第2章 スコーピオの章
カシミールは残された1人の子を大事に育てた。名前をキッドと決めた。
昔から高い壁に囲われたこの街には、外からの訪問者もなく多くの人が顔見知りだった。
カシミール「キッド!絶対に悪いことしたらいけませんよ。お友達とは仲良くしなさい」
母親の出かける前のお約束のフレーズにニッコリと微笑みを返しキッドは玄関の扉を開けた。
キッド「お母さん。行ってくるよ」
近所にある学校へと向かう道のり。
そして、いつもと同じ人との朝の会話。
八百屋のおじさん「キッド!おはよぉ。今日から新学期だな!がんばれよぉ」
キッド「ありがとう。八百屋のおじさん。」
遠くから手を振る八百屋のおじさんに手を振り返し、元気良く道を歩く。
清々しい朝の光は、この街の暖かさの象徴のようでいて、このままの平和が続いていくように感じていた。
新たな学校で起きている些細な喧嘩やイジメは日常の平和を乱してはいたが、大きな問題に発展することはなくいつものように、キッドによって沈下させられていた。
キッドは街一番の正義心の持ち主だ。
母親はそのことに誇りを持っていた。
母親のカシミールから光の石を持つように教育され、光の精霊を操れるまでになったのは5歳になったころ、外に出れば多くの精霊の刻印が記された石を持ち帰り、その後すぐに多くの精霊を操れるまでに成長していた。
いつのまにかこの街では、すでに敵う者がいないほどの実力になっていた。
精霊は命令を下し、操る生き物だ。
精霊を野放しにすると火事や豪雨などとんでもない災害が起きる。
カシミール家族はこの街では神の末裔だとささやかれるようになっていた。
カシミールが常に光の精霊といるように、キッドもまた光の精霊と過ごす日々が多かった。
カシミールもまた、ジェミニと同様に後悔の念が強くなっていた。
あの時、強引にでもジェミニを引き止めていれば、二人の子供を引き離すべきではなかったのではないか。
キッド「今年1年だけこの街で過ごします。来年には父親ともう一人の子を共に探しに行く旅を始めましょう。家族は一緒に暮らすべきよ」
そうキッドに伝えたのは、13歳の花々が美しい季節のことだった。
・・・
キッドが学校に付くと、1人の少女が話しかけてきた。
プレア「どうしたの?浮かない顔して?」
キッド「あぁ、僕には双子の兄弟がいるって話し、したことあるでしょ?お母さんがどうしても来年になったら探しに行こうって・・・」
プレア「それでどうして浮かない顔になるの?会いたいって前に言ってたじゃない」
キッド「うん。でも、プレアやみんなに会えなくなる・・・」
二人は顔を見合わせて、少し照れくさそうに目線を逸らした。
プレア「そ、それなら私も一緒に探しに行くよ!」
若い二人の沈黙を遮るかのように、とっさに出た言葉でその願いが叶うかなどはこの時点では分かってはいなかった。
キッドもそれを承知の上で「それは嬉しいな」と寂しげな笑みを返すことが精一杯だった。
・・・
新学期から数ヶ月が過ぎて、プレアは母親に思いを打ち明けた。
プレア「ねぇ。レグリー」プレアがレグリーと呼ぶ女性は、プレアの母親だ。プレアはママとかお母さんと呼んだことはない。
プレア「カシミールとキッドが来年になったら、お父さん達を探しに旅に出るんだって、何か聞いてる?」
プレア家のダイニングは、キッチンから向かい合わせに見える小さな丸い机のみのそれほど広くはない部屋となっていた。
母子家庭で父親は居なく、二人で暮らすには申し分ない家だった。
レグリー「あら、やだ。カシミールったらそんなこと一言も教えてくれないんだから、今度あったら厳しく追求してみるわ」
レグリーはキッチンで料理をしながら、プレアに顔色をうかがった。
プレア「ねぇ。私も一緒に行ってもいい?」
ガチャンと鍋の蓋が落ちる音が響く。
レグリーは言われそうな覚悟はしていたものの、本当に言われたことに驚いて手を滑らせていた。
