【連載③】「正義の理念」を理由として救済の途を拓く(旧優生保護法違憲判決)
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初めての連載シリーズの3記事目です。本記事では違憲判決と判断されたことについて、それが社会に対して与える影響などをメモしてみました。
お済でない方は前回記事
【連載】<気になって調べてみた>旧優生保護法違憲判決について思ったこと①|jim (note.com)
【連載】<気になって調べてみた>旧優生保護法違憲判決について思ったこと②|jim (note.com)
もご覧いただけますと、より内容がわかりやすくなるかもしれません。よかったらのぞいてみてください。
※本記事の執筆にあたり、参照資料を踏まえ事実に沿う内容を記したつもりですが、第三者の確認等は行っておりません。本記事の内容を引用する場合には一切責任を負いかねますので、<参考>に掲載した情報をご確認いただきますようお願いします。
▶ 違憲判決の影響
> 喜びの声
本事件では、最高裁判所が旧優生保護法における優生手術を定める規定について、憲法13条、14条に反している、つまり違憲であると判断をくだしました。
この違憲判決を受けて、原告側から喜びの声があがったのは想像に難くありません。
原告側の主張によれば、具体的な説明や本人の同意もなしに不妊手術が行われていたことがうかがわれます。
若き日に、本意に反して生殖機能を失われ、そのことを胸の内に秘めながら過ごしてきた人生の苦しさは、想像を絶します。
適切な表現かはわかりませんが、今回、違憲判決がだされ、また、国の除斥期間の主張を認めず、原告側の損害賠償請求が認められたことは、よかったと思います。
国に対しての損害賠償請求が認められたことによって、原告側の方々は、自らの思いを、1つ前に進めることができたのではないでしょうか。
いろいろな報道を目にしてみて、そのように感じました。
> 政府の対応
令和6年7月17日。
岸田内閣総理大臣が原告や関係者約130人と面会し、政府の責任を認めて謝罪しました。
と、ともに、訴訟を起こしていない被害者や配偶者も含め、広く適正な補償を行う意向を示しました。
その1週間後。
障害者などへの偏見や差別の根絶に向けて、全閣僚を構成メンバーとする対策推進本部を設置することとし、実際にも26日に、「障害者に対する偏見や差別のない共生社会の実現に向けた対策推進会議」の設置が閣議決定されました。
これらを踏まえ、今後、被害者への幅広い補償や、障害者への偏見等を根絶するための各種政策が実施されていくものと思われます。
▶ 今後の司法判断への影響を考えてみた
本件違憲判決が、今後起こるであろう訴訟事件に対して与える影響を、「除斥期間の扱い」に絞って、素人ながら考えてみました。
> 本件違憲判決でのポイント
本件違憲判決におけるポイントは、個人的にはなんといっても、民法における「除斥期間」の適用を認めなかった点にあると考えます。
不法行為については、20年が経過すると除斥期間により、損害賠償請求権が消滅するとされています。
裁判では、この除斥期間を厳格に適用する姿勢がとられていて、適用を認めなかった例は、2例だけでした(①最高裁平成10年6月12日判決、②最高裁平成21年4月28日判決)。
除斥期間を認めなかった2例とは、どのような事件だったのでしょうか。
> 最高裁平成10年6月12日判決
こちらの事件は、不法行為が原因で心神喪失状態に陥ってしまい、侵害賠償請求が20年経過後になされたというものです。
不法行為を受けた被害者が、当該不法行為が原因で、不法行為後20年が経過する6か月内において、心神喪失の状態に陥ってしまっており、除斥期間経過後に損害賠償請求を行いました。
これについて最高裁は、
○ 不法行為によって心神喪失状態にあったこと
○ このために、後見人を選任するまで訴訟能力がなく、除斥期間が経過する前に損害賠償請求を行うことが困難だったこと
これらを踏まえ、被害者保護のため、除斥期間の適用を認めませんでした。
