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最後に推しが「幸せ」だと言ってくれたこと。2022/11/17

〜2021年に解散した韓国のアイドルグループの推しの思い出を綴るnote〜

パンデミック直前の2019年12月。
私たちはまだ危機感を持っていなかった。

いよいよ来年は、推しが韓国でデビューするんじゃないかという期待と不安。
デビューショーケースは韓国へ見に行こうと心の中で決めていた。

残り少ないSHOWBOX公演も、終盤はほぼ客足も戻り新しいファンが増えていた。
公演前のフライヤー配りに付いて歩くファンの数も多かった。

2年経っても、私はこのフライヤー配りの撮影が苦手だった。他のファンのように推しの近くで撮ることが怖かった。

もしかして撮影されることが嫌なんじゃないか、と勝手に想像して、嫌われないように遠くから撮っていた。

ラスト10日を切ったSHOWBOX公演。
私が見に来れるのは、今日を入れてあと3公演だ。

JR新大久保駅前のメイン通りの歩道を、大勢のヲタクに囲まれてフライヤーを配り歩くメンバーたち。

我れ先にと、車道から回り込んでメンバーたちを追い越して正面から撮影しようとするヲタクや、メンバーの隣に張り付いてスマホで動画を撮るヲタク。

その様子を、ヲタ友と2人で向かい側の歩道から眺めていた。
一般の歩行者や車の迷惑になることもお構いなしに、推しを追い回す一部のヲタクたちの姿。
その中に混じって撮影することなど、私には無理だ。

その時ふと、推しがカメラに気づいたような気がした。

いつも反対側の歩道でポツンと写真を撮る私のことを、推しはどう思っていただろう。
なぜ近くで撮らないのか不思議に思っただろうか。

ハルさん、写真を撮るの好きですか?

以前、推しにそう訊かれたことがあった。

「うん、好き」と答えた私に、推しは「いつも綺麗な写真ありがとう」と言ってくれた。お世辞にも上手とは言えない腕前の写真だから、気を使ってくれたのだと思うけど、私は嬉しかった。

だけど、撮りヲタの同担さんたちは、推しによく写真のダメ出しをされると言っていた。
とても自慢げに。
推しと自分はそういうフランクな間柄なのだ、とアピールしているように感じた。

そもそも私は、推しに写真の感想を求めたことは一度も無かった。
写真を撮ってあげてるんだぞ、と推しにプレッシャーを掛けているような、押し付けがましいような気がして…

だから私は一度も自分から推しに写真の話題を振ったことは無い。逆に推しの方から折々に写真のお礼を言ってくれた。
もしダメ出しをされたら、どうしただろう。
おそらくショックで写真を撮ることは辞めると思う。他のヲタクのように『私には何でも正直に言ってくれる』とポジティブに考えることなんて出来そうにない。

推しはとても賢くて、優しい。

公演は満席とはいかないまでも、ほぼ埋まっていた。私とヲタ友は、最前列の中央エリアへ座った。

最初はテンションが低そうだった推しが、だんだんエンジンがかかってはしゃぐ姿が可愛かった。

中盤に、本命の推しと2番目の推しが2人でZion.Tの『No makeup』を歌った。
最前列の私の目の前で、コミカルにカップルソングを歌う2人の推し。
2人ともノリノリで掛け合いを楽しんでいた。
私もヲタ友も、笑い転げた。

公演後の特典会も盛況だった。空いている席を見つけるのが大変なくらいに。

サインの時に推しに「No makeupがとても可愛くて楽しかった!」と伝えると、「本当はあんな風にするつもりじゃなかったんだけど…」と照れくさそうに笑っていた。

ライブの雰囲気で自然とそうなった、ということだろう。それはファン冥利に尽きるというものだ。

続けて私は、準備してきた言葉を伝えた。

「あのね、韓国語を覚えてきたよ!」
前回推しが、『ハルさんも何か韓国語を話してみて』と言った会話を踏まえて準備してきたのだ。

「本当?」と、驚く推し。

私は軽く咳払いをして話し始めた。
「チョヌン ○○エ ペンイムニダ」
  (私は○○のファンです。)

