【石田真澄インタビュー】聞き手:上田智子
石田真澄インタビュー
収録日:『おとととい』完成の3日後
聞き手:上田智子(『おとととい』編集担当)
――『おとととい』がついに完成しました。
石田「校了するまでは、100%大丈夫だと思わないようにしていたので、やっと俯瞰して見ることができました」
――制作中は、この写真集をさらによくするためにどうするべきか、ずっと考えていましたもんね。
石田「粗探しというわけじゃないけど、どうにかもっとよくできないだろうか、という考えのもとにセレクトや色校を見ていたので、もう何も手を加えられない状況で改めて見ると、全然違うものに感じました。『なんかいいな』って思えましたね」
はじめての“人物”写真集
――石田さんは写真集『light years -光年-』と『everything will flow』を発表していますが、ひとりの人物を撮った写真集は『おとととい』がはじめてです。過去2作と比べて、気持ちの違いはありましたか?
石田「責任感が違ったかもしれません。これまでも責任感がなかったわけじゃないんですけど、いい意味でどう見られてもいいというか、受け取った人が自由に感想を持ってもらえればよかった。
もともと自分の写真は全部平等に好きなので、写真集や写真展を作るときは、編集者やデザイナーなど第三者にすべてを委ねるようにしているんです。だから、仕上がりも予想ができなくて。
でも今回は、自分の写真ではあるけど夏帆さんの写真集だし、受け身だけではよくないなと思って。写っている人のよさを知っているからこそ、見てくれた人にどう受け取ってほしいのか、という道筋があった気がします」
――どんな道筋ですか?
石田「夏帆さんのここを見てください、ということは全くないけど、これを見て何か考えさせられるというより、見ていて心地いい写真集になってほしいなって。その意識がずっとありました」
――「石田さんに撮影をお願いしたい」というのは、夏帆さんからの希望だったそうですね。
石田「夏帆さんとは1回しか仕事をしたことがなかったので、最初にお話をいただいたときは不思議でした。
『28歳から30歳まで、時間をかけて撮っていきたい』と聞いたのですが、撮りためていく写真集って、もともとすごく関係性が深いふたりだとか、仕事を何回も一緒にやっているふたりが作る印象だったから。
『初めての撮影がすごく楽しくて、自然でいられたし、写真も好きだった』と言ってもらったのですが、仲良くなったという感覚がなかったので、『あのときの感じでよかったんだ』って。もちろん、嬉しかったですが」
――一番最初に夏帆さんを撮ったのは、2018年。そのときの印象は?
石田「スタッフさんとちゃんと距離がある人って言えばいいのかな。夏帆さんから話しかけられるわけでもなく、私から話すわけでもなく。
共通の知り合いでもある編集さんと喋っている様子をそばで見ていました。でも、深いコミュニケーションが無くともこちらがやってほしいことをその場ですぐ理解して、自由に動いてくれる方で。
楽しそうにしてくださっていたのが伝わったので、私も楽しく撮影できたことを覚えています」
夏帆さんの好みを形にすれば、
夏帆さんらしい写真集になると思った
――2019年の夏に写真集の撮影がスタートしましたが、最初は探り探りだったそうですね。
石田「初期の撮影は、夏帆さんとすごく距離がありました。
その頃の自分は相手と距離が近ければ近いほどいい写真が撮れると思っていたのですが、性格的に自分からなかなか距離を詰めることができなくて。
あと、写真集を作るという目的はあっても、『こういう写真集にしよう』というゴールがまだなかったので、とりあえず撮ってみよう、という感じでした。使うカメラも定まっていなかったし、試行錯誤していましたね」
――そこから、徐々に写真の方向性が定まっていった?
石田「夏帆さんは一貫して好きな世界観がある方だから、その好みを形にすれば、夏帆さんらしい写真集になるんじゃないかと思ったんです。
それで、撮影するたびに撮った写真のデータを送って、この中だったらどれが良かったか?とかフィードバックを繰り返していくうちに、夏帆さんはどういう写真のトーンが好きなのか、好みの方向がわかっていった。
そこからどんどん的をしぼって、方向性を定めていきました」
――私は途中から編集として参加しましたが、どちらかが「こうやりたい」とエゴを出すのではなく、ふたりで方向性を擦り合わせながら作っていった印象でした。
石田「そうですね。お互いの感覚が一致するように、夏帆さんも私が興味関心を持っているものをどんどん吸収して、わかってくれるようになっていった気がします。
写真セレクトから装丁の決定まで、夏帆さんと一緒に話し合いながら作りましたが、そういう作り方ができたのは、すごく贅沢でした。みんな対等の立場でひとつのものを作っていくって、なかなかできることじゃないと思うんです。楽しかったし、終わっちゃうのが寂しかった」
――一緒にものを作る人として、夏帆さんはどんな人でしたか?
