見出し画像

目覚まし時計の憂鬱

 なぜだ、と毎日のように思ってる。俺がせっかく全力で起こそうとしているのに、そんなことは気にも留めず眠り続け、あげくの果てに「また遅刻しちまうじゃないか!」と八つ当たりのように乱暴に俺の声を止める。俺が声をかけた時に起きていれば、ご主人様はゆとりをもって準備し、出かけることができるというのに。

 なぜだ、、、。

 少しでもご主人様の役に立てるように、「目覚まし時計」としての役割を果たせるように、色々なセミナーに参加し、自己研鑽に励んでいるというのに,,,。

 えっ?時計なんだから動けないじゃないかって?そもそも目覚まし時計のセミナーなんかあるわけない!だって?

 ふん、バカにしてもらっちゃ困る。すべての存在には魂があって、意識があるのだ。物体としての身体は動かないが、意識を自由に飛ばして、どこにでもいける。もちろん、それだけじゃない。持ち主である人間、ご主人様の意識を読みとったりも出来るし、もしも、ご主人様が俺に意識を向けてくれるのなら、意識同士で会話だって出来る。こんな当たり前の事を知らない人間は多い。でも、なんとなく感じ取っていたり、物にも意識があるって実感してる人間もいるって、この前、街で会ったスポーツカーに教えてもらった。確かに、ここに来る前にいた電気屋のオーナーは、物と自由に意識を通わせることのできる人間だった。けれど、俺のご主人様は、そんなこと知らない。知るわけがない。気に入らなかったら、何だってすぐに捨てちまうし、扱いも乱暴だ。なんでこんな人間の所に来ちまったんだろうって、嫌気がさしたこともあった。もっと、物を大切にしてくれる人間が良かった、ってな。そんな時は、俺の声も尖ったものになる。イライラが声になって出るんだ。そうすると、ご主人様も、イライラした様子で俺の声を乱暴に止める。イライラが移っちまうのかもしれない。そんな時はいつも、「はぁ、またやっちまった」って思うんだ。セミナーで「目覚まし時計として活躍するために必要なのは、第一に平常心!」って教わったのに、ってな。

 この前なんか「自称エリート目覚まし時計」とケンカした。「声の質が違うんだよ。君と僕とじゃ。声の質がね」とかなんとか言って「自称エリート野郎」があまりに自慢してきたから、気に入らなくて殴りかかってやったんだ。あいつのなさけない顔ったらなかったぜ。目覚まし時計だって落ち込むし、ケンカぐらいするさ。目覚まし時計としてこの世界に生まれてきたことを恨んだりすることもある。

 でも、それでも、目覚まし時計としてご主人様の役に立ちたいと思うのは、どうしてだろうな。扱いも乱暴だし、優しい言葉をかけてくれる訳でもない。朝に弱いし、寝起きの機嫌は最悪だ。八つ当たりすんじゃねえって殴りつけてやりたくなる時もある。人付き合いも上手い方じゃないし、仕事で沢山ミスをして落ち込んだり、「なんで自分はこんなにダメなんだ」って自分を責めたり、不器用すぎて人間として大丈夫かと思うこともある。仲間の目覚まし時計から聞いたんだが、人間の中には、目覚まし時計が声をかける前に目覚めてしまう強者もいるらしい。俺のご主人様と比べたら雲泥の差、月とスッポンだ。

 でもな、なんかよ、憎めないところがあるんだよ。出来が悪い奴は出来が悪いなりに頑張ってるみたいだからな。俺もご主人様のことを言えた立場じゃないけど、買ってくれたからには応援したくなるのが目覚まし時計の義理人情っていうもんだ。お役御免になるまで、これからも、ご主人様のために精一杯、声を張り上げてやろうじゃねえか、って、そう思ってる。

 さて、そろそろ出掛けなきゃな。今日もセミナーがあるんだ。忙しいんだよ、こう見えて。今日は「美声トレーニング」だ。声は俺たちの商売道具だからな。ま、ご主人様は俺の声が変わったことに気付くかどうかも分からないが、そんなこと気にしてちゃ、何も始まらねえよ。

 じゃあな。お前もSNSばかり見てないで勉強しろよ。人間には人間の、目覚まし時計には目覚まし時計の役割ってのがあるんだ。世知辛い世の中だが、お互い頑張ろうぜ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 お読みいただき、ありがとうございました。

 今回は、oryotaoさんの写真を使わせていただきました。

 oryotaoさん、ありがとうございます。

 今日も、すべてに、ありがとう✨

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?