「それだけ?」と推しが笑う。

集中を切らさないように私は続けた。
「オヌル コンヨン ノム トゥルゴウォッスミダ.
○○ウン ノム キヨウォッスミダ.
クロニカ ノム ヘンボッカンニダ」

一言一言、間違えないようにゆっくりと話すのを辛抱強く聞いてくれた推し。

最後まで言い終えると「凄い!凄い!」とまるで子供を褒めるように拍手する姿は、いつもの私と推しの立場が逆転したようだった。

「わかる?」と確認すると推しは「もちろん!」と言い、私の韓国語を日本語に翻訳した。

今日の公演はとても楽しかったです。
推しくんがとても可愛かったです。
だから、とても幸せです。

推しは少し照れたように「僕も幸せ」と言った。

私が推しのためにしてあげられることは、こんなことくらいしか無かった。高価なプレゼントもあげられないし、高価なレンズで写真を撮ることも出来ない。

「韓国語を覚えてきてくれて、幸せです」と、言いながらギュっと手を握ってくれた。推しの手は温かかった。

推しが笑ってくれるだけで幸せで、どんな話をしたら笑ってくれるかなと、毎回そればかりを考えていた。今日は大成功だ。

僕も幸せ

ただのリップサービスでも、推しのその言葉は私の胸にゆっくりと深く染み渡って、フワフワと幸せな気分にしてくれた。

そうして楽しくサインが終わり、特典会が終わるのを待っていると、会場の外で常連さんと事務所のスタッフが深刻な顔で話し合いをしている姿を見つけた。

言い合いをしているような…険悪な雰囲気だった。

ヲタ友と顔を見合わせ、何を話しているのか聞き耳を立ててみたが、聞き取ることは出来なかった。

ただ、事務所から特典会の注意事項がたびたび告知されていたから、何かルール違反があったのかもしれない。

特典会でメンバーの顔や体に触れる行為や、暴言はやめるように、という告知。

その常連さんはよく言えばフレンドリーなのだが、たびたびメンバーの顔や髪の毛を触ったり、腕を組んだり、手を揉んだり(マッサージ?)していて、そのことを他のファンはよく思っていないようだった。(文字にすると、やはりセクハラに当たる行為かも…)

メンバー本人がどう思っていたのかはわからない。
彼はポーカーフェイスで、人前で不機嫌な顔をしたことがない。いつも変わらず穏やかな性格だった。

その常連さんの行為の是非は置いておいて、この2年間、メンバーたちは常にセクハラや暴言、無理な要求、ファン同士の喧嘩に悩まされてきた。

推しは、そんなファンには完全無視の姿勢で自己防衛していたが、そんやって拒絶することが出来ないメンバーはただ耐えるしかなかったと思う。

特典会の後のフォトタイム。
スタッフに呼び出されて注意されていた常連さんは最前列で写真を撮っていたが、彼女の推しメンバーは目の前にいる常連さんのことを全く見ていなかった。完全に無視、まるで視界に入っていないかのように目線を送らなかった。

そのメンバーは彼女を拒絶するように、彼女の後ろにいた私のカメラばかりを見ていた。

一体、何があったんだろう。
彼の顔は強張っていた。
絶対にその常連さんにファンサービスしない、という強い意志を感じた、

いつも温厚で明るいメンバーだったから、そんな姿は初めて見た。
私は推しを撮りたかったのだけど、何となく、、そのメンバーが助けを求めているような気がして、彼の写真を撮り続けた。

後からその写真を確認すると、常連さんへチラリとも視線を向けず、私のレンズをじっと見つめて、ポーズをとっていた。心なしか頬がこけて疲れた表情だった。

彼らはきっと、この場所から離れてもっと大きな世界に行きたいと思っているだろう。
韓国デビューを、そのきっかけにしたいと思っているだろう。

私の2番目の推しは、口癖のように「もっと大きな場所でライブができるように頑張る」と言っていた。
それは頼もしくもあり、それと同時にこの場所から早く離れたい気持ちの表れのような気がした。

SHOWBOX公演の最終日が近づくにつれて、もう目の前の私たちを見ていないような寂しさを感じた。

本命の推しは…
それとは対照的に「もっと大きな場所で」という言葉を一度も口にしたことが無かった。
あの頃はなんとも思わなかったが、今思うと不思議だ。

推しはもしかしたら…
いや、そんなはずは無い、推しもきっと新大久保ドルを卒業したいと思っていたはずだ。
推しのファンは、とりわけ強烈な人が多かったから。

幸せだった?

訊きたくても、もう訊けない言葉。
推しはあの頃、少しでも幸せだと思えたかな。
私はとても幸せな2年間だった。

少なくともステージで歌っていた瞬間、推しは幸せだったのだと信じたい。

あの小さな箱の中で楽しそうに歌う推しの姿が、今でも私の胸に焼き付いているから。

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