見出し画像

元講師が打ち明ける「歌手やシンガーソングライターを夢見る君へ」:オーディション合格後について

もし君がオーディションに合格したら、その後、どうなっていくのか

今日は、もし君がオーディションに合格したとして、その後どうなるのかについて取り上げようと思う。

もちろん、私もオーディションからデビューまでの一通りの流れをしっかりと見た経験はほんの3つか4つしかない。

デビューまで行けなかった例は本当にたくさん見た。

デビューをつかむ方法についての記事で伝えたように、オーディションに合格しデビューするまでの流れは人の顔と同じようにみんな違う。

今回の記事も様々な例の中のほんの数例を、内容を少し変えて混ぜたものなので、そのつもりで読んでほしい。

それでも何も知らないよりは、「君がこれからどうやっていくのか」「本当に歌手やシンガーソングライターを目指すのか」を考えるうえで参考にしてもらえると思う。

伝えたいのは「準備できるのはオーディションに合格する前まで」ってこと

実は、参考にというのは、この記事で伝えたいことが、オーディション合格後どうなるのかの一例を見たうえで、

じっくりと実力を養えるのは、オーディションに合格する前まで。だから合格していない今のうちにどれくらい実力を伸ばせるか」

オーデイション合格後=プロになったら、その時点での実力で勝負するしかなくなるし、それで評価される。

ということなのだ。


オーディションに合格したA君のケース(フィクション)

じゃあここからは架空の歌手の卵、A君の話として伝えよう。

オーディションに合格したA君は、とにかく信じられないような気持ちでいた。

自分としては、別に人より特別に歌が上手いとは思っていない。
もちろん、歌しかないという気持ちではいる。

毎日それなりに練習してはいるが、地方都市に住む、いたって普通の高校2年生だ。

3次審査、つまり直接歌を聴いてもらえる審査の頃くらいから、そのメジャーレコード会社の新人開発担当の人とは顔見知りにはなって、短い雑談もするようになっていた。

合格という知らせは来た。でも、それだけだった。
何かのイベント会場で合格発表とか、祝福されるとか、そういうのはなかった。

それから2週間くらいして、レコード会社のディレクターの男性が会いにきてくれた。

そのディレクターさんも以前はバンドで活動してメジャーデビューしたこともあるらしい。

そこでも音楽とはあまり関係ない普段のようすとか、家族構成、どんな音楽が好きなのかとか、そういう話をして、最後、両親に挨拶をした後、ディレクターさんは「後で連絡します」と言って帰っていった。

別に何かの契約とかもなかった。
本当に合格したの?という感じ。実感はなかった。

そんなある日、メジャーレコード会社からメールが届いた。
会いに来てくれたディレクターさんからだった。

楽譜と歌詞の画像と音源データが添付されていた。

10日後にプレレコーディングするので歌えるようにしておいて、という内容の文面だった。

データをパソコンで開くと、曲が7曲あった。
もちろん市販されていない、一度も聞いたこともない曲ばかりだった。

これ全部!?10日後!?

