『彩香上京物語』 第十四章 ~決意~

第十四章 ~決意~

~2か月後~

星野「あら彩香ちゃん、今日も早いのね」

彩香「彩さん、おはようございます。」

星野「あれ?もうロードワークは終わっちゃった?私これからなんだけど。」

彩香「はい。でも私も一緒に行きますよ。」

早朝のジムに朝の光が差し込んでいた。

タンクトップにスパッツを着た彩香は火照る身体をタオルで拭きながら答えた。

あれ3ケ月が経ち、季節は夏に入っていた。

試合から2週間経った休暇明けの日から、彩香はジムに毎日欠かさず顔を出した。

以前と変わらず何にでもよく笑うところは変わらなかったが、瞳の奥からは何か強い意志のようなものが感じられた。

彩香は日焼け止めクリームを顔に塗り、更に日焼け防止を兼ねてスウェットスーツを着込んだ。

星野「さて、行こうか。」

真夏の晴れた川の土手を彩香は星野と並んで走った。

体中から噴き出る汗で彩香の全身はぐしょぐしょに濡れ、口からは熱い息がこぼれた。

河川敷の堤防に寝転ぶと、朝日の眩しい光がサングラスを通り越して網膜を刺激する。

星野「彩香ちゃん、何か変わったよね。」

彩香「そうですか?」

星野「うん、何ていうか迷いがなくなったみたいな?」

彩香「…どうですかね。自分でもはっきりとは分からないんですけど、本当は迷ってるのかもしれないです。」

星野「そうなの?」

彩香「ここに来る前、前のグループにいた時もコロナのせいでずっとライブが出来なくてすごく悩んだ時期があったんですけど…」

星野「確かにあれには参ったわよね。」

彩香「だけど、そういう時って悩んで立ち止まっててもしょうがないっていうか、私バカだから考えても何も浮かばなくって…。」

星野「…」

彩香「だから今やれることを、目の前のことを一生懸命頑張るしかないって思って毎日ずっと家の近所を走ってたんですよ。」

星野「へえ。道理でこんなに足が速いわけか。ふふふ。」

彩香「ええ。おかげで足だけ太くなっちゃって焦りました。」

星野「じゃあ本当は今も悩んでるんだ?」

彩香「はい。でも今ははっきりしていることもあって…。」

星野「何?」

彩香「私、本気で強くなりたいです。」

星野は彩香の方を見た。彩香の表情は真剣そのものだった。

星野「本気で?」

彩香「はい。」

星野は無言で立ち上がると、先を急ぐように走り出した。

彩香も立ち上がり、すぐに星野と並んだ。

二人はしばらく無言のまま走り続けた。

星野「彩香ちゃん、私の練習についてこれる?」

彩香「はい。」

星野「足も太くなるけど?」

星野は意地悪な目つきでちらりと彩香を見た。

彩香「…」

星野「何ちゃってね。」

星野は彩香にあっかんべーをするとターンして来た道を戻り始めた。

彩香は遠ざかっていく星野の背中をしばらく見つめながら肩で息をしていた。

星野の姿がはるか遠く見えなくなった時、彩香は大きく息を吸って叫んだ。

彩香「そんなの…気にしてませんから!」

彩香は猛ダッシュして星野の後を追いかけた。

第十五章へ続く

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