『彩香上京物語』 第十一章 ~始動~
第十一章 ~始動~
~トレーニングジム
星野「以上がルールと試合の流れよ。分かった?」
彩香「はい、大体は...。」
星野「今回は特にこれといった筋書きはないんだけど、まずは相手の出方を見て攻撃を受けるの。」
彩香「避けちゃだめなんですか?」
星野「逃げてばかりじゃお客さんは盛り上がらないでしょ。それに下手な避け方をしたら余計にケガすることもあるから。ここは相手に花を持たせるくらいの気持ちで気合で耐えてみせるところよ。」
彩香「なるほど。でもいつまで攻撃を受ければいいんですか?」
星野「大丈夫。それはこっちから合図を出すから。合図したら反撃してね。」
彩香「反撃って、具体的には何をしたらいいんですか?私、技とか何も知りませんよ。」
星野「そうね...。これから教えてもすぐに習得できるわけじゃないし、今回は彩香ちゃんの長身とスピードを生かした攻撃を主体にするといいかもね。」
彩香「それってつまり...?」
星野「ほら、こないだの試合でやったキックとか」
彩香「あれはただの偶然で...」
星野「あとはビンタとかチョップかな?」
彩香「ビンタ?」
星野「そう。さっき説明したけど、グーでのパンチはルール違反だからね。」
彩香「あ、そっか。」
星野「何なら試しに私にビンタしてごらん。」
彩香「えっ、そんな...」
星野「ほら、いいから早く。耳は狙わないでね。」
星野は大股にかまえると顔を前に突き出した。
彩香「は...はい、じゃあ...いきますよ...」
ペンッ
星野「...」
彩香「ご...ごめんなさい!」
星野「全然きいてないんだけど。そんなんじゃ手加減してるってバレバレよ!お客さん帰っちゃってもいいの?もっと力を入れて!」
彩香「は...はい!じゃあ次は強くやります...」
ペシッ
星野「うん、ちょっとよくなった。でもまだまだ全然。もっと気合をこめて!」
彩香「はい!」
ベシッ ビシッ バシッ
星野「だいぶ力は込めて打てるようになったけど、まだ何かちょっと足りないのよね。気迫というか殺気みたいな?」
彩香「気迫...ですか?」
星野「そう、本当にケンカしてる時みたいな感じ?試しに私が彩香ちゃんを怒らせることを言うからその後に打ってみて。何がいいかな?」
彩香「それじゃあ...えっと、私が『りんごと梨どっちが好きですか?』って訊くので『梨』って答えてください。」
星野「何それ?訳わかんない。まあ、いっか。」
彩香「じゃあ、いきます。『りんごと梨どっちが好きですか?』」
星野「『梨!』」
ブンッ
彩香の腕が空を切り裂いて迫り、
パアアン!
その手が星野の顔面をとらえると、ひねって勢いを殺したにもかかわらず、体ごと吹っ飛んでいった。
彩香「彩さん!ごごごごめんなさい!大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ると、星野は大丈夫とばかりに自力で立ち上がった。そして驚いた表情で彩香を見つめた。
星野「すごいわね!やれば出来るじゃない!」
星野の鼻からはうっすらと鼻血が出ていた。立ち上がったはいいものの足元がふらついている。彩香は星野を脇で支えながら医務室へ連れていった。
~医務室
彩香「ほんとにすみませんでした!...私今まで人を叩いたこととかないから加減とか分からなくて。」
星野「そんなこと考えなくていいのよ。プロレスはね、本気で戦うショーなんだから。手加減なんかしちゃだめ。そもそもあなたにそんな余裕があるとは思えないけど。」
彩香「でも...どうして直接こんなこと。」
星野「ふっ...これだって立派なトレーニングなのよ。相手の攻撃を食らってるようにみせて衝撃を殺してるの。次は彩香ちゃんにもやってもらうから覚悟しておきなさい。」
彩香「ううっ...が、がんばります。」
星野「じゃあ、今日の練習はここまで。後は残ったメニューをこなしたら帰っていいから。」
彩香:「はい、ありがとうございました。」
バタン
医務室のドアが閉まり、彩香の足音が遠ざかっていく。
星野は頬を抑えてうずくまった。目はうっすら涙目になっている。
星野「いった~い!もう何なのよ!あの馬鹿力は!!」
星野は痛みに悶絶しながら声を殺して笑った。
第十二章へ続く