A君はあたまがこんらんした。

こんな短い期間に知らない7曲も歌を練習したことなんてない。

しかも音源を聴いても、誰かが歌っている(仮歌)曲が半分、後は笛のような音のピーピーしたメロディしかない曲が半分だった。

長さも1コーラスと半分くらいとか、フルコーラスとか、様々だった。

一部メロディの楽譜がついているものもあったが、楽譜はそれほど得意じゃなかった。

とにかく練習するしかない。

A君は、学校が終わった後にカラオケボックスに直行し、毎日何時間も、何度も何度も、がむしゃらに歌を練習した。

そんな感じで3日間ほど続けると喉が痛くなってきた。

でも、まだ半分も歌えるようになっていない。

5日経ったころ、口の中が鉄のような生臭い感じがした。

喉から血が出ていた。

すでに声も一日中ガラガラになっていた。

母親が心配して、少し休みなさいと言ってきた。

その場はそうだね、と返事をしたが、横になって休んでも、まだ歌いきれない曲が3曲くらいあったので、全然気が休まらない。

プレレコーディング当日。

A君は指示された地方都市の繁華街の裏通りにあるレコーディングスタジオに来た。

何度か通ったことのあるところだけど、こんなところにスタジオがあったんだ。

そこにはディレクターさんと、オペレーターさんという、機材を操作する人がいた。

挨拶も早々に、A君はマイクが一本立っているレコーディングブースに入って、1曲ずつ歌を歌っていった。

大きなヘッドフォンをしたとたん、回りの音はあまり聞こえなくなった。

目の前には、Yotubeなどでたまに見るような、マイクスタンドから吊るしてある高級そうなマイクがあった。

自分の声もカラオケの音も、すごくクリアで大きな音で聞こえた。

普段使っているイヤホンの音とは全然違う。

場所も耳も、全く慣れない環境で、正直自分が何を歌っているのかもわからない感じだった。

それでも、気持ちを奮い立たせて、よくわからないまま、とにかく一生懸命歌った。

プレレコーディングといっても、何かを録音しているようすはなかった。

やや暗い照明のレコーディングブースには窓がついていて、ミキサーの前に座るオペレーターさんとその後ろに座るディレクターさんが見えたが、表情はよくわからなかった。

そもそも、10日間、ぶっ通しで練習してきたので疲れ切っていて、すでに頭がぼうっとしていたのだった。

幸い喉の出血はなかったが、もちろん声もガラガラで、顔も3日徹夜したみたいなひどい顔だったと思う。


7曲を2回ずつ歌う感じだった。
トータルで2時間弱という感じだった。

ディレクターさんは特に良い感じも悪い感じもなく、淡々としていた。
歌について何かを教えるとかもなかった。

ただ、歌っている間、たまーに何かをメモしているようすだった。

全部歌い終わった後、ディレクターさん達のいる部屋に戻った。
ディレクターさんは淡々と「はじめて?ちょっと疲れた?」などと声をかけてくれた。

しばらく他愛もない雑談をした後、解散になった。
ディレクターさんはまた連絡する、と言って帰っていった。

A君は心底ヘトヘトだった。

こんなに疲れるんだ。

帰り道、途中のバスでは座るなり寝てしまった。
その日、家に帰ってからのことはあんまり覚えていない。
とにかく部屋のベッドに倒れこんでそのまま寝てしまったと思う。


この状況、君はどう思う?

これは私の見てきたことを一部使ったフィクションなのだが、君はどう思うだろうか。

10日で7曲?パワハラじゃん、と思うかもしれない。

喉から血を流してまで練習するなんて、A君はすごい、と思うかもしれない。

解説しよう。

まず、もしデビュー経験のある方がこの作り話を読んだら、「私はそんなにたくさんの曲は歌ってないよ」と思う方もいるだろう。

そうなのだ。7曲も歌わせて何をしているのかというと、A君をデビューさせるうえで、どんな曲が合うのかマッチングをしているのだ。

そして、こんなたくさんの曲で、お金を使ってオペレーターさんつきのスタジオも借りてもらって、マッチングをさせてもらうといのは、大きなレコード会社にしかできない、とても手厚い育成で、A君は実はめちゃくちゃラッキーなのだ。

