1人の夜、レトルトパスタ2人前
僕は料理が出来ない。
理由は単純明快で、生まれてから24年間実家に住み続け、親に甘えに甘えていたからだ。
一時期餃子屋さんのキッチンでアルバイトをしており、周富徳先生もきっと息を呑むような中華鍋捌きを見せていたはずなのだが、今その腕はなりを潜めまくっている。
そんな僕も今夏実家を離れ、"黙っていても栄養の整った食事を提供してもらえる暮らし"に別れを告げた。月並みだが、本当に日々母の偉大さを痛感している。
親元を離れたはものの、同期のめおしぼたん立石という人間とルームシェアをしているため、毎日必要に駆られ、自分で料理をしまくっているいう訳では無い。
大阪出身のご機嫌な同居人が、
「焼きそばや!ワシが焼きそばを作うたさかい!良かったら食うてみい!美味いど!美味いど!」
と言ってくれた際にはありがたく頂戴するし、
「麻婆や!麻婆豆腐や!今宵は麻婆豆腐をぎょうさん作んねん!ほんでな、ほんで、その麻婆をな、みんなに振る舞うねん!」
と言ってくれた際には、友達を呼んで食卓を囲みまくる。
しかし、そんなご機嫌なにわボーイも常に家にいる訳では無い。というか、居るからと言って「メシ、お願いしまーす」と言うのは、さすがに人間性がおしまいだと思うので、そんなことはもちろんしない。
そんなこんなで、一人暮らしの人より圧倒的に頻度は少ないが、メシを己で用意する必要に駆られることがある。
僕はそんな時でさえ、それに抗い近所のスーパーのウルトラ値引きコロッケや、アルバイト先からの恵みで腹を満たすことが多々なものの、極貧が故に泣く泣くキッチンに立つことがある。
毎日自炊をしている一人暮らしの人は、とっても偉いし本当に凄い。もし仮に、その凄さをフィギュアスケートの技と比較するならば、きっとトリプルトゥーループとトントンくらいだと思う。
改めて繰り返しになるが、僕は料理が出来ない。
が、人間とはやらざるを得ない状況に置かれれば、少しずつできるようにはなるもので、こんな僕も、この1ヶ月あまりで「パスタを茹でる」を会得した。牛歩ではあるけれど、確かな1歩だと思う。
ピーラーの持ち手側の丸い穴を利用し、麺の量を測る。
なんであの穴にそんなことができるんだろう。凄い。凄すぎる。
今まではあんな穴、ピーラーを拳銃に見立てて、次元大介ごっこをする時にしか使わなかったのに。
パスタを茹でる際、底の深めのフライパンに水を沸騰させ、その湯に幾らかの塩を入れる。
理由は全く分からない。なんか聞いたことがある気がするし、友達がパスタを振舞ってくれた時にそうしてた気がするからだ。
でも僕は、さも意味ありげな顔と、こなれた手つきを意識しながら塩を入れることに努めている。別に誰かに見られてるわけではないけれど。でも練習でできないことは本番でもできないから。
こうして僕はさも当然のような、これまでもずっとやってましたけど?みたいな顔で、いそいそと2人前のパスタを茹でる。
家には僕1人だ。
さらに言えば、特にめちゃくちゃはらぺこという訳でもない。
でも、買ってきたレトルトソースに2〜3人前と記載してあるのだ。近所のスーパーで、いっちゃん安いやつを買ったらそうだった。もちろん悔しい。悔しすぎる。
そんな感じなら、せめて個包装にして欲しい。
あ、でも、そしたら値段が今より高くなってしまうか…先程は強い言い方をしてしまって本当に申し訳なかったです。
けたたましいマリンバのアラーム音に7分経過を告げられ、フライパンの蓋を開ける。
多い。麺が。麺が多い。1人で食うにしては、麺が多い。
先輩に「お前、可愛いなぁ〜」って言ってもらうための量をしている。
ザルに麺を移した時、ザルも「え、マジ?1人なのに?」って言ってた。
麺を皿に移し、そこに、麺横で湯煎していたレトルトソースをかける。パッケージに湯煎時間が書いてなかったので、ちゃんと温まっているかが不安だった。これに関しては、マジでなんで書いてないの?
無事温まっていたソース(奇跡)をパスタにかける。
食える。一見多そうに見えたけど、割とスルスル食える。しんどいなと思う間もなく、ぺろりとたいらげた。余裕。なんなら、まだ食えそう。今からメシ誘われても同じ量食べれる。Mr.大食漢の名を欲しいままにできる。こんなん先輩に可愛がらってもらえること間違いなし。
これは余談だが、パスタは、能力値を「おいしい」と「お手軽」に振りすぎているので、「腹持ち」の値が低すぎる。お昼に食べて、夜までお腹が空かなかったためしがない。
その辺も今回の勝利の要因かもしれない。
こうして、僕は1人の夜に食う用のパスタ作りを会得した。
しかし、最近はまた激烈値下げ弁当や、レンチンご飯&仕送り韓国海苔のコンボなどで腹を満たしている。
僕の人生はそんなに綺麗には前進出来ないし、めんどくせぇはいつだってかなりの確率で勝つ。
それでもせいかつは続いてしまう。全然まだ追いついてないのに。かなりハード。
とても険しいけれど、なんとかそこに追いついていきたい所存ではある。
そして、もうちょっと肌寒くなる頃には、食べたい量のパスタを作れるようになっていたらいいなと思う。