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『捨てられた掃除機』

僕は朝早くから呼び出しを受けて、今ここにいる。
「あれは君のだって聞いたけど合っているのかな?」
「はい。あれは僕が買った掃除機です」

怖い顔の男の人に詰め寄られるように話しかけられている。
その隣には美しい顔をした上品な女性が椅子に座っている。

ピンポン♪ピンポン♪

「またか」
怖い顔の男が不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、玄関の方へと向かった。

隣に座っている上品な女性からか細い声が漏れる。
「ごめんね」
「いや、すべて僕がやったことだから、気にしないで。僕が全部悪いんだ」
「本当にごめんね。こんなことになっちゃって」
「いいって、全部僕のせいだから、気にしないで」

僕は会話をしている間も目を合わせることが出来ずに、ただただ俯いて謝るだけだった。
今の僕には、それだけで十分なのだと言い聞かせた。

「おい!君!こっちに来なさい」
怖い顔の男が玄関口で来客と揉めている。
どうやらそれがすべて僕のせいだということは分かった。
僕は怖い顔の男の人に言われるがまま、謝罪しなきゃと玄関口まで歩き始めた。

上品な女性も立ち上がり、僕の後ろから近づいて玄関口へ向かう手前で上着の下の端を引っ張られ止められた。
ゆっくりと振り向いた時に、今日初めて目が合った。
ドクリと鼓動が高鳴り、泣きそうになるのをグッと堪えて、目を閉じる。
あまりにも美しかったその瞳を直視してしまった為に、僕の鼓動は速まっていく。
(勘弁してくれよ。こんな時に……)
不機嫌そうに女性の手を払いのけ、怖い顔の男が待っている玄関口へ向かった。

「あの捨てられている掃除機。お宅のですよね?掃除機は不燃ゴミではなくて、事前に連絡していただいて粗大ゴミとして捨てていただく決まりになっているんですけど」
物凄い剣幕で女性3人、男性2人が玄関口で睨み付けてきていた。
さすがの怖い顔の男の人もたじろぐほどの勢いで、お互い引いてなるものかという装いの元で睨みをかましている。

「だいたい、公共のコンセントを使って、掃除機の電源を指しっぱなしにして、ゴミとして出したんじゃなくって、外を掃除するために出したんですか?」
別の男性が後ろから叫んだ。
「あれはどういうことですか?説明してください!」
玄関口からゴミ捨て場が見える。そこにはたしかに、なぜか外に張り出しているコンセントに掃除機のACアダプターがはめ込まれていて、ゴミ捨て場の周りを掃除したかのような跡がクッキリと残っていた。

「誰が掃除したんですか?」
僕は部外者のように発言した。
誰だね君はという目線を一気に浴びる。

怖い顔の男の人がギョロっと睨み
「あれは君の掃除機だろ!君じゃないのか?」
玄関口にたたずむ5人も一斉にこちらへと目を向けた。
(まるで僕が犯人扱い?)
「待ってください。掃除をしたのは僕じゃありません。確かにあの掃除機は僕の掃除機です。でも、僕は経った今しがたここに到着したんですよ。掃除なんてしている時間なんてなかったですって」

「君!どこに住んでいるんだ?」
怖い顔の男がまるで刑事のようにアリバイ徴収するかのように質問をしてきた。
「あ、えぇとそこの最寄りの駅から電車で2つくらい離れた場所で、ここには車で30分くらいかかります。そこに置いてあるのが僕の車です」
玄関口の少し横に乗り入れる格好で車が斜めに止められている。

「じゃ、どうして君の掃除機が公共のコンセントに差し込まれて、掃除した後が付いてるんだね」
「さあ」
5人組の後ろから聞いてきた男の人に気のない回答で答えてしまう。
「そもそも!あの掃除機はあなたが捨てたんですか!」
先頭に立っていた女性から怒声が響いて、周りの緊張感が増した。
(捨てた?掃除していたのか?という問いとは違う質問をしてくるのは何故だろう?)
「えぇ~と、もしかして、ゴミ捨て場を掃除したのは、あなたですか?」
玄関口の5人のうち4人が、先頭にいる女性に目を向ける。
「そういえば、俺がゴミを捨てに行った時、掃除機はまだコンセントに刺さっていなかったな。そこでおはようございますってあいさつを交わして、その後どうなったのだろう?」
後ろにいたまだ話に参加していなかった男が口を挟んだ。
「え?そうなの?私がゴミを捨てに行った時には、もうコンセントに刺さっていたわよ。私もおはようございますってあいさつを交わして、掃除機を見つけて、そこで立ち話になって、誰が捨てたのって話になってねえ」
「あなたが掃除したの?」
男と女が目を合わせて、先頭に立っていた女性に詰め寄った。