費用で言えば、この1日だけで人件費含め数万円~10万円くらいはかかっているはずだ。

でも、そんなことはディレクターさんは説明しない。
タレントの教育について責任があるのは事務所であり、マネージャー。

事務所やマネージャーを飛び越えて、タレント本人に直接何か働きかけるというのは基本ご法度なのだ。

その人の性格にもよるけど、事務所に所属する前の人なのに、そんなグイグイで教えたりはしない。

A君は高校生なのかもしれないが、誰が何歳であろうと、仕事は大人の世界なのだ。
小中学生が歌手であったって、それは変わらない。

予算と時間には限りがある。

その限られた資源を使って、少しでもデビューが成功するように準備する。それだけなのだ。

歌を作って歌わせて、その結果を求める。

プロはある意味それだけ。

年齢うんぬんは、デビュー時にプロデューサーがデビュー戦略を練る時に考慮するくらいで、あとは買う側が気にするだけのことなのだ。

そして、今回A君は喉から出血しながらも10日間ぶっ通しで練習したわけだが、すごくも偉くもない。ただの基礎力不足なのだ。

もっと基礎力があれば、さらにもっと短い時間で効率よく曲を覚えるコツを身につけていれば、血なんか出ない。

体力も消耗しないし、目のクマもないはずだ。

精神力も体力を消耗しきってプレレコーディングしたって、実力も出し切れないはずなのだ。

ただ、素人の高校生が最初のプレレコーディングに挑戦するということで、ディレクターさんもそこはあまり期待はしていなかったと思う。

で、大事なのはこの後だ。

ここから数カ月くらいで本人がどう取り組むのか。

実力性格も、そして追い込まれた時に出る君の本性も、ディレクターさんは見続ける。

そうやって、A君がどんな個性を持っていて、どんなデビュー戦略を立てたらいいか、そしてそもそも本当にデビューさせられる人なのか、判断していくのだ。

被害意識を持ってしまい、精神的につぶれてしまう人もいるだろう。

これが費用をかけた手厚い育成であり、自分が力不足なだけなんだと、ほぼ正解に気付いてしまう賢い人もいるだろう。

多くの人は、不安を感じ日々いろいろなことに悩みながら、あまり自分の立ち位置がわからずにひたすらに頑張るということになるのかなと思う。

そして、オーディションに合格する人はごくわずかではあるものの、同じ立場での競争相手となる、ほかのオーディション合格者も何人かはいるだろう。

君がどれだけよくても、100点を取ったとしても、別で200点を取る人がいればその人が先にデビューする。それが競争だ。

もちろん、もっと短期間であまり苦労せずデビューできる例もある。

でもそれは、制作費や宣伝費が少なかったり、企画物だったりする場合もある。
まあ、そのへんはいろいろと事情があるのだ。

この記事で伝えたいことは、君がこれからを考える参考になることなので、このケースではわりとカチッとした例を取り上げているのだ。


では、A君のその後を・・・。

それから月に一回程度、同じく数曲のデータが送られてきて、プレレコーディングをしていった。

曲数はだんだん少なくなっていった。

曲のマッチングをされているなんて想像もしていないA君は、曲数が減ったということだけでも不安になった。

その後、事務所と契約し、A君を担当してくれるマネージャーさんが決まった。

マネージャーはサバサバとした若い女性で、柔らかい物腰ではあるがビジネスライクな感じで接する人だった。

半年が過ぎた頃、東京に行ってプレレコーディングをすることになった。

東京には一人で行った。一人で新幹線に乗り、指定されたレコーディングスタジオに行った。

行ったことのない場所で、どこを歩いても同じような雑居ビルと人の多さもあって、携帯で地図を見たのに道に迷ってしまい、もう少しで遅刻するところだった。

スタジオにつくと、スタッフの方々が数人、レコーディングの準備をしていた。