石田「表紙のデザインにせよ、セレクトにせよ、常にいま目の前にあるもののベストが何かを考えていて、すごく丁寧にちゃんと悩む人だと思いました。
本人がここまで全部に携わって、ちゃんと悩むって、とても誠実ですよね。だからこそ、こちらも身が引き締まりました」
自分の写真は
「ちょっと気持ちが乗っかった平熱」
――写真をセレクトするときに、「夏帆さんを撮るときはずっと距離感を意識していた」とおっしゃっていたのが印象的でした。
石田「この写真集を撮る前――2年ぐらい前までは、自分に求められていた写真のテイストもあって、距離が近いほうがいい写真が撮れると思っていたんです。夏帆さんとはもともと距離が近いわけじゃなかったから、最初は『自分にとってのいい写真が撮れていないんじゃないか』と思ったこともあって。
でも、夏帆さんとの時間は撮っていて心地よかったし、好きな写真だった。距離が近いほうがベストだと思っていたけど、夏帆さんの写真を撮り続けたことで、距離が遠いなりに撮れる写真や、いい写真があるんじゃないのかなって気がつくことができた。視野が広がった気がします」
――2年ほど前、「私の写真は笑顔を求められることが多い」とおっしゃっていたことを覚えていますが、今は美しく静謐な写真も石田真澄の作家性として認知されていますもんね。
石田「"石田の写真"と思い浮かべる写真の種類が増えたことはすごく嬉しいです。
仕事の際に自分の写真に求められるものが明確なときが多いのですが、さまざまな写真のテイストを求められるほうが仕事もしやすいし、自分自身が好きな写真を常に出していけるな、と思います」
――夏帆さんとの距離感を意識することで、何か思ったことはありますか?
石田「距離が近すぎる写真って、暴力的な部分もあるんじゃないかなって思ったことがありました。相手と私の心の距離が同じぐらい近ければいいんだけど、バランスが等分ではない場合、相手が受け止めきれないまま踏み込んで撮ることになる気がして。
やっぱり、撮る・撮られるっていう行為は、上下関係があるし暴力的な部分を含むから、立場の差はなるべくないほうがいいと私は思っています。相手に嫌な気持ちがちょっとでもあったら、自信を持って『いい写真です』って言えないから、撮られる人の負担がなければないほど、いい。そういう気持ちが自分の中にあることがわかってきました。
夏帆さんとはお互いに心地いい距離感を理解し合っていたからこそ、いい関係性で写真が撮れたんだと思います」
――「これは夏帆さんだからこそ撮れた」という写真はありますか?
石田「それはそんなに。自分の写真って、この1枚が爆発的にいい、みたいなことがあんまりなくて、好きだなと思える写真が数多くある、みたいなイメージだから」
――全部フラットなんですね。
石田「そう。昔はそういうほとばしる感じを求めていたけど、自分が好きな写真、自分が撮れる写真はそうじゃないってことが、だんだんわかってきたんです。
“ちょっと気持ちが乗っかった平熱”というか。はしゃいでいるわけでもなく、すごくテンション低いわけでもなく、日常のつづきの写真、みたいな感覚があります」
――夏帆さんは「日常のなかの揺らぎときらめき」を写真集にしたいとおっしゃっていましたが、まさにそういう写真の数々がおさめられていますね。ちなみに、表紙の写真を撮ったときのことは覚えていますか?
石田「あんまり覚えてないな。夕方、夏帆さんと一緒にいて、部屋に綺麗な光が入ってきたから、ほんとにパパッと数枚だけ撮った写真だった気がします。服もたまたまそのとき着ていた服ですし」
――この表紙は、時間の積み重ね、夏帆さんと石田さんの距離感と空気感、現在と未来と過去のすべてを感じられて、光と人物の輪郭が美しく溶け合う、あまりに石田真澄らしい写真だと思います。
撮りやすい雰囲気を作ってくれた
――2年という時間をかけて撮り続けた写真が、1冊になりました。改めてどんな感覚ですか?
石田「友達と3人で遊んでいたとき、携帯の写真をその場で印刷できるプリンターで写真をプリントしたことがあったんです。そのとき、『写真って思い出が残るからいいよな』って改めて思って。本当に普通の感想なんだけど、『撮ったときの記憶が残るって、なんて素敵なんだ』って。
『おとととい』は、写真をセレクトするときに思い出話をずーっとしちゃったぐらい、膨大な記憶が積み重なっています。だけど、さっぱりしていて、重くなりすぎていない。長い期間写真を撮りためていたら、作り手の気持ちがつまりすぎたカロリーの高い写真集になることもあると思う。
でも、そうなっていないのは、自分の写真のいいところでもあるなって思いました。
2年分なのに、ちょっとひんやりしている感じも、いいなって」
――夏帆さんとの撮影の日々はいかがでしたか?
石田「夏帆さんを撮り続けているうちに、だんだん『いま真澄ちゃんが撮りそうだな』という雰囲気をわかってくれるようになって、光がきれいな場所があると自然に行ってくれたりするようになったんです。
ふたりで旅行に行ったときも、24時間撮っていたわけではなく、『ここで撮るよね』ということをお互いに感じ取って、数分だけ撮る。そういう連携ができるようになっていった気がします。
そうしたら、こないだふたりでインタビューを受けたときに、『常に撮られているという意識をしていた』と言っていて、やっぱり!と思いました。
私の性格的に、相手に撮られている意識がない状態で撮ると、遠慮が入って曖昧な写真になっちゃうから、一方的に撮ることはあんまりしたくない。でも、『撮ります』と合図して撮るのも違う。
夏帆さんが撮りやすい雰囲気を作ってくれたおかげで、ストレスフリーで写真を撮ることができました」
――『おとととい』をどんな人に見てもらいたいですか?
石田「誰かの写真を撮るということは、お互いにすごく向き合わなくてはいけないこと。
私は、2年間夏帆さんと向き合って写真を撮ったことで、相手との関係性はいろんな形があることを知ったし、どんな距離感でもリスペクトがあれば自分にとってのいい写真が撮れるという答えに行き着きました。
だから、誰かの写真を長期間撮っている人に見てもらえたらいいなあと思います」
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