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感謝の言葉なんかいらない
怖いことが嫌いなので、
今までで一番怖かったことは何だろうと考えてみた。
子供が二歳ぐらいの時に近所の人からもらった、
飴を喉に詰めて、
電話をかけている私のところまで来て、
「あーあー。」といった時だろうか?
咄嗟に、子供の喉の奥まで手を突っ込み飴を取り出した。
飴をもらっている場面は見ていない。
もし、あの時、飴が喉の奥にコロンといっていたらと思うと、
今、思い出しても冷や汗が出る。
子供の時に、公園で自転車に乗っていて、
同じように自転車に乗っていたいとこが、自転車が下手くそで、
あれよあれよという間に、スルスルと川に落ちたことだろうか?
自転車と共に流されそうになったいとこを、
見ていた大人の人達が助けてくれた。
私は、従兄弟より年下なのに、従兄弟の親に止めれなかったのかと言われた。
自転車と共に水に流されるいとこの姿が怖くて、呆然としていた。
なんと言っても一番怖いのは、高齢の身内に感謝の言葉を言われる事だ。
主人の母は、干支で言えば虎で、生きている頃は、
誰も太刀打ちができなかった。
唯一、太刀打ちできたのは、干支が蛇の姑だけで、近所では有名ないつも怒鳴り合っている、嫁姑だったらしい。蛇と虎が戦っている姿は、想像するだけで恐ろしい。
私なんか、ペットぐらいの干支だから、初めから相手にもされていない。
女中か、家来か、お付きの人だ。
嫁に行って同居してから、すぐにお食事係と決まったので、
主人の母が亡くなるまで、私がお三度をしていた。
若い頃は、朝は眠かったので、ご飯を作るのはとても大義だった。
メニューも、具を大きく切ると、上品さに欠けるのか、細かく切れと指示が飛ぶ。
それでも、味付けだけは褒めてくれた。
「味付けが上手だ。」
それは別に、嫁に行く前から作っていたのとは違って、
私は実家でご飯を食べていただけだ。
初めの頃は、料理本を片手に悪戦苦闘の日々が続いた。
作ったこともない料理を、本を見ながら作るのだから、。
自分の舌だけを頼りに作る。
もう、作らない料理でさえ、その時は作っていた。
きゅうりの冷やし汁、巻き寿司、オカラの炊いたの。
でも、料理が好きだったので、子育てと料理を作る事に没頭していた。
おやつも、手作りしていた。焼き芋、お団子、ピザ、スイートポテト。
朝から、晩まで台所に立っている状態だったと思う。
絵ばかり描いていた生活はどこかに吹っ飛んでしまった。
それでも、子育てと、料理をとことん楽しんでいた。
どうせなら、楽しもうと思ったから、。
そして、熱中ぐせのせいかも知れない。
主人の母は料理が下手だったので、とても助かった。
作ってもらうと、料理したくないのか素うどんにネギも入っていない。
そんな料理を食べるくらいなら、自分で作ったほうがずっとマシだ。
おやつも、子供と一緒に食べたいという。
私がご飯を作るようになって、
92歳になるまで、元気で、寝込んだことも入院したことも無い。
介護サービスも受けていない。
ところが、突然ご飯がいらないと言い出した。
食欲が無いなんて、絶対おかしい。
近くのいつも血圧の薬をもらいに行っているお医者さんにいったら、
私だけ、後で呼ばれた。
「どうする?家で、みるか?病院に行くか?」
私は、自分の親なら家でみたかもしれないが、嫁なので、大きい病院に連れて行かないと、親戚から、何を言われるかわかないと思った。
特に、姉。
「一様、病院に行きます。」
「紹介状を書くから、、。」
主人の母は、入院した。
毎日の様に見舞いに行っていた。
洗濯はあるし、足りないものがある。
下着、寝巻き、防水シーツ、バスタオル。
何日かすると、突然、母は、家族の話を始めた。
母にとっては、孫の話だ。
そうして、私にみんなと暮らして楽しかったと言った。
こんな感謝の言葉なんか、言う人では無い。
そうして、夕食の支度が気になって帰ろうする私を引き止めて話し込むのだ。
突然、いい人になった母を私は訝しげに思いながらも、
話に付き合っていた。
次の日の朝、電話がかかってきた。
危篤だという、私と主人は起き抜けの顔で、くしゃくしゃで出かけた。
いい人になって、感謝の言葉なんか言うと、危ない。
憎まれっ子世にはばかるとは、本当のことだ。
そうならないように主人の感謝の言葉は聞かないようにしよう、
まだまだ、身内には長生きしてもらわないと困る。
よく感謝の言葉なんか奥さんに言っている外国のダーリンが、
すぐに離婚したり、浮気したりするのは、死なないまでも、
危ない言葉を使ったからだ。
なんだかんだ文句を言っているうちは、元気この上ないのだ。
突然殊勝に、感謝の言葉なんか言われたんでは、怖くて仕方がない。
そして、自分も旦那に感謝の言葉なんか金輪際言わないようにしよう。
それが、身の安全を守るたった一つの、きっと長生きの秘訣なのだ。
付け加えて書きますが、フィクションです。
#2000字のホラー #大人のぬりえ
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