てきぱきと準備をしていたので、誰もあまり話さずしーんとしていた。

ディレクターさんとマネージャーさんはいてくれたが、ほぼ知らない人ばかりに囲まれて、挨拶をしようにもどういうタイミングで声をかけるのかも戸惑っていた。

その日のプレレコーディングもなんとか乗り切ることができたが、知らない人に囲まれてレコーディングしていて一日中緊張していた。


実は、最終審査に残っていた人たちと連絡先を交換していて、SNSでたまに連絡を取り合っていた。

同じオーディションで合格した、関東の地方都市にいるある高校生の女の子は、高校から帰ったら地元から電車で渋谷に行って、弾き語りライブに出ていた。

ライブ会場は小さなライブバーで、表立ってはごく普通の対バンライブだったが、業界の人が招待されてのプレゼンライブだった。

彼女はそこで自作曲のギター弾き語りライブをして、ライブ後、数人の業界関係者に挨拶をした後、自宅に帰れるギリギリの電車の飛び乗って帰るのだという。

そんなことを数回繰り返しているそうだ。

そこから、また2カ月くらい経った。

具体的な話は何もなかった。

ただ、関東に住む女の子から、いよいよデビューが決まったと連絡があった。

その子はあるロックミュージシャンが好きだと聞いていたが、デビューのプロフィールには全然別の大人っぽいR&B歌手が好きという「設定」になると聞いた。

そんなものなのか、とA君は思った。


ある日、マネージャーさんとディレクターさんから連絡が来て、次のプレレコに歌う曲で自作の歌詞をつけてみないかと提案があった。

歌詞を書いたことはなかった。

うまくできるかわからず、不安ばかりで悩んだが、歌詞を書くことにした。

真っ白い紙を机の上に置いて、書こうとしたが、書けない。

何も思い浮かばない。最初の一言が書けない。

歌詞を書こうと思った最初の夜、徹夜したが、紙は真っ白のままだった。

もっと前に歌詞を書く挑戦をしておけばよかった、とA君は思ったが、そんなことを思っても今は何の助けにもならない。

プレレコに間に合わなかったらどうしよう。
また不安で頭が重くなってきた。

2日後、マネージャーさんから「歌詞できた?」と連絡が来た。

できないとは言えず、もう少しです。明日出しますと答え、その夜また徹夜で、内容はめちゃくちゃでも、とにかく歌詞を書いた。

自分でも恥ずかしくなるような、稚拙な歌詞になってしまった。

マネージャーさんに歌詞を送信した。

するとリモートで連絡が来て、歌詞の添削が始まった。

マネージャーさんはこまかくいろいろと教えてくれた。
ここはどう思ってるの?とか、自分の気持ちも確認しながらの添削だった。

もともとの歌詞は、ただとにかく書いたものなので、自分でもあまり深い意味がなかった。

一度書いた歌詞を直すのは、もう一回気持ちを立て直さなければならず、もともとが深い考えもなく書いたこともあり、精神的にもかなりきつかった。

その1週間後、地元でプレレコーディングがあった。

自分の歌詞で歌うことは歌ったが、その後、歌詞を書けとは言われなくなった。

それがどういう意味なのか、ディレクターさんもマネージャーさんも何も言わないし、さらに不安になった。


それから3日後くらいに、デビューが決まった女の子から連絡があった。
彼女のデビューの話が流れたとのことだった。

タイアップが決まっていたCMの企画変更にともない、曲も変更になったからだそうだ。

彼女のデビュー予定日の2ヶ月前だった。

彼女はまた数カ月、デビューのチャンスを待ちながらプレレコーディングをすることになるのだろう。

自分はいつデビューできるのか、精神的に追い込まれてはいないけど、どこか安心できない日々が続く。


それから3ヶ月。A君は高校3年生になっていた。

高2の頃から、進路指導や担任の先生から進路はどうするのか聞かれていた。

先生たちに事情は話してある。

マネージャーさんも進路については特に何かを止めるとかいうのはなかった。