「そうよ。私が掃除したのよ。仕方ないでしょ。汚かったんだから、だいたいあなたのゴミ出しが乱暴で、ビニールに穴が開いて、ゴミが大変なことになったんじゃない!」
男の人に掃除をしなければならなくなったのはあなたのせいと言うかのような剣幕で怒り始める。
「いや、そもそもお前が掃除なんてしなきゃこんな大騒ぎになってないだろ!」
「なによ!あなたにお前なんて呼ばれる覚えはないわ。ゴミもちゃんと出せない人にそんな呼ばれ方されたくはないわ!」
「はぁ~~」と2人が睨みを交わすも
「そもそも」と2人同時に
俺を指さし
あなたお前の掃除機がゴミ捨て場においてなかったら、こんなことになってないのねえんだよ!」

ずっと黙って聞いていた僕も何か言い返すべきなのか、なんて言えばいいのか、悩みながらも何故こうなったのかを話す事に決めた。
ここで何も言わないのは、何故か卑怯だと感じたからだ。
「さっき言ったように、僕がゴミ捨て場に置いたんじゃないですよ。ここにはさっき来たばかりですから、昨日の夜にコッソリ忍び込んで掃除機を捨てたわけでもありません。ここに来るのは、2週間ぶりぐらいです」
誰にも目を合わせることなく、ボソボソと話し始めた。
「じゃあ、どうして僕の掃除機がここにあって、ゴミ捨て場に捨ててあるのかについてですが……」
「待って、捨てたのは私!」
僕の背中越しに上品な女性の声が響く。
玄関口に立っていた女性が「粗大ゴミは……」と説明しようとすると、怖い顔の男が「なんでお前がこの男の掃除機を持っていたんだ!」と口を挟んだ。
「昨日の夜、私が捨てたの!お父様に見つかる前に処分したかった……でも、昨日の夜、捨てるところを見られて」
「だから、粗大ゴミは……」玄関口の女性が口を挟もうとするも、怖い顔の男がそれをまた遮るかのようにすごい剣幕で「掃除機を夜中に捨てるやつがいるか!」と怒り始めた。
どうやら、昨日の夜からほとんど寝ずの説教を聞かされていたかのようで、上品な女性が疲れてやつれているのが分かった。

「あ、あのぉ~。あの掃除機は確かに僕の掃除機なので、今から持ち帰ります。皆様には本当にご迷惑をお掛けしました」
こんな争いごとを長引かせるわけにはいかない。僕は早々と切り上げて帰ろうと靴を履いて外へ出ようとした。

「待って、行かないで!」
上品な女性に背中から抱きしめられ、僕の体は強張って固まった。ドクン!目の前が真っ白になりかけて気を失いそうになるのをグッと堪えた。
お父さんのいる目の前でこれはヤバイ!
「離れなさい!」
「嫌っ!お父様は何もわかってない!もう私は子供じゃないの?おうちの掃除ばかりできないわ!私、彼の家に行く!彼と同棲するの!決めたんだから!」
体の力が抜けてぐらっと膝から崩れ落ちそうなのをなんとか耐えた。いや、おそらく上品な女性が僕の背中を抱きしめる力が、僕の体のバランスが崩れた足腰を支えたのだろう。

(ちょっと待って?なんなのこのスピード感のある展開!いや、なぜそうなった。何処から?過去にそんなシチュエーションあったのか?いや、まだ早いだろ?)

「そうか、お前はそこまで。考えていたのか」
(お父さん?え?何?説得されちゃったの?深夜にどんな話になっていたの?)
「男手一つで育てた可愛い娘。家を掃除させてきた罪は俺にある。そろそろこの家の掃除から解放させてやっても、子離れしなきゃな。俺も。この家はちゃんと俺が掃除するよ」
(そうですね。掃除はしてください。でも、まだ娘さんを僕と同棲させるのは待った方がいいのでは?)

パチパチパチパチ
玄関口の5人から盛大なる拍手の音
「おめでとう!」
(いや、おめでとうじゃなくて、何かおかしいって気が付かない?)
「お父様、新しい掃除機は引っ越し先から郵送するね。お父様に使って欲しい掃除機があるの」
僕に靴を早く履くよう手を掴まれ、引き釣り出され、ゴミ捨て場へとやってきて、「捨てられた掃除機」が再び僕の手元へと戻ってきた。

思えば2週間前……
暇すぎてインターネットでSNSを眺めていた時、「掃除機壊れちゃった。どうしよう」という投稿を見かけたのが、こんな結末を迎えるきっかけになるなんて、一体誰が想像しただろうか?

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