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少しだけ素直な気持ちを手紙に書いてみた。[後編]2022/10/10

〜2021年に解散した韓国のアイドルグループの推しの思い出を綴るnote〜

いつも最前列に陣取っていた常連ヲタクが少ないからか、和やかな特典会だった。

個人サインが終わり、団体サインへ並ぶ。

推しは、いつもよりも饒舌で次から次へとたくさん話してくれた。私は頷きながら聞いていた。

すると推しは少し改まって

ハルさん。たくさん来れなくても、いつも仕事が大変なのに来てくれてありがとう。

と、真面目な様子で感謝の言葉を言ってくれた。
私は家が遠いことと、平日は仕事が忙しいため、ほぼ週末しか来れなかった。

SHOWBOXの常連ヲタクは毎日のように通う人がたくさんいて、そういう常連ヲタクで成り立っている面もある。

一体どんな仕事をしている人なのだろう、と不思議なヲタクがたくさんいるのだ。

公演のチケットは、当時3500円〜4000円。
さらに特典会のチェキが1枚1000円で、少なくとも個人と団体を1枚ずつ撮ると2000円。
週に5回行けば30,000円。
長期公演は最長3ヶ月。短くても1ヶ月。

積もり積もって、かなりの金額になるはずだ。
だから、ヲタク同士のお金のトラブルの話はよく聞いた。

連番でチケットを買うためにチケット代を立て替えてもらって、そのままお金を返さないというトラブルは珍しくなかった。

そこまでお金を掛けているのだから、常連ヲタクたちが推しに特別なファンサービスを求めるのは仕方ないことだと思う。

ファンのあしらい方が上手いアイドルは、上手に個別ファンサービスをしてヲタクを満足させることが出来るだろうけど、推しは2年経ってもファンのあしらい方が下手だった。

推しの常連ヲタクたちは、そんな推しの対応に満足出来ず、もっと上手に甘いファンサービスをしてくれる新たな推しを見つけて去っていった。

そんな時期だったから、推しは突然改まってお礼を言ってくれたのだろうか。
数が減った常連ヲタクたちの顔ぶれを見て、そんなことを考えた。

それから推しは、こう切り出した。

ハルさんは、いつも頑張っています。
どうして…ガンバリマスカ?

なぜ頑張ってここに来るのかと訊かれ、私は答えに詰まった。

そんなこと決まってる。
推しに会いたいからだ。

えっと…

何と答えるべきか。
素直に、「推しくんに会いたいから」と言おうか。
でも恥ずかしいし、そんなこと言われて気持ち悪がられないだろうか…と瞬間頭をよぎる。

「みんな(グループ)の為に、これからも頑張るね」

我ながら何と下手くそな答え方だろう。
質問の答えになっていないし、もっと上手い答え方があるだろうに。

自分でもそう思ったけれど、口から出た言葉はそんなセリフだった。

推しはキョトンと不思議そうな顔をして、ただ「はい」と笑って頷いた。

SHOWBOXから帰る途中、友人にLINEで今日の出来事を報告した。

『そんなの、推しくんのことが好きだからに決まってるだろうがぁぁぁ!』と、普段は穏やかな友人からキレ気味の返信が送られてきた。

私はその返信に思わず笑ってしまった。

私も…推しはそう言わせたかったような気がする。返事を待つ数秒にそんな雰囲気を感じた。
だけど、私には勇気がなかった。

私みたいな年増のヲタクがそんなことを言ったら気持ち悪がられないだろうか、という気持ちの方が強かったから。

もし素直にそう言っていたら、どんな反応をしたのだろう。知りたい気持ちもあったが、期待した反応では無かった時にがっかりすることが怖かった。

大阪遠征を通じて、私はもっと推しに素直な気持ちを伝えようと考えていた時期だったけれど、いざ推しを前にしてしまうと言葉が出てこなかった。

だが面と向かって言えないことでも、手紙なら素直な気持ちを書ける気がした。
手紙ならたとえ良い反応ではなくても、それを目にすることはないからがっかりすることもない。

なぜいつも頑張って見に来てくれるの?なんて訊かれるとは思っていなかったが、その答えに近いことを偶然にもその日に渡した手紙に書いていた。

仕事が忙しくて大阪公演を見に行くのは無理だと思ったけど、推しくんに会いたいから、頑張って仕事を終わらせました。推しくんのソロを聴くことが出来て、とても幸せでした。

これが私が書ける精一杯の言葉だ。
推しに会いたかったから大阪へ行ったのに、ちゃんと言えなかった後悔が残っていたから、素直な気持ちを手紙に書いてきた。

本当に、大阪に行く直前まで仕事がバタバタしていて、飛行機の予約をキャンセルしなきゃいけないかもしれないとまで覚悟していたのだ。


特典会の後、宿舎に帰ってから推しはその手紙を読んだだろう。

推しは手紙を読んで、どう思っただろうか。
喜んでくれたらいいな、いやきっと喜んでくれるはずだ。手紙でしか素直な気持ちを伝えられない私に呆れているかもしれないけど。

いつかちゃんと、面と向かって素直な気持ちを言おう。

そう思った11月の終わり。

推しに会えた最後の1ヶ月。


この時期、ニュース番組ではまだ中国やヨーロッパで原因不明のウィルスによる感染症が発生したという報道は見かけなかった。

この先まさか世界があんな状況になるなんて、思ってもいなかった。

きっと来年も推しは定期的にSHOWBOXへ来るだろうと、疑いもしなかった。

いつか言おう、そう思っていた言葉も言えないまま。

幸せな日々を過ごした。

終。

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