高卒で歌に懸けるか、大学に進学するか。
A君の悩みのタネがまた増えた。

この頃、マネージャーさんから扁桃腺を取る手術を軽く勧められた。

A君は扁桃腺が原因で高熱を出すことがあり、最近その頻度が増えていたのだ。

高熱が出るという理由で扁桃腺を手術で取る人は普通にいる。

でも医者の説明を聞くと、稀に喉に違和感を感じるようになることがあるという。
この時期に受けていいのだろうか。A君はまた悩んでしまう。

1か月ほど悩んだ末に、A君は手術を受け、扁桃腺を取った。
手術後しばらくは口の中に違和感もあったが、だんだん普通の感覚に戻っていった。

高3の冬、やっとデビューの具体的な話についてマネージャーさんから連絡があった。

その頃はすでに、大学進学はやめ、歌手に賭けることに決めていた。

両親は反対というよりも、不安がっていた。が、結局は許してくれた。

そこから、マネージャーさんと打ち合わせを重ねた。

マネージャーさんは、デビューというのはどういうものか、つまり、デビューには戦略があり、必ずしも、その人そのままとして売り出すのではなく、本人とは別のキャラとしてデビューすることのほうが多いというような、この世界のある種の常識を、A君の気持ちを思いやりながらもきっぱりと教えてくれた。

デビュー曲候補として、3曲送られてきた。どれも個性は違えど、素敵な曲ばかりだった。

しばらくプレレコーディングなどをしていく中で、マネージャーさんから、そのうちの1曲があるバラエティー番組のエンディング曲に採用されるかもしれないと話があった。

どうしてこの曲がこの番組のエンディング曲として採用されそうなのかわかる?よく考えてみて、と、マネージャーさんはある意味の課題をA君に出した。

高校卒業後の4月、A君はついに上京することになった。
もちろん、生活費はバイトで稼ぐしかない。

デビューは6月ごろになりそうだとマネージャーさんから連絡があった。

マネージャーさんと、ジャケット撮影についての打ち合わせをした。

そういえば、カメラマンに写真を撮られる経験も、ほとんどしてこなかったことを思い出した。

ジャケット撮影は東京の小さな撮影スタジオで行われた。

遊園地のかなり大きな写真が壁に貼られていて、その前で衣装に着替えて立った。

ポージングなどしたこともなかった。

正面を向いて仁王立ちのようになってしまい、マネージャーさんからクスクスと笑われてしまった。

カメラマンさんもその場でいろいろとアドバイスしてくれたが、やっぱり知らない人ばっかりだし、ここでも緊張してガチガチなA君は思うように体が動かなかった。


東京でのはじめての一人暮らしは刺激も多くて楽しかったが、新鮮で楽しい気持ちと深い悩みや不安が交互に来るような日々だった。

でも、ともかくもA君のデビューの大まかな日程は決まったのだ。

関東の女の子はあの後結局デビューしておらず、最近は連絡も来なくなってしまった。

あとは本当にデビューできるその日まで、不安な日々でもとにかくやれることをやりつつ、何とかこのデビューの話が流れなければいいなと思うA君だった・・・。

自分だけで成功する人なんていない。運が半分。

まあ、最後のほうはかなり端折ったが、メジャーレコード会社のオーディションに合格したA君の例(フィクション)としてはこんなものだろうか。

ちなみにこの作り話には、A君が本当にデビューできたかどうかは書いていない。そこでまたが作用する。

だから、どんなに成功したと思っても、人生、半分は運なのだ。
今売れているあの人も、大切な日に病気とか事故とかにならなかっただけなのだ。

一生懸命やらないと、チャンスすら来ない。
でも、どんなに頑張っても、チャンスをつかめるか、まして成功するかの50%は、運。

でもまあ、そう思っておけば、成功しても調子にのって成功していない人をばかにすることもないだろうし、成功していなくても、成功した人をひがんでネガティブになることもないだろう。

