【ショートショート】男の子だって暴れる女の子が見たい
男は口元にニヒルな笑みを浮かべ、こう言った。
「趣味はプリキュア観賞で、休みの日はずっと『ふたりはプリキュア』を観ています」
雑居ビル三階で行われていた20代〜30代限定・女性無料の婚活パーティー。大きな二重の輪を描くように、女性が作る輪の周りを男性陣が大きく囲っていた。
2分経過するたびに、進行役のスーツを着た女性がホイッスルを鳴らし無機質な声で「回ってください」と言う。男性が時計回りに一つまわると、また「はじめまして」の挨拶から始まる。
安本凛花は婚活を始めて3年、32になった今、この会場の常連となっていた。システムもすべて把握。なんなら受付のバイトのお姉さんのシフトも知っているほどだった。
3人目に回ってきたその男は堂島俊といった。
「初めまして、堂島です」と本人が言う以前に、この席に歩み寄ってきた時から「来るぞ、来るぞ、アイツが来るぞ・・・」とただならぬ気配を感じていた。
中肉中背の肉増し。髪型はもっさりと伸び、だからといってお洒落なパーマがあてがわれているでもない。スーツもダボダボ。細い目は眼鏡の向こうに小さく尖り、口元は既にヒゲが青く伸びていた。
見た目はナシ。
凛花は笑顔で即刻却下する。
さてこの2分間、どうやってやり過ごそう。3分だったら持たなかった。セーフ。
「安本凛花です、よろしくお願いします」
ピンクベージュのシアールージュでナチュラルに仕上げた唇を少し突き出しながら口角を上げる。今もなお異性との初対面時にはこのアヒル口を惜しげもなく披露してしまう。中学時代からこの口していればモテると深層心理のどこかで思い込んでいるのだろうが、効果のほどはいかばかりか。
「お仕事は一体何を」
堂島の方から訊ねてきた。
「社会福祉法人の総務事務を」
「介護施設ですか」
「障害者支援施設です、堂島さんは」
堂島はフッと笑う。一体何の笑み?
「ビール工場で勤務しています」
意外と普通だった。どうやらフッという笑いに深い意味はなく、この堂島という人間の笑い方が常にそのようである。
苦手だ、と凛花は率直に感じた。
「ビール、私好きですよ、安く買えたりするんですかー?」
興味のない話題を、うすーくうすーく破れてしまわない程度に広げ伸ばし、2分間という妙に長い時間をつなぐ手法に出る。
「いやいや、お歳暮とかの案内が来るばっかりで安くは飲めないですよ、ええ。普段はもっぱら発泡酒」
回答はつまらなかった。少し沈黙を挟む。
ハッとして凛花は次の話題を思い出した。
「趣味」である。ベーシックかつマストな話題だ。
「趣味はなんですか」
穏やかで上品な表情を繕う凛花の言葉に、「趣味。趣味はですねえ・・・」と堂島は眉間にある眼鏡の縁をクイッと上げた。
そこで冒頭の言葉である。
「趣味はプリキュア観賞で、休みの日はずっと『ふたりはプリキュア』を観ています」
サーッと波が引いていく音がした。
凛花は引いた。この上なく引いた。
30過ぎた(名札に「堂島俊(33)」とある)男が躊躇う様子もなく、さもありなんと発するには、あまりにも馬鹿げていた。
いや、趣味を否定するのは良くない。百歩譲ろう。プリキュア観賞、大いに結構。休みの日に観ればいい、満足するまで繰り返し観ればいい。
しかしだ、ここは婚活パーティー。出会いを賭けて戦いが繰り広げられる戦場である。右の男も左の男も、あいつも、こいつも、みんなみんなみーんな、堂島、お前のライバルなのだよ。それをなんだ?趣味はプリキュア観賞だ?馬鹿言ってるんじゃねえよ、女にモテたい、いい出会いが欲しい、という野望はドアの前にでも落としてきたのか?もしくはお前、年収1,000万円か?医者か?弁護士か?経営者か?何故それほどの自信がある!?プリキュア観賞を恥ずかしげもなく言い放てるほどの自信が・・・!
無意識に浮かんでしまった凛花の不敵な笑みに応戦するように、堂島が口を開いた。
「『ふたりはプリキュア』のシリーズは何と言っても監督の西尾大介ですよ。最初はぶったまげましたね。なんでここで西尾!?って。だって信じられないじゃないですか、西尾大介って言ったらドラゴンボールですよ。ドラゴンボール、ドラゴンボールZ、ワンピース、エアマスターときて突然の女児向け。え、なんで?どうしてここに西尾が?ってなりません?でも『ふたりはプリキュア』のコンセプトを知った時、うわっやられたーって思いましたね、これは間違いなく面白い、ものすごいものが出来上がると確信しましたよ。なんでもそのコンセプトというのが『おんな・・・」
ピー!!
会場に2分の経過を知らせるホイッスルが鳴った。終了だ。
「じゃ、またのちほど」
堂島はサクッと会話を切り上げ、席を立つ。
おんな・・・おんなが・・・?
凛花は聞き入っていた。堂島の演説に聞き入っていた。そしてまんまと気になってしまったのだ。続きが。
どうして西尾大介が「ふたりはプリキュア」の監督に抜擢されたのか。
振り向きもしない堂島の横顔を、思わず目で追う。
聞かなくては。この後のフリータイムで絶対に聞かなくては。
凛花の脳には、次に続く男たちの言葉が全く入ってこない。趣味が登山だとかフェスだとか珈琲に最近ハマってるだとか。そんなん、右から左に流れていく。
何故堂島がプリキュアにハマってるのか、何故西尾大介がプリキュアの監督をしたのか、その真相が気になって気になって、頭にべっとりとこびりつき離れなくなってしまったのだ。
最後のホイッスルが鳴る。長い、自己紹介タイムが終わった。
「これから30分間のフリータイムとなりますので、どうぞ皆様こちらのスペースに移動し、自由にご歓談下さい」と、また無機質な声がマイクを通して会場内に響く。
会場の半分のスペースに長机やパイプ椅子が設置され、長机にはスナックが、前方には数種類のドリンクが用意されていた。
凛花は走るようにビールを奪いに行くと、その姿を探す。
しかし、ない、ない。あの野暮ったい眼鏡の姿がない。
消えた・・・?
どこかショックを覚えていると、女性たちの黄色い声の中からその姿は現れた。なんと堂島は多数の参加女性によって囲まれていたのだ。
くそ、堂島。あのプリキュアの話、全員にしやがったな・・・?
凛花は軽く舌打ちをする。そして、堂島が創り上げた輪の中に無理やり自分の体を押し込んだ。
堂島と軽く目が合う。またも、彼はフッと笑った。
輪の中の一人の女が言った。
「なんで西尾さんが監督に選ばれたんですかあ?」
全視線が中央の堂島に集中する。堂島はまた眉間にある眼鏡の縁をクイッと上げ、斜めに伸びるような笑みを浮かべて言った。
「コンセプトが『女の子だって暴れたい』だからだよ」
そして続けて言う。
「西尾大介が描く暴れる女の子、見ないわけにはいかないじゃないか」
自分の言葉に酔いしれるようにフフフと堂島が笑う。
次の瞬間、凛花は図らずも、「私も!」と手を高く上げ声を張っていた。周りの女が一斉に凛花を見る。
「私も見てみたいです」
中央の堂島と視線が交わう。
「西尾さんの、プリキュア」
語尾にほのかにハートマークを付けた。さあ、効果のほどはー。
ここは戦場。
印象を強く焼き付けた者だけが勝ち残る。