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臨時教員が自分の天職
田中ひろのぶさんの著書に時々出てくる表現。
社会には、人を適切なところに配置していく「自動振り分け機能」みたいなものがあると僕は思ってるんや。
この考え方が好きです。と言っても、社会人のスタートからこの価値観を持っていたわけではありません。
20代、30代の頃の自分の価値観はというと、
「自分は努力次第で何者にでもなれる!」
「この仕事が好きで魅力的で選びました!」
「正採用になって能力の高い教員を目指します!」
という感じ。20代、30代と、とりあえずそう言っておくのが正解みたいな雰囲気の中で人生を走りました。
で、40代に片足突っ込んだ今思うのが冒頭の考え方です。
いま自分は臨時教員が己の天職だと思っています。今の自分が人生で一番幸せだと思っています。
ずっと臨時教員として働き続けてきたわけではありません。正採用教員だった時期もありますし、他業種にいたこともあります。
人間関係だったり世の流れだったり、色々な外的影響によって自分は立場や職を変えてきました。大きな決断をする時に何に影響されるか。自分はそれらに影響されたわけで、つまりはそのような価値観を持っていたということです。
ところが41歳の今、結局は社会人のスタート地点であった臨時教員に戻ってきて日々を過ごしています。
そんな人生だったものですから、冒頭の田中ひろのぶさんの言葉は実感を伴って刺さるわけです。自分には自分の適性があって、社会の中でいつの間にか適切な場所に配置されたのです。
なんだかんだ、自分は臨時教員をやっている時が一番社会から感謝されているような気がします。
今さらもう一度正採用教員をやろうとは思っていません。
この立場から、社会を支える1人としてのんびりやっていきたいと思います。
では。