何者でもない今が大事。できるだけ準備をしておこう。

歌手やシンガーソングライターにとって何が必要なのかは、よく考えれば案外素人の人にも想像はつくものだ。

本当に仕事として動き出したら、そりゃいろいろ大変だ。時間もない。

そこに「初めて」の作業が増えるほど、プレッシャーが増す。

これが、少しでもやったことがあることだったら、気持ちの面ではだいぶ軽くなるはずだ。

それを想定して、やったことがないことがあれば、時間があるうちに挑戦しておくほうがいい、ということが分かっていただけただろうか。

基礎力をつける。
知らない曲を早く歌を覚えることに慣れる。
歌詞を書くようにする。
知らない人の前で40分ライブをしたり、2時間くらいプレレコーディングの真似事をしてみる。
楽譜を読めるようにしておく。
作曲する人は1コーラスでいいのでレパートリーを増やしておく。
いろんなジャンルの音楽を聴く。
写真に撮られることに慣れる。ポージングを研究する。ファッションやメイクもそう。
仕事現場に遅れずに、よいコンディションで着くノウハウを研究する。

もっとほかにもいろいろ考えられると思う。

オーディションに合格したら、プロになったら、自由にゆっくり練習できる時間はほぼなくなる。

毎日のように打ち合わせがあるし、歌手は何曲も曲を覚える時間も必要だし、小手先テクニックみたいなのは覚えていくかもしれないが、特に地力の部分を育むみたいな、時間がかかるやつはもう望めない。

学生なら学校の勉強があるだろうし、大人なら食うためにバイトしなければならない。

中には、まあ、同棲している恋人に働いてもらっている人とかもいるかもしれないけど。それくらい図々しくなれるなら、それも才能だ。

歌手やシンガーソングライターを目指す君へ。
まだ何者にもなっていない、今がとても大切なのだ。
いろいろ怖いかもしれないけど、この素人の期間を最大限活用してほしいのだ。


プロの体になるまでには、「明日プロになってやろう」というくらい激しくトレーニングをしたって3年くらいかかる。

生ぬるいトレーニングなどしていたら、もっと年数はかかるし、そもそもプロの体には永遠にならない。

かといって、無理したり間違った練習をたくさんやれば、変なクセもつくし最悪喉も壊す。

もしデビューした君が基礎力が足りなくて、本当は1・2年しっかりやれば太い声になるのだとしても、デビュー時に細い喉声だったら、もう世間からは「そういう人」という認識になるのだ。

それでもデビューできるだけマシかもしれない。

オーディションに合格したって育成中に夢破れる例など普通にある。

そしてデビューしてもその9割が最初の1~2年で消える。
これは今も昔も変わらないだろう。

小さな事務所や小さなレコード会社はこんな長期間育成できないし、デビューシングル1曲、良くてもセカンドシングルで終わることも全然ある、というか、それがほとんどだ。

デビュー後も大変。

想像できると思うけど、デビュー後も、相変わらずいろんな意味で大変な日々になる。

というかその前に、いよいよデビューとなれば、君を担当するマネージャーはじめスタッフも大変になる。

アーティストのデビュー前などは、スタッフの皆さんは、徹夜とか、深夜遅くまで働くなんて当たり前にある。

一瞬でも、君を支えてくれる人たちの思いを忘れてはいけない。

自分のデビュー曲を売り込むとして、君は40分とかライブできると思う?
40分というのは、普通のライブハウスで開催される対バンライブの1出演者の割り当て時間だ。

歌うだけじゃない。曲の合間には話をして、いい感じで盛り上げることもするんだぞ。

残念ながら、知らないお客の前で、誰こいつ、と思われる空気の中で、何もトレーニングしていない素人の君たちの多くが、1曲すら存分に表現して歌いきる気力も体力もないと思う。

今のアイドルみたいに、複数人で合唱するのとは違う。
一人で歌うのだから、ちょっと間違えれば全部バレる。
まあアイドルも激しいダンスとかもあるし、別の意味でかなり大変なんだけどね。

あ、ボーカリストだってダンス系なら踊るからね。
振付とか、覚えたことある?
踊りながら1人だけで5曲とか、歌ったことある?

