創作メモのような小話③ 「不動産の有効活用」
山手線をちょっと出たあたりの町に、風変わりな資産家のF氏がいた。閑静な宅地をまとめて買い取ったかと思えば、まとめて更地にしたきり、そのまんまなのである。マンション開発のための用地取得か?と、地元の不動産業者たちは様子を見ていたがどうもそうではないらしい。
こんな便利な場所にある綺麗な形のまとまった土地をそのまんまにしておくのはあまりにもったいないではないか。と、考えたのは、地場の中小ゼネコンで辣腕を振るっているα社長だ。
「ねえ、Fさん。あの土地にデザイナーズマンションを建てましょうよ。独身向けのマンションで、借りやすい料金で売り出せばあっというまに満室ですよ。なにしろ都心にでやすい便利な立地です。入れ替わりの時期には民泊に利用して上手いこと稼働率を上げれば、投資回収率は年利30パーセントが堅いですよ。ねえ、Fさん。ここはひとつ私に建てさせてみませんか?」
と、資産価値のメンテナンスには余念の無い土地持ちの心理をα社長は巧みにくすぐろうとした。だがF氏の返事は冷たかった。
「お前さん、この空き地の価値をわかっとらんね」
ぽかんと、α社長は思わず見つめ合う形で黙ってしまった。そして、F氏はいかにも「話にならん」といったふうに、目線をそらして「ふん」と鼻をならした。α社長はしょげてすごすごと退散した。
それからもF氏に対して、いかにもそれっぽい「不動産の有効活用」を持ちかける輩が後を絶えなかった。業者の注目を集めたからだろうか。広告一つ打っていないのに、F氏の空き地の評価はぐんぐん上昇していった。5年も経てば、当初の10倍の価値になった。
「守銭奴のFはうめえことやりやがったな」と、提案をしくじった連中は穏やかならぬ気持ちでいた。業者のみならず、町の人たちはF氏が投機目的で不動産を所有していると思っていた。
ところが、ある日、F氏は入院したかと思えば、たちまちのうちに死んでしまった。天涯孤独を貫いたF氏に相続人はいない。
垂涎の的となっていた土地は国の所有として没収されてしまうのか?と、漁夫の利を占められたかのように誰しもががっかりとした。が、遺言状には意外な遺志が綴られていた。
あの人付き合いの悪かったF氏が、まさか町内会に寄付として土地を残すとは——突然、遺言状の中身を代理人から知らされた町内会の面々は、気持ちが悪いやら扱いに困るやらでしばし当惑したが、だんだんと有効活用について夢を膨らましていった。体育館を建てよう、海外視察旅行に行こう、清算して町内会員に分配しよう……などなど。「果たしていくらになるのか」とおのおのが皮算用を始めたときだった。
寄付には附帯条件が設定されていた。
この条件が破られると、町内会に対する寄付は”ナシ”になるとのことが明記されていた。
それから十年間、山手線からちょっと外れたところにある閑静な住宅地は、都内で一番ピースフルでジェントルな町として知られるようになっていた。「俺があの土地を手中に収めるのだ。そのためには町内投票で支持されなければ」といった思惑のもと、慎ましい日々を送るものたちが後を絶たなかったのだ。
ひとつの空き地を中心として、少なくとも十年間はこのうえない平和が突如現れたのである。欲望の焦点となった空き地には影を作る障害物はなにひとつない。真っ白なまま炎天下の日差しを照り返している。