坂庭 鳳さんの「生きる目的」を知って、ある住職の話を思い出しました。
・文中の「※斜に構える」は、誤用派生の慣用句ですが未訂正
・文中の「※みえる」は、東海3県特有の「標準語の敬語と思い込んだ方言」ですが未訂正
坂庭 鳳さんの「生きる目的」を知って思い出した
ある住職の話を思い出しました。
大学での社会学の講義のゲスト講師に招かれた住職の講義内容です。
『今日は、皆様の様々な悩みを解消するとともに、今後の人生の指針となるべく話を少し出来ればとお邪魔致しました、、、、』
多分、18かそこらの生意気盛んな私は、「どこぞの恩着せがましい生臭坊主や?」くらいに※斜に構えて聞いていたかと思います。。。
『夜間部ということで、年齢層も様々で、お仕事を終えられたばかりの方も多いかと思います。
今日、お伝えしようとする話はたった漢字二文字の言葉で集約できる簡潔な話で、こちらに※みえる全ての方の現在、将来に強く関与されること間違いありません。』
『その〇〇という二文字が一体何なのか少し考えながら聞いてみて下さい。』
『その言葉は、今日1日の、その一週間の、そのひと月の、その年の、そして人生の目標となり得る事でしょう。』
『その言葉は、あなた自身、あなたの家族、あなたを取り巻く社会の一助となるべく慈愛に満ちているでしょう。』
『その言葉自体が、あなたの誇りとなり、自信となり、喜びとなり、これまでの不安や悩みが些細な事だと気付かされることでしょう。』
『そして、あなたの孤独感を打ち消し、社会性を養うきっかけになるでしょう。』
『それは、人類の歴史から紡ぎ出した最大の知恵とも言えるものです。』
『ただこの言葉、その行為を忌み嫌う人もいるようです。いや、いるのでしょう。
なぜなら、この言葉の本質を家庭でも学校でも学ぶ機会はあまりありません。
あなた自身の誕生から、死の間際、いや亡き後にまで関与する事でありながら。
そして、自身の頭上に唾棄するかの如く、誤解したままということは寂しい限りです。』
、、、『どうですか? わかりましたか?』
これ以上の細かい内容は定かではありませんし、私自身の勝手な解釈や偏見が蛇足な演出をしているかもしれません。
少し、内容を飛ばして話の終盤に記憶を傾けます。
、、、『どうですか? この〇〇という言葉が、わかりましたか?』
『これから皆様の内の3名の方に、この言葉を尋ねます。
その中にもし、正解がなければ、もう少し考えてみて下さい。私は明日はいませんが、別の講師の方に解答を託します。
それでは。』
1人目の学生 「・・・健康 ですか?」
『違います。健康は大切ですが、物理的に自身の健康を目指すだけでは成り立たないものなのかもしれません。程よく受け入れた時に、気付かされるものかと認識しております。
少し関係はしています。』
2人目の学生 「 仏教、自体ですか?御心とか?」
『正解と言いたいですが、違います。私自身、もちろん仏門を志す身ではありますが、釈尊の教えにもこの言葉は無いかと思います。
仏教の教えは敢えて言えば、掴みどころのない、中立、中道的、抽象的な特徴、魅力も有るのですが、この言葉は現実的な要素に尽きるかと。』
3人目の学生 「 “慈善“とか“奉仕“かと思いました。」
『不正解とは言いにくいですが、違います。
私も本日の講義代はしっかり頂戴して帰ります。
確実且つ、より現実的な手段で還元される奉仕や慈善活動ということも、皆さん自身にとって今後の課題なのかも知れません。
それでは、今日はご清聴ありがとうございました。』
というわけで、、、答えは聞けませんでした。
翌日は講義サボったどころか、そのまま中途退学したため、一切分かりません。誰か教えて〜。
ここまで読んで下さった方、ごめんなさい。