またもしも、君が正真正銘の天真爛漫、何にも怖いものがないのなら、歌っているだけで楽しいなら、とにかく1曲くらいは歌えるのかもしれない。

でも、業界人から見れば、最初のサビの途中から君がへばって、2コーラス目の後半くらいから聴くに堪えない感じなっているのなんてお見通しだし、その場合、1コーラスが終わる前に席を立っていることもある。

そんな人が本番のレコーディングに耐えられるはずもないのだ。

無理だと思うなら、進路として「プロの」歌手やシンガーソングライターを目指すのはやめていいと思う

デビューする人は、こんな感じで、それぞれに大変な思いをする。

大変な思いだけして結局デビューできない人もたくさんいる。

無理そうとか、体力的にあるいは技術的、精神的に乗り越えられなそう、と思うなら、今のうちにプロとして歌手やシンガーソングライターを目指すのはやめていいと思う。

それは負けでもないし、失敗でもない。
むしろ新しい道を開くことだ。

つまり、そこで無理そう、と思うということは、「プロとしての」歌手やシンガーソングライターは「君にとって心の底からやりたいこと」ではないのだ。

そして趣味だって音楽をすることは素晴らしいことなのだ。

「プロとして音楽をする」と「趣味として音楽をする」とは「違う」というだけであり、どちらが優れているということではないのだ。

これについては、いつか別の記事で伝えられたらと思う。

まあ、どんな仕事でも、こんな感じの大変さはある。
別の仕事になったって、苦労はなくならない。

君のご両親も、もしかしたら今も、君の未来を心配しながら、いやというほど仕事の苦しみを味わっているかもしれないのだ。

でも、それでも、会社員なら、給料の保証はある。

失業しても正社員なら失業保険だってある。

その会社がダメで転職になっても、我慢して3年以上いれば、それまでの会社にいた経歴は、キャリア・実績としてアピールできるだろう。

歌手でオーディションに合格して、デビュー直前まで行きました、というのは、残念ながら、キャリア・実績としてのアピールには使えない。

その人が、苦労しながら、どれだけ真摯に取り組んできたのか、私は想像できる。その経験は無駄にはならない。

でも普通の仕事をしている人々の多くは、「挫折した人」と見てくる。

30歳を過ぎて牛丼屋でバイトしている元芸人を、君はどう見る?
ある意味、お互い様なのだ。


誰かに自分を楽しくしてもらう仕事じゃなく、自分が誰かを楽しくしていく仕事

この記事を読んで、君はどんな気持ちだろうか。
そもそも、こんな長文をここまで読んでいる人も少ないかもしれない。

どんよりした気持ちになったのなら、今日から、発想を変えてほしい。

君が目指す歌手やシンガーソングライターという職業は、君が楽しませてもらう仕事ではなく、この、時に暗いことも起こるこの世の中を、楽しく、明るくする仕事なのである。

つまり、「楽しい」を作るのは、君のほうなのだ。

「答え」は君が出していくしかない。


「答え」といっても、歌手やシンガーソングライターを目指すのか、諦めるのか、という話ではない。
やりたければやればいいし、無理そうならやめればいい。それだけ。

このタフな世界で、悩みと不安が多い世界で、どうすれば楽しくできるのか。

その「答え」は人によって違うので、君が出すしかないのだ。

最初は考えながら進むのもいいだろう。

でも、そこから3年も答えに詰まったまま、答えを出さずに進んだら、どんどん苦しくなって、続かなくなる。

楽しいだけの、苦労のない仕事なんてない。
でもやっぱりどこかで、楽しさを見つけられなければ、その仕事はやれないのだ。

今日の作り話は星の数ほどある例の、ほんの一例だ。

全然練習しない人もいるし、性格や個性もいろいろある。

超強運で、あるいはキャラクターで、一瞬で駆け上がる人もいる。

大きい事務所や小さい事務所、場所による違いもあるだろう。

でも、その悲喜こもごものタフな世界で、
時には撤退し、転がりながら、這いつくばりながらも、
「答え」を出すのはやっぱり君なのだ。


限りある若い時間を過ごす君へ、この長い駄文が何かのヒントになったら嬉しい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?