【どっちでもいいのだ!】 その40「部下に渾身のダジャレを放った そこそこウケた スルーされた」
一度しかない人生。眉間にシワを寄せているヒマがあったら、笑ジワを作りながら暮らしたい。「どっちでもいいのだ」精神で、毎日をゆるゆると生きてみませんか? ※「東京スポーツ」で2017~2018年に連載(全44回)
おっさんにとってダジャレは、生き甲斐のひとつであり大きな張り合いである。何かと風当たりは強いが、もし世界からダジャレがなくなったら、さぞ味気ない日々になるだろう。会社で部下たちとW杯の話題になり、「ウルグアイでは、営業マンの地位が高いらしいよ。『売る具合』の国だからね」と渾身のダジャレを放った午後3時。
部下、とくに女性の部下が「アハハ、今日も冴えてますねー」とウケてくれたら、こんな嬉しいことはありません。深い満足感に包まれるし、自分に自信を持つこともできます。男性の部下に「いつ言おうか、ずっと考えてたんでしょ」と冷やかされても、それはそれで嬉しい気持ちになるでしょう。
しかし、ダジャレ道は甘くはありません。静かにスルーされる可能性は大いにあるし、批判の言葉を浴びせかけられることもしばしば。悲しい展開になったときには、いつもの呪文で、自分を奮い立たせましょう。
「どっちでもいいのだ!」
ダジャレにとって、ウケるウケないは二の次。たとえ大スベリしても、場の空気は少しは和んだはず。「ったく、しょうがないなあ」と呆れられたとしても、一服の清涼剤の役割は果たせたに違いありません。なまじウケた場合より、むしろ周囲への貢献度は高いかも。「よくぞ言った」と自分の勇気をホメてあげましょう。胸を張って前を向けば、スベったダジャレもきっと本望です。
応用編 上司が放ったダジャレがぜんぜん笑えなかった
上司が笑えるダジャレを放ってくれることは、めったにありません。今日も「ロシアチームの攻撃はオソロシア」的なトホホなダジャレを放って、自分だけ悦に入っています。
ダジャレから受け取りたいのは、面白さではなく、言った側の「気持ち」。心の中で「どっちでもいいのだ!」と呟きつつ、場を和ませたいという願いや、くだらないダジャレを口にした大胆さに着目すれば、少しはやさしい目を向けてあげられるはずです。