フラッシュバック_シミュレーター

フラッシュバック・シミュレーター(1)

「ちょっと君、そこのヘッドギアを取ってくれないか」

医師の男が、近くにいる看護師にフルフェイス型のヘルメットのようなヘッドギアを手渡すよう言伝た。通常ヘルメットは顔の部分を覆うバイザーによって守られているが、このヘッドギアはソフトな形状となっており、バイザー部分には特殊な目隠しが施されている。利用者の視覚を奪うためだ。目を開けていても、脳波から来る映像に感情移入しやすいように、そのように設計されている。言うなれば精密機器だ。

「はい。先生。今日の患者さんは今回初めてでしたよね?」

看護師は、ディスプレイのカルテを操作しながら医師に確認した。

「そうだな。ちょっとした強迫観念に囚われているようだね。それを取り除いてあげなければいけないな。昔は仮想現実っていうとゲームでしかなかったんだが、まさか医療器具になるとはな」

医師は手渡されたヘッドギアを手でもて遊び、お手玉のように放り投げている。

「ちょっと!先生!遊ばないでください。貴重な医療器具なんですから!」

突然、看護師に叱咤され、驚いた医師は手にしていたヘッドギアを取りこぼしそうになり、体制を崩して勢い良く椅子から転げ落ちた。ヘッドギアを床に落とすことだけは死守したようだ。

「あ痛ててててて。なんだよ。そんな声出すからびっくりしたじゃないの」

床に打ち付けた腰をさすりながら医師は、元いた椅子に腰を下ろした。

「先生がふざけ過ぎてるのがいけないんでしょ。自業自得よ」

看護師は言い捨てるようにその場を去り、患者の待つ待合室へと向かう。「それでは準備が整いましたので、治療室までお越しください」

この病院は、二人だけで運営する小さな個人病院だ。大きな病院ほどに設備が整っているわけでもなく、特別な治療ができるわけでもない。1日に10人も来るか来ないかというほどの外来病院だ。本日の患者は一人のようだ。

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