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「潮」

真昼の海は潮が引き始めていました。遠のいた海を追いかけて砂地を歩くのは旅人のようで気持ちよいです。小さな波が子猫のように足にじゃれついては飛沫をまき散らしています。打ち寄せた波は小声でザブーンと砕けて泡になる。還っていく波は思いのほか強い力でぼんやりと立っていたら砂の絨毯ごと海に持っていかれそうな引き潮の波です。

寄せては還る波に足を浸けていると繰り返す波の動きが音になる。ザブーン、シュルシュルースーッ。陽射しを避けるように目を閉じる。視界が消えると風を感じるものよね。幼かったころ窓を開けて目を閉じたら風が吹くと信じていたもの。なぜか、あまり裏切られなかったから今もこうしてツンと顔を上げて目を閉じる癖が残っているのです。

音と風と砂の絨毯。音は肌から少し離れた場所で感じている。風が松果体を刺激すると絨毯には人が置いていった感情が散らばっている。目を閉じた世界にある海は昔と変わっていなかった。昔の先にある昔とも変わってはいなかった。

うみは ひろいな おおきいな
つきは のぼるし
ひは しずむ

引潮と満潮が繰り返されて時が刻まれる。そしてあたりまえのように明日がやって来る。未来はこんな風に絶え間なく続く自然の営みのなかで生まれているのかな。波はゆりかごのように行ったり来たりしながら。夕暮れには潮が満ちて月が昇る。

うみは おおなみ あおいなみ
ゆれて どこまで
つづくやら


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