レグリー「キッド君のこと、そんなに好きになっちゃったのね?」
プレアは軽くコクリと頷いた。
・・・
数日後、レグリーはカシミールの家にティータイムで訪れた。
レグリー「カシミール、私達に話さなきゃいけないことあるんじゃない?」紅茶を片手にプレアとの約束の話を切り出す。
カシミール「え?なんの話?」お茶菓子の支度をしながら答え、ひと息つきにレグリーの前の椅子へ腰を下ろした。
その行動を見つめながら、レグリーはイタズラな笑顔でカシミールの持ってきたお茶菓子を手に取った。
レグリー「とぼけないで頂戴。キッド君からうちの子が話を聞いているわ。私達も着いていきますからね」話し終えるとお茶菓子を口に運んだ。
カシミール「そう、プレアちゃんには話しちゃったのね。内緒にするつもりじゃなかったのよ。でも、危険な旅になるかもしれないわ。私のワガママに二人を巻き込めないわ」ゆっくりと紅茶をすする。
レグリーは口の中のお茶菓子を食べ終わり、カシミールが紅茶をすするタイミングと同じく紅茶をすすった。
二人が同時に紅茶カップを机に下ろす。
レグリー「真実の刻印を知る仲じゃない。私はカシミールから離れないわ。とくにキッド君とはね。それにうちの子のプレアだって、キッド君とは離れたくないの。わかるでしょ。二人の将来に関わることよ」徐ろに刻印の石を机に置く。
カシミール「ちょっと、レグリーそれは止めて。早く隠して頂戴。いいわ。わかったわ。一緒に行動しましょ。うちの子もその方が喜ぶかもね。もう、強引なんだから」机の上には小さなレオの精霊がお茶菓子を燃やしていた。
レグリー「そうと決まれば、話しは早いほうがいいわ。街の皆とのお別れ会の支度しましょ」ティータイムをそそくさと終わらせ、じゃあまたねと声をかけ外へと出て行く。カシミールはその後姿に「来年よ!」と叫んだがレグリーの耳には届いていないようだった。
カシミール「やだ。どうしましょ。レグリーったら・・・、まだ心の準備も旅の支度も済んでないのに。この街から追い出されちゃうわ。でも、それでいいのかしらね」独り言をぼやきながらティータイムの後片付けを行い、残りの家事を片付け始めた。
夕刻にはレグリーの話しは街中に響き渡り、カシミールの家にはお別れの言葉を届けに来る人で列を作っていた。
もうすでに、玄関先ではお別れ会の装いが感じられ、これからお別れ会を始めるかのように飾り付けのボランティアが始まっていた。
キッドが家に帰る頃には友達からもお別れの挨拶があったが、その度に「え?来年のはずだけど」と答えることが精一杯で、友達を引き連れて家についた時には「ほらな」と友達から言い返される状態であった。
キッド「ちょっと、お母さんどういうこと!」玄関の人混みをかき分けながら、カシミールに詰めかかる。
カシミール「プレアちゃんとこのママが来てね。こうなっちゃったわけ」肩をすくめて見せた。
キッド「え~~~、どうするの!もう行くの??」キッドはカシミールが旅支度を急いで行っているのをみかねて、手伝いながら横目でカシミールを確認した。
カシミール「そうしましょうか?」粗方の旅支度が終わり荷物を肩にかけ、玄関へと向かう。
キッドは足早に友達のところへ駆け寄り、家庭事情を説明しつつやっぱり今日行くことになったらしいと伝えた。
カシミールとキッドのお別れ会が玄関先で盛大に盛り上がるなか、この原因を作ったレグリーがプレアを連れて現れた。
これがお別れ会終了の合図となった。
人々は最後に4人にお別れの言葉を伝えて、散り散りに帰っていった。
レグリーとプレアがカシミールとキッドと向かえ合わせに顔を見合わせ、満面の笑みのレグリーに「さあ、行きましょうか」と急かされる。
プレア「ごめんね。キッド。レグリーが・・・」横列に並んだ二人は手を握った。
キッド「でも、一緒に行けるんだね♪」二人は笑顔を取り戻した。
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