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[後編]ペンライトは僕の色を点けて、と言われた話。2022/09/18

〜2021年に解散した韓国のアイドルグループの推しの思い出を綴るnote〜

ブルー担当のW君は、メンバーの中で1番捉えどころのない性格だった。顔はすこぶる良い。
だから、初見で彼の顔に惹かれてファンになる人は多かった。

だけど性格はマイペースで、ファンの顔と名前を覚えることが苦手だった。
そして、ある程度コミュニケーションが取れるようになるまでは『ザ・定型文』の見本のような対応だった。

今日は来てくれてありがとうございます。これからも頑張るから応援して下さい。

このセリフを、何度言われたかわからない。

アイドル対応を望むファンはすぐに飽きて、他のメンバーへ推し変することがよくあった。

顔と名前を覚え徐々に心を開いてくれてからは、とても面白い(不思議ちゃんな)性格だから、私は彼と話すのがいつも楽しみだった。どんなことを言い出すんだろう、とワクワクした。

そんな彼が言った「明日はブルーのペンライトをつけてね」というリクエストに最大限応えたかった。

推しのサイン列に並びながら、ブルーのペンライトを点けていたことを推しになんと言って説明しようか考えていたけれど、そもそもそんなことを説明する必要があるのかとも思うし、推しが気づいていなかったらただの勘違い野郎になってしまう。

考えがまとまらないままサインの順番がきた。
翌日には大阪公演へ出発する予定だったから、激励の手紙を渡した。
手紙の封筒に推しが好きな少女アニメのイラストを描いておいた。

推しはイラストをみて「ぐふふふ」と崩れ落ちた。

わたしは心の中でガッツポーズをした。狙い通りの反応でとても可愛かった。

「タクトとメロコです」とイラストを指差して、そのキャラクターのモノマネをしてくれた。
私はそのアニメを知らなかったけど、可愛くて笑ってしまった。

そして推しは「ハルさん…えーっと…何だっけ…言うことがあります。」と改まる。何を言い出すんだろうと身構えた。

あ!そうだ!
大阪は来れなくても、大丈夫です

推しはこれを伝えようと事前に準備していたみたいだ。
前回の大阪公演には行けなかったから、今度も来ないだろうと思ったのかもしれない。

「大阪、行くよ」と私は笑った。

推しは一瞬驚いた顔をして、ぐふふと笑った。

後ろにまだたくさんの人が順番を待っていたから、私は「じゃあね」と言って立ち上がった。
ブルーのペンライトの話は、すっかり頭の中から抜けていた。

すると、去り際に推しが呼び止めた。

ハルさん!もっと違う服を着てください!

どういう意味か一瞬わからなくて、へ?と笑ってしまったが、すぐに青いTシャツへのダメ出しだと気づいた。
チェキを撮る時にW君が自分の応援カラーだと喜んでいたことが、内心面白くなかったりして。
推しのそういうところが可愛い…

個人サインが終わり、団体サインの列に並んでいると、サインの合間の推しと目が合った。
推しは両手の親指と人差し指でフレームを作り、写真の構図を考えるポーズをしてご機嫌な様子だった。推しはあまりそういうファンサービスをするタイプではないから、珍しいなと少し驚いた。

団体サインの順番がきて、一番手のメンバーから順にサインをもらう。

2推しは、3番手の位置に座っていた。

サインを書き終えた2推しに「今日はW君のソロだったから、青い服を着て青いペンライトで応援したんだ〜」と伝えた。

すると2推しはTシャツをじっと見て、
「でも、ここに○○(推し)がいますね」と、指差した。

その日着ていた青いTシャツには、色とりどりのトカゲのイラストが描いてあった。

え?とTシャツを見下ろし、指さされた場所を確認すると、そこには本命の推しの応援カラーのトカゲが描かれていた。

ニコっと笑顔の2推し。
やっぱり2推しは、本命の推しに対してとても気を使っているような気がした。

「僕もここにいる」、そう言ってまたTシャツを指差す2推し。5匹のトカゲの中に、2推しの応援カラーのトカゲがいた。

「本当だ!」と私と2推しは笑い合った。

4番手に本命の推しが座っていた。
私は同じように、今日青いTシャツを着て青いペンライトを点けていた理由を説明した。

「今日はW君のソロの日だから、今日一日はW君のファンなの」と。

推しが「ハルさぁんT^T」と泣く真似をした。(可愛い)

「でも推しくんのファンに戻るね」と言うと、推しはぐふふふと笑って「うん、わかってるよぉ」と笑顔になった。

うふふふと笑い合って、幸せな時間が流れた。そんな茶番じみた会話が、おままごとみたいで妙に楽しかった。

私は「大阪で風邪ひかないでね。すぐに東京に戻ってきてね」と伝えて締めくくった。

青いペンライトをつけていたことを、推しは本当はどう思っていたのだろう。
推しの関心を引くために、わざと青いペンライトをつけたと思われていないだろうかと心配になった。

推しのファンは、わざと推しを怒らせたり、推しの前で泣き出したり、説教めいたことを言い出す人が多かった。それはたぶん、推しの関心を引くためだと思う。

度が過ぎれば、推しは心を閉ざして見向きもしなくなる。そうなったファンを何人も見てきた。ミイラ取りがミイラになるように、1人いなくなればまた1人、そういうファンが現れた。

W君との約束を果たすことが出来て、とても楽しい1日だったけど、こういうことは一度きりにしようと思った。推しの信頼を失うようなことは、したくないから…

翌日から推したちは、3週間の大阪名古屋公演に出発する。

もう会えなくなるとわかっていたら、もっとたくさん公演を見に行けばよかった。もっとちゃんと伝えたいことがたくさんあったのに、私はいつも本心を隠して向き合う事を避けていた。

幸せな日々も残り少なくなった最後のシーズン。
幸せな記憶と共に、少しほろ苦い気持ちになる。

-終-

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