMOKOさんに持って行ってあげて」
梨々子はトレンチを手にマイタイを乗っけて、演奏前でアコーディオンの調整をしているTOMOKOのもとに持っていった。
「TOMOKOさん、これマスターがどうぞ!って」
「えっ!いいの!??ありがとう~!マスターー!!!」
と、手を振る。
赤松もニコッと笑って片手をあげてそれに応えている。
「TOMOKOさん!今日も楽しみにしているね!」
莉々子は比較的このバンドの中でも歳の近いTOMOKOといつも仲良く喋らせてもらっていた。明るくて可愛らしいTOMOKOはこうしていると分からないぐらいパワフルかつメロディアスな演奏をする。とってもカッコイイのだ。
「うん!ありがとうね〜!演奏終わったらまた後で飲もうね!」
TOMOKOもにこやかにそれに応えた。
「あれー!マスター!TOMOKOさんばっかー!わたしには~??」
と、待ちきれなくて開店前から来ていた野乃木がすかさず茶化した。
また赤松はなんとも言えない顔でニコニコと笑っていた。
— リハーサルも終わり、お客さんも入って来て本日は満員となった。
既にバンドメンバーは楽器の調整を終え、ステージに立っている。
店内はザワザワとざわめいている。
莉々子と赤松はお客さんの準備に追われた。
ひと段落ついて
「じゃあ俺達も飲むもん用意して、演奏を見るか。」
そう言うが早いか開けるのが早いか。
赤松は既にカールスバーグの瓶ビールを空けていた。
準備で汗をかき喉が乾いていたらしい。
私もだ。
「ハイ、お疲れさん。」
瓶のまま乾杯をする。
ひと口、いやふた口み口
グビグビグビ〜っと二人とも一気にビールを煽った。
ふぅ。
ひと息ついた所で聞いてみた。
「そういえばさっき聞きそびれたんですけど、【ジタンのけむり】にぴったりな【マイタイ】はどうしてなんですか?」
「あー、それね~」
今日のLIVEがいよいよ始まる。
赤松はステージに顔を向けたまま、こう言った。
「マイタイはね、ポリネシア語のタヒチ方言で・・・・・・【最高!】だからだよ。」
ボーカル兼ギターのバンマス ミサキ タツヤが叫ぶ
「さあ!いってみよう!Bubamara!!!」
(続く。是非LIVE風景を動画と共に臨場感をお楽しみください。)