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ブルシット・ジョブを真面目に実践する架空の会社



序章:風味豊かなビジネスの夜明け

2004年、東京・丸の内。高層ビルが林立する日本経済の中心地に、一つの新しい風が吹き始めていた。その風の名は「Business Savory  Japan」。略してBSJ。「ビジネスに風味を。」というキャッチフレーズとともに産声を上げたこの会社は、創業からわずか20年で、日本のビジネス界に「革命」をもたらすことになる。

しかし、この「革命」が何をもたらしたのか。それを理解するには、まず創業者である佐保利(さぼり)氏の哲学に触れる必要があるだろう。

佐保利健一郎。1970年、東京生まれ。幼少期から「効率」と「生産性」を重んじる日本社会に違和感を覚えていたという。「なぜみんな、そんなに必死に働くのだろう?」幼い佐保利少年の疑問は、やがて彼のライフワークとなる。

東京の名門大学を卒業後、佐保利は海外での武者修行の旅に出る。そこで彼が目にしたのは、日本とは全く異なる働き方だった。

「アメリカのある企業で、私は衝撃的な光景を目にしました」と、佐保利は後年のインタビューでこう語っている。「社員たちは忙しそうに立ち回り、絶え間なく会議を行い、膨大な量の報告書を作成していました。しかし、よく観察してみると、彼らは実際には何も生産していないのです。それでいて、皆が満足そうでした。そこで私は悟ったのです。ビジネスの本質は、『忙しく見せること』なのだと」

この「啓示」を胸に日本に帰国した佐保利は、すぐさまBSJの設立に取り掛かる。彼の掲げたビジョンは、「日本企業に新しい風味を」。そしてミッションは、「忙しいふりのプロフェッショナルを育成し、日本のビジネス界に革命を起こすこと」だった。

BSJの設立当初、多くの人々は半信半疑だった。「忙しいふり」を売りにする会社など、誰が相手にするのか。しかし、佐保利の予想は的中する。日本企業は、BSJのサービスに飛びついたのだ。

「日本の企業は、『忙しさ』にある種の価値を見出していました」と、ある経営コンサルタントは分析する。「BSJは、その潜在的なニーズを巧みに掘り起こしたのです」

BSJの成長は驚異的だった。設立から5年で従業員数は100人を超え、10年で500人規模の中堅企業へと成長。そして設立20年を迎える今、BSJは自他共に認める「老舗コンサルティング企業」として、揺るぎない地位を築いている。

しかし、その実態は果たして...。

BSJのオフィスは、一見すると最先端を行く企業そのものだ。丸の内の一等地に構える50階建ての高層ビル。エントランスには「Innovation for Busy-ness」の文字が輝かしく掲げられている。

受付を通り、エレベーターで35階に上がると、そこには想像を超える光景が広がっていた。

広々としたオープンスペース。最新鋭のIT機器が並ぶデスク。ガラス張りの会議室が幾つも並び、社員たちは熱心に議論を交わしている。一角には「リフレッシュエリア」と名付けられた空間があり、バリスタが常駐するカフェや、仮眠用のポッドまで完備されている。

「われわれは、『働き方改革』の最先端を行く企業です」

案内役を務めるのは、人事部「従業員エンゲージメント向上戦略室」の岡本氏。その肩書きは「チーフ・ハピネス・オフィサー」という。

「社員の幸福度こそが、生産性の源泉です。だからこそ、このような最高の環境を用意しているのです」

しかし、よく観察してみると、不思議な光景が目に入る。リフレッシュエリアには誰一人として姿がない。仮眠ポッドはすべて未使用のようだ。

「ああ、あれは...」岡本氏は少し言葉を濁す。「みんな、仕事に夢中で使う暇がないんです。素晴らしいことですよね」

オフィスフロアに目を向けると、確かに社員たちは皆、忙しそうだ。しかし、彼らは一体何をしているのだろうか。

デスクに座る社員たちの画面をちらりと覗き見ると、そこには複雑怪奇なエクセルシートが広がっている。カラフルなセルの海。しかし、よく見ると数字の羅列に何の意味も見出せない。

「あれは、弊社独自の『ビジネス効率化指標』の計算シートです」と、岡本氏は誇らしげに説明する。「非常に複雑で、理解するのに何年もかかります。でも、これがあるからこそ、我々は常に最先端のビジネスを提供できるのです」

会議室に目を向けると、そこでも熱心な議論が繰り広げられている。ホワイトボードには意味不明な図形や矢印が描かれ、プロジェクターでは複雑なグラフが映し出されている。

「あれは『戦略的シナジー最大化プロジェクト』の会議ですね」岡本氏が解説する。「非常に重要な案件で、もう3年以上続いています」

3年以上?一体何を議論しているのだろうか。

BSJの「忙しいふり」文化は、至るところに浸透している。社員たちの机上には、常に複数の資料が開かれ、付箋がびっしりと貼られている。彼らは絶えず電話で誰かと話し、キーボードを激しく叩いている。

佐保利社長の言葉を借りれば、「ビジネスとは、時に『忙しいふり』をすることで成り立つもの」なのだ。彼の哲学によれば、実際の生産性よりも「忙しく見える」ことの方が、多くの場合において価値がある。なぜなら、それが「信頼」と「安心感」を生むからだ。

この哲学は、BSJの評価制度にも色濃く反映されている。「忙しさ指数」なる独自の評価基準が設けられ、社員たちは常に「忙しいふり」を演じることに躍起になっている。

BSJの影響力は、自社内に留まらない。彼らのコンサルティングサービスを受けた企業もまた、徐々に「忙しいふり」文化に染まっていく。会議の数が劇的に増加し、報告書や企画書が肥大化し、社内用語が複雑化していく。

そして今、この「忙しいふり」文化は、ビジネス界を超えて日本社会全体に浸透しつつある。

街を歩けば、スマートフォンを片手に急ぎ足で歩く人々。カフェでは、ノートPCを開いて真剣な表情で作業する人々。電車の中でさえ、多くの人が「忙しそう」にふるまっている。

BSJが日本社会にもたらした影響は計り知れない。

しかし、その一方で、ある疑問が静かに芽生え始めていた。

「本当にこれでいいのだろうか...」

この小さな疑問は、やがて大きなうねりとなり、BSJと日本社会全体を揺るがすことになる。

だが、それはまた別の物語。

今のBSJは、相変わらず「忙しいふり」の頂点に君臨し続けている。

毎日、無数の会議が開かれ、膨大な量の報告書が作成され、意味不明な専門用語が飛び交う。

社員たちは今日も、真剣な表情で「忙しいふり」に励んでいる。

そして、彼らは口々にこう言うのだ。

「これぞ、ビジネスの真髄」と。

Business Savory  Japan。略してBSJ。

その名が示す通り、彼らは確かにビジネスに「風味」を加えた。

しかし、その風味が本物なのか、それとも人工的な香りに過ぎないのか。

その答えは、まだ誰にもわからない。

ただ一つ確かなことは、BSJが日本のビジネス界に、そして社会全体に、大きな影響を与え続けているということだ。

「忙しいふり」という名の革命は、まだ始まったばかりなのかもしれない。




#ブルシット・ジョブ
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