除斥期間の適用を認めなかった理由として、「未成年者又は成年被後見人と時効の完成猶予を定めた民法第158条」を踏まえ、除斥期間を適用することは、この民法第158条の法意に反するから、ということもあるようです。
> 最高裁平成21年4月28日判決
こちらの事件は、加害者が被害者を殺害した後、隠ぺいを行った結果、被害者の相続人が被害者死亡の事実を知り得ない状態となり、相続人が20年経過後に損害賠償請求を行ったというものです。
これについて最高裁は、加害者の隠ぺいによって被害者死亡の事実を知ることができなかった相続人を保護するため、除斥期間の適用を認めませんでした。
ここでは、「相続財産に関する時効の完成猶予を定めた民法第160条」を踏まえ、除斥期間を適用することは、この民法第160条の法意に反するから、ということもあるようです。
> 上記2件の前例を踏まえて、本件違憲判決を考えると・・・
前述の2件の前例では、いずれも、除斥期間の適用を認めなかった判断の理由として、他の民法の条文規定とその趣旨を掲げていました(民法第158条、160条)。
他の民法の規定趣旨を踏まえると、「除斥期間の適用を認めることは、当該他の規定の趣旨にそぐわないことから、除斥期間の適用を認めないのが妥当」という考え方が根底にあるものと思われます。
これに対して本件違憲判決はというと、除斥期間の適用を認めなかった理由として、具体的な他の規定を踏まえるといったことはなされていないように思います。
国の主張する除斥期間経過による損害賠償請求権の消滅を認めることは、「著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない」、また、国が「除斥期間の主張をすることは、信義則に反し、権利の濫用として許されない」と判断していました。
本件違憲判決は、正義・公平や信義則といった、抽象的な考え方を根底においた判決であるといえるのではないでしょうか。
そもそも除斥期間とは、法律関係の早期安定を目的とした制度と思います。本件違憲判決において、そうした趣旨を超えて、正義・公平の理念や信義則の観点から、除斥期間の適用が認められない場合がある、ということが示されたものと考えられます。
ここまで読んでくださり、誠にありがとうございました!
次の記事では、全体をとおして自分なりに考えたことをつづりたいと思います。次が連載最終稿となります。次の記事も、どうぞよろしくお願いいたします。
> 参考
(1) NHK.“旧優生保護法は憲法違反 国に賠償命じる判決 最高裁”.NHK NEWS WEB. 旧優生保護法は憲法違反 国に賠償命じる判決 障害者などに不妊手術を強制 最高裁 | NHK | 憲法(2024-07-17).
(2)NHK.“岸田首相 旧優生保護法めぐり幅広い被害者など対象に補償検討”.NHK NEWS WEB. 岸田首相 旧優生保護法めぐり幅広い被害者など対象に補償検討 | NHK | 憲法(2024-07-28).
(3)NHK.“岸田首相 旧優生保護法違憲判決受け 全閣僚で対策推進本部創設”.NHK NEWS WEB. 岸田首相 旧優生保護法違憲判断受け 全閣僚で対策推進本部創設 | NHK | 医療・健康(2024-07-28).
(4)毎日新聞.“政府, 障害者差別根絶の対策本部設置へ 旧優生保護法違憲判決受け”. 政府、障害者差別根絶の対策本部設置へ 旧優生保護法判決受け (msn.com).(2024-07-28).
(5)弁護士法人みずほ中央法律事務所 司法書士法人みずほ中央事務所.“【除斥期間の基本(消滅時効との比較・権利行使の内容・救済的判例)】”. 【除斥期間の基本(消滅時効との比較・権利行使の内容・救済的判例)】 | 企業法務 | 東京・埼玉の理系弁護士 (mc-law.jp).(2024-08-04).
(6)産経新聞.“厳格適用「除斥期間」の壁高く 例外認めたのはわずか”. 厳格適用「除斥期間」の壁高く 例外認めたのはわずか - 産経ニュース (sankei.com).(2024-08-04).
(7)最小判平成21年4月28日 平成20(受)804 損害賠